しおり市長の市政報告書 vol.25
1月7日午前10時28分
中山間地域の農業は難しい。
これはまあ、想像がつくことだろう。
昔話のイメージの山村は、貧しいイメージで統一されている。ただ、歴史をかじった人間から言わせると、そうじゃない説も存在する。農業収入が少ないから貧しい、というのは、米を中心とした年貢制に考えを置くからで、実際には山の豊かな萌み、狩りの収入、木材の収入、炭の生産など、多様な収入があったはずだ、という説だ。
私もこの説に大学時代うなづいたものだけど、これらの山の恵みによる収入は皆無となった現代においては、やはり農業は厳しい状況にあると言わざるを得ない。(もちろん、中山間地に住んでいる人が全員農業を生業としているわけではないが)
平地と比べると、なんといっても中山間地は斜面が多い。とくに田んぼをつくるには適していない。面的な広がりが、田んぼの好条件だ。
「田麦野地区の棚田なんて、すごく美しいんですけどねえ」
「まあな。だからといって、観光客が来るわけでもねえし、見物料を出してくれるわけでもねえしな」
私の言葉に、松平組合長は苦笑する。
山形県の海沿い、庄内地方は全国でも有数の米所だ。一面の田んぼの風景が見られる。対して内陸部、とくに天童が存在する村山地方は盆地で、盆地の底の平野部では田んぼに適した農地が広がるが、盆のへりにいけば、斜面の多い中山間地域になる。そういった場所では、多くの美しい棚田が存在する。
斜面でも切り拓いて田んぼにした先人の努力に感動する。と同時に、今でもそこで稲を作り続けている今の方々にも敬意を抱く。
敬意を抱くほど、狭い土地での稲作は効率が悪い。
広大な土地で機械化された農業を展開するアメリカの映像などと比較すれば、想像は容易だろう。
となると、稲作ではなく果樹や野菜、ということになるが…。
「それでも、やはり気温が低いですからねえ」
「米にしても果樹や野菜にしても、温度って条件が悪いのは確かだろうな。それに、中山間地域は日当たりが悪い場合も多いしな」
中山間地域は標高が高いし、山林に囲まれているから、平地より温度も低くて日照条件が悪いのも当然だ。その分、農作物の収穫量や収穫高が低いという事態から逃れられない。
「温度が低いのを利用して、晩熟(おくて)の作物を育てるってのはどうなんですかね?出荷が遅い方が、値段が上がる産物もあるじゃないですか。イチゴなんか、一年中ケーキ屋さんなんかで需要があるから、クリスマス需要の時に出荷できれば、高値で売れるって話も聞きますけど」
「だとしても、それほど時期をずらせるほどの気温差じゃないべな。北半球と南半球じゃねえんだがら。それをやるにはハウスでばんばん石油使って温度管理しなきゃなんね。石油食ってるみたいに値段も上がるし、設備投資もすさまじい額になる」
「そうですよね…」
「まあ、中山間の悪条件を逆利用して、コケをつくってうまぐいってる農業法人もあるげどな」
「コケ…ですか?」
「コケも結構売れるらしいんだな。庭に使ったり、ビルの屋上に敷いて夏の高温を防いだり、ってな。山形市でやってるんだが、知らねが(知らないか)?かなり日当たりが悪い棚田を転作してコケを作ってるんだげど、かえってコケには条件がいいんだ」
「それはアイディアですね!」
「しかしまあ、その法人だげでかなりのシェアを持ってるらしいから、そんなに大量に作っても、もう売り先はないだろうげどな」
「はあ…ブルーオーシャンってヤツですね。誰も手をつけていないからこそ価値があるし、シェアも技術も独占できる」
徳島県上勝町の株式会社いろどりは、葉っぱで大儲けしたことで有名になった。料亭で使う飾り用のモミジなどを徹底して「製造」して、市場に出したのだ。その質の高さが反響を呼んで、今やその方面では絶対的な強さを持つ。山形県の朝日町でも装飾用のアケビを育成し、東京の市場に出したことで成功した事例もある。
ただ、それは誰もやっていなかったから、あるいは誰もそこまで極めてなかったから成功したのであって、二番煎じは通用しない。話題性と品質で「いろどり」には追いつけないから、真似ようとしても追随できないのだ。
「ご近所さんだと、お隣の河北町のイタリアン野菜とがが、成功してるな。羽柴議員も聞いでるだろ?」
「はい、高級イタリア料理店なんかで使うイタリア固有の野菜を、料理店からの受注で生産して、納品するってヤツですね」
「そう、あれなんかは尊敬できる取り組みだな」
あまり誰も作っていないが、高く売れる農作物か…。ここにもヒントの一旦はあるかもしれない。しかし、中山間地域の低温・日照不足という条件でも適した作物で、という前提があるが。現在のところ、まったく思い浮かばない。
「いずれにしても、それは生産者が本気にならなきゃダメだ。どこの例でも、主導した人達の熱意が成功を呼んでいる。行政は『主導』はでぎね(できない)。あくまで『支援』だげだ。きっかけ作りはでぎるがもしんねげど(できるかもしれないが)」
「はい、わかっています」
「農家もそれはわがってるよ。中山間地の農業ば、市の力で全部解決してもらうだい(もらいたい)、なんてごどは言わねえべ。国の制度でも、中山間地域の農業に対しては、補助率を高くして対応してるし、一応は今でも生活はでぎでるわげだがら。だが、それだけでは山村の維持ってのは難しぐなってるのが正直なとごろだげど」
「天童ですら、田麦野地区の人口は減る一方ですからね」
「そんな状況で、市長が農業を軽視してる、鳥獣被害対策も考えでない、なんてマスコミがら煽られりゃ、そりゃとくに田麦野の連中は頭に来っべな(来るだろうな)」
「市長はそんなこと言ってないんですけどね」
「ほいづ(それ)は、わがってる。だがらまあ、ちゃんと市長が農業のごど考えでる、ってわがるようなごどしてけっど(わかるようなことをしてくれれば)、みんな理解するだろな」
「そういった象徴的な、インパクトのある事業をしろ、ってことでしょうかね」
「んだ。新しい農作物でも鳥獣被害対策でもいい。一目瞭然で市長が農政に力を入れでんのがわがる事業だな。アーモンドなんかはいいアイディアだった。農家を乗り気にさせるような『きっかけ作り』を期待してっぞ」
そう簡単に言われてもなあ。
鳥獣被害対策が難しければ、中山間地域の農業に対する施策でなんとかしようと思ったが。気温や狭さや日照の不利な条件で、そう簡単に農業が飛躍するわけもない。中山間地域を振興できるような農作物はあるだろうか。
しかも、我々には時間がない。たとえそういう作物を思いついても、それが成功するのを見守る余裕がない。
さらに、誰もがわかるインパクト?
やはり、中山間地域の農業は難しい。
vol.26に続く ※このお話はフィクションです
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