しおり市長の市政報告書 vol.22(第三章)

 しおり市長が、市長就任以来の危機にさらされた12月定例会のあと。
 あの小悪魔が、どうやって魔界から解決案を召喚し、どのような呪文で人を惑わし、どのような黒魔術でことをおさめたのか、市民の皆様に報告します。

 第三章 1月閉会中~8月閉会中

   年末マスコミ概況

 12月の暮れから年初にかけて、しおり市長の危機は、おさまるどころか深刻化していった。
 本当にマスコミというのは、巧妙だ。あるいは狡猾だ。
 最初は、伊達よしき議員に対する議会での反撃が問題だったはずが、インタビュー画像の切り貼りと巧みな誘導報道、そしてその後の市民に対する煽動があいまって、いつの間にか、「市長が農家と農業を軽んじている」ということになっていた。いや、いまや「市長は農業なんてどうだっていい」、「市長は農家を軽蔑している」などという噂までたって、収拾がつかない状況だ。
 連日、市役所には苦情や問合せの電話が殺到している。市役所の機能は半分麻痺しており、しおり市長への支持は落ちていく一方だ。
 松永記者の、悪意に満ちた報道作戦の勝利と言えよう。
 あのしゃくれたアゴの不満顔、思い出すだけで腹が立つ。市長を食事に誘って、手ひどく断られたからといって、そんな私的な敵愾心を報道にもちこむとは!報道の公正などは、絵空事なのか?
 松永のしおり市長を標的とした偏執性は、地方局の攻撃だけにとどまらなかった。自分が所属する全国ネットのキー局をまきこんだのだ。
 ついに、東京のマスコミがこのごちそうに食らいついてきた。
「あの美人市長が議会と対立。農業軽視の失言に市民反発」
 そんな見出しがテレビを飾った。
 さすがに、明らかな暴言や醜聞があったわけではないから、連日のバッシングにはならずに、ワイドショーで3回ほど放映されただけだった。まともな新聞にも載らず、週刊誌が取り上げるにとどまった。
 それでも、面白おかしくしおり市長をこき下ろしたことには変わりがない。
 話題となった「美人過ぎる市長」であり、与党大物の遺児という肩書きから、標的にするには絶好の相手だ。ワイドショーではフリップのめくりを剥がしながら、どうでもいいことを効果音つきで発表していく。コメンテーターという名のタレントや芸人が、世間の声を代弁するかの態度でコメントする。
 ひどかったのは、天童で撮ったという街頭インタビューだ。
「ちょっとひどいわよねえ。美人だからって調子に乗ってるんじゃないの?」
「農家のこと、そんな風に言うなんて、市長としてどうかと思います」
「市民代表の議会と対立するなんてねえ。市民を軽視することと同じですよ」
 というようなインタビューが画面に映し出された。とんでもない犯罪が行われたような嫌そうな顔で答えている。
 ただ、地元の人間が見れば一目瞭然。すべて伊達を応援していた反市長派の人たちだ。
 いかにも街頭で声をかけたと装っているが、明らかに集められたのだ。
 どうやら「農業軽視」ということで、本丸の農協に行って松平農協組合長にもインタビューしたらしい。市長への批判のコメントがとれることを期待したのだろうが、組合長はアーモンドの件で市長を高く評価している。「市長はしっかりと農業政策に取り組んでくれている」というコメントをしたと、あとで組合長に聞かされた。しかし、そんなコメントは報道されるはずもない。
 マスコミは、自分の流したい情報しか報道しないのだ。
 全国ネットのワイドショーで報道されれば、事態はますます深刻になる。天童市長をめぐる問題を知る人は爆発的に拡大し、すでにその報道内容が「事実」となる。
 しおり市長側は、その報道を否定すべく記者会見を開いた。
「議会での騒動はおわびいたしますが、白熱した議論の結果であり、決して議会を軽視しているわけではありません。農業を軽視しているという報道も、そんな発言をした覚えはありませんし、私は天童の基幹産業である農業を、全力で振興していく所存です」市長ははっきりと語ったが、
「発言した覚えがないと言っても、映像が残ってるんですよ。その点、どう弁明するんですか!」松永が、怒鳴る。
「私のコメントの前後を聞いてもらえれば、農業を軽視している内容ではないことがわかるはずです。ぜひ、あのときの発言をすべて聞いてもらいたいと思います」
「農業は関係ない、との発言があったのは事実でしょう!失言ではないんですか!」
 松永は、いかにも自分が正義を追求するジャーナリストだと言わんばかりに食ってかかる。そんなとき、彼の不満顔が世の不条理に対する怒りの顔だと、視聴者の眼には映るのだ。怒りを装う松永は、なぜか生き生きとしている。人を非難し、攻撃しているときが、彼にとっての快感なのだろう。
 市長は、前後の内容を聞いてくれと言ったが、インタビューの全体がテレビで流れることはない。
 私も、選挙に出たとき、インタビューを受けた。数日後の新聞に載るというんで、その内容を確認したいと言ったら、「それは言論の自由だから」と断られた。いやいや、おかしいだろ?あんたが私のことをどう思ったか、どう評価するかを書くのは、言論の自由だろう。しかし、私の意図しないものを私の発言として載せられるのは、違うだろ?それは私の言論の自由への侵害なのではないのか?
 彼らは「言論の自由」を盾に、人の発言をねじ曲げ、切り貼りする。自分たちに都合のいいこと悪いことを取捨選択し、「公正」な報道をするのだ。
 この会見は、再びワイドショーで流され、「美人市長、謝罪会見で謝りもせず」などというテロップで報道された。「自分の釈明に終始して、一連の騒動に対して反省の意思が感じられない」などと言われる始末。
 そもそも謝罪会見なんかじゃねえ!釈明するつもりもねえ!
 あえて言うなら、報道否定会見だ。
 そんなことを天童の中心で叫んでも、誰も聞いてくれるはずもない。
 あきれたのは、会見にのぞむ市長のファッションチェックをしたことだ。
 曰く、「議会で騒動を起こしたときは、花柄のワンピースで完全に自分を勘違いしている。会見に臨んだときは紺色のスーツで謝意を示そうとしているが、完全に失敗した」のだそうだ。アホか。
 なんでやつらは、すぐに女性の服装をチェックしたがるんだ?だいたいあんたら、普段は女性の権利がどうのこうの言ってる連中じゃないか。なんで女性ばかりファッションチェックすることに違和感を覚えない?男女共同参画なぞ、画に描いた餅なのだろうか。
 どんなに憤慨しても、松永の偏執性と卑劣さは世間に伝わることなく、しおり市長だけが世間にさらされ、悪評が広まっていく。
 マスコミ攻勢と苦情の電話が殺到する中、12月定例会は終わり、年が明けた。

vol.23に続く ※このお話はフィクションです

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