しおり市長の市政報告書 vol.21

   それから2年後6月14日午前9時7分

 それから2年後。
 私としおり市長は、天童温泉の一角にいた。
「どうだ、市長?立派にでぎあがったべ?」
 隣で興奮気味なのは、上杉温泉組合長だった。
 ここは、上杉組合長から2年前の夏に相談があった、農協の保養施設の跡地だった。かつて平地で雑草に覆われていた場所は、ログハウス風のおしゃれな建物がいくつか建ち、敷地内全体が統一感をもった公園のように整備されていた。
「ええ、思った以上の出来映えですわね。私も待ち望んでいましたわ」
 2年前にしおり市長が「いい事業」を思いついてから、すぐに様々なことに取りかかって、やっとこぎつけた今日は、施設の落成式だった。あれからの苦労を思うと、私も感慨深い。
 みれば次々とトラックが入ってくる。
 積んでいるのは、木材を細かく砕いたチップだ。紙の原料に使うものと同じだが、これを施設内にある貯蔵庫に降ろしていく。貯蔵庫ではチップが山積みになっていた。
「あれが燃料ですわね。では、ボイラーを見せてくださいます?」
「もちろん。オーストリア製のすごいボイラーっすよ。こっちっす」
 上杉組合長が案内してくれる。落成式には間があるので、私としおり市長を施設見学のために招待してくれたのだ。
 案内された施設内には、オーストリアから輸入したというボイラーが鎮座ましましていた。すでに火が入れられており、室内はかなり暖かい、というより暑かった。
「思ったよりボイラーが小さい。しかも思ったより清潔だ…」思わず私は独りごちた。
「んだべ、羽柴。意外だよな。なんか木材のチップを燃やすボイラーだっていうから、もっと埃っぽくて、燃えかすなんかもいっぱい出るのがど思ってだんだげんともよ(思っていたんだけどもさ)。すげえクリーンだし、小型だし、燃える音もほとんどしねえ。なんたって全部コンピューター管理で、温度をセンサーで感知して、自動で原料のチップをくべてくれる。びっくりだわ」上杉組合長は得意げだ。
「オーストリアでは、チップボイラーの技術が日本より30年は進んでいますから。効率性やシステムは、すばらしいものがありますわよね。管理の難しさはどうですの?」
「いや、それも思ったほどじゃねえっす。灰もほとんど残らないし、定期的な清掃も思ったより全然少なくて済む。石油使うボイラーとほとんど変わらねにゃ(変わらないね)」
「そうですか。オーストリアでは一般の家庭に、普通にボイラーが普及してますからね。管理も簡単でなくては普及しないでしょうね」
 実際、目にしてみると本当に石油ボイラーと変わらない。「チップを燃やすボイラー」という先入観とは、だいぶ違う。
 石油ボイラーと異なるのは、ボイラー室と直結する貯蔵庫にチップが山積みになっている点で、その面積がいるのが石油ボイラーより劣るところだ。しかし、チップは貯蔵庫からベルトコンベアで自動的に運ばれてくるから、石油ボイラーと便利さの面では変わらない。「ものを燃やして高熱をつくる」という単純な構造自体は、石油ボイラーと何ら変わりはないだろう。ただ、そこにはチップ輸送の際の目詰まりを防ぐ技術や、バックファイアを防ぐ技術、ボイラー管理のコンピューターシステムなど、長く蓄積された技術が込められている。
 それが、このオーストリア製のチップボイラーだ。
 実はこのボイラーの存在は、しおり市長は例の「Dファイル」で知った情報だった。林業が盛んなお近くの山形県最上町で、すでにこのボイラーが導入されたことを、しおり市長は知っていた。
 自国での林業をほぼ放棄してしまってきた日本とは違い、オーストリアでは林業が盛んに継続され、さらにその林材を使ったバイオマスボイラーの技術を発展させてきたこと。そのボイラーのレベルの高さと、オーストリアでの普及度、世界各国での導入が進んでいること。
 こうした情報の上に着想したのが、しおり市長が思いついた「いい事業(こと)」だった。
 2年前の夏、上杉組合長から相談を受けたように、源泉から各旅館をつないでいる温泉のパイプラインを補修しなければならない、という温泉組合の悩みがあった。同時に、源泉の維持管理のためには現在、魚骨方式となっている源泉の分配方法を、循環方式にしたいという構想があった。これを市の補助金でやってくれというのが上杉組合長の要望だったが、莫大な費用がかかることだし、国の補助金も観光関係のハード整備に関する補助金はないということで、しおり市長は天童市単独でこの事業を行うことを保留した。
 しかし、再生可能エネルギー導入のための補助金ならどうか。
 それでしおり市長が、Dファイルの情報をもとに思いついたのがチップボイラーの導入だったのだ。
 市民の皆さんご存じの通り、石油などを燃やして二酸化炭素を出すボイラーとは異なり、木材を燃やすボイラーは再生可能エネルギーと見なされる。二酸化炭素を出すことには変わりはないが、木材というのは成長するまでに大量の酸素をつくりだす。だから、その木材を燃やして得られるエネルギーは再生可能、というわけだ。
 源泉を循環させて廃棄するお湯を再利用する、というのが循環方式の構想だが、一回温泉街を循環して戻ってきたお湯は、当然温度が下がっている。これを加温してやらなくてはならない。そのための熱を生み出すものとして、チップボイラーを導入したのだ。しかも源泉を再加温するだけではもったいないから、各旅館への熱供給システムも同時に行い、給湯や暖房に活かしてもらう。天童温泉あげての再生可能エネルギー導入事業にしてしまったのだ。
「うまいこと考えだにゃあ(考えたなあ)。観光庁がダメなら、エネルギー庁の補助金ってがっす(ってことですか)?」
「震災と原発事故以降、再生可能エネルギーの導入へと、国は大きく舵を切りましたからね。チップボイラーなら補助金が出るのではと考えましたの」
「バイオマス利用の名目なら、国も文句ないべなっす(ないでしょうね)」
「ええ。でも、ただチップボイラーを導入して、バイオマスエネルギーを活用して源泉を循環方式でまわす、というのじゃ、つまりませんもの。天童温泉っていう観光地に導入するんだから、観光拠点づくりにも貢献しなきゃ。上杉さん、すばらしい施設をつくってくれましたわね」
「いやあ。せっかくだがら廃旅館の空き地利用も考えろ、って市長が言ったべ。んだがら、必死で事業ば(を)考えだったな(考えたんだよ)。どうだっす(どうですか)?小規模環境テーマパーク『木づかい天童』は?」
「…ええ、近年『環境』は観光のテーマになっていますから、きっと成功しますわ」
 最初の「…」は、ネーミングはともかく、という意味だろう。
 しかしまあ、確かにすばらしい施設になっていると思う。
 チップボイラーを導入するなら、チップの貯蔵施設が必要で、ある程度の面積が必要になる。ならば、あのときに一緒に相談された、もと農協の保養旅館の空き地を活用しよう。ならば環境をテーマにした観光施設にしちゃえ、となったのである。
 まずはチップボイラーそのものがバイオマスエネルギーを学ぶものになり得る。
 次に、ボイラーから出る廃熱を利用した養液栽培の農業施設を建てた。これは、この空き地が農協の保養施設だったこともあり、かの松平農協組合長に協力してもらって建設した(そもそもこの「木づかい天童」は温泉と農協の共同出資で運営する)。同時に、農作物の直売所も併設している。
 また、この農業施設でつくったサンチュを自分で収穫し、天童牛を焼いて食べられる食堂とバーベキュー場をつくった(天童は、何軒もの焼き肉屋が存在する、実は焼肉激戦区なのだ)。ここでは、天童でとれた山菜やキノコなどの森の恵みが十分に味わえる。
 さらには、この施設や天童温泉で出た食品残渣を発酵させ、メタンガスを発生させて、施設の火やガス灯などに利用する施設も、東北大学の協力のもとに建てた。
 その他にも、ボイラーの廃熱でつくる温泉卵、廃熱で乾燥させたハーブでつくるお茶などが公園内では楽しめ、コテージやもともとあった大木にツリーハウスまでつくって、自然を楽しみ環境を学べるテーマパークへと仕上げたのである。
 かなり面白い施設になったと言えるだろう。
 実際、すでに各方面からの視察の問合せが入っているらしい。
 しかし…
「これで、少しは里山の整備が進めばいいですわね…」
 そう、しおり市長の主眼は、それだった。
 これだけの事業を興したのも、上杉さんの要望に応えるということもあるが、つまるところ「治山」をしたいという市長の思いから来ている。
 すなわち、里山の整備を進めたい。
 安価な海外産の木材が流入してから、国内の林業は衰退してしまった。木を切り出しても安い値にしかならず、山をもっていても財産にならない。だから、誰も山に見向きもしなくなり、里山が荒れ、洪水や土砂災害が起こるようになり、森と人の居住地が近接して、熊の出没や農作物への鳥獣被害を招いている。
「山林が商売になれば、里山整備も進んで、治山も一歩前進するんだけどなあ…」と、2年前に三宝寺の池の畔でつぶやいた市長だったが、「だったら、木材が商売になるようにしたらいいんだべした!」と直後に開き直ったのだった。
「いや、市長。そんなに簡単に木材が商売には…」
「だったらケーちゃん。なんで木材が商売にならねの?」
「そりゃあ、木を伐採して木材に加工しても、その値段が安すぎて、採算が合わないからでしょう」
「なんで採算が合わねの?」
「え、それは…ええと…」私が言いよどむと、
「無駄が多すぎっからだず(多すぎるからだよ)」しおり市長は断言した。
 市長の説明によると、せっかく木を育てても、多くの部分の木材が棄てられているのだという。
 木は、ただ植えただけでは商品になる木材には育たない。ある程度まで育ったら、木を「間引き」して、太く高く木が育つように「間伐」という伐採をするのだが、ここで伐られた木を間伐材という。
 しかし、これらの間伐材は高く売れることはなく、せいぜい合板材の材料として二束三文で扱われてしまう。そうすると、伐って搬出して加工して、という手間をかけても赤字になってしまうのだ。だから、山が荒れないようにお金をかけて間伐は行うものの、その間伐材はその山に捨てられていることが多いというのが実態だ。つまり、間伐を行えば行うほど、赤字なのだ。そうなれば、誰も山にお金をかけなくなる。
 仮に、間伐を行ってちゃんと商品になる木を育てたとする。しかし、その木も全部が商品になる訳ではない。良質な太い幹の部分が商品となる以外、約40%の容積が、枝葉であったり使えない切れ端になってしまう。これもまた、売り物にはならないから、コストを上げてしまう要因になる。
「だったら、その部分をもったいないから、売っちゃえばいい」としおり市長は言うのだ。
 どうやって売るのか。もちろんチップにして燃料として売る。
 そのためのチップボイラー、そのための「木づかい天童」だ。
「でも、それだけのことで、木材が商売になりますか?確かに、国の方では国産木材の利用を推進してますし、バイオマスエネルギーの利用ってことも近頃もてはやされてますが…。いまいち『環境』サイドの考えのように聞こえて、『経済』行為というところまでつながらないような気がするんですが」
「あら、ケーちゃん、しゃねの(知らないの)?日本と同じくらいの面積で、同じくらいの森林しかもっていないドイツやオーストリアでは、十分に林業は成り立っているんだじぇ(だよ)?むしろ木材輸出国なんだじぇ(だよ)?」
「でもそれは、ヨーロッパの森林が平地だからじゃないんですか?日本みたいに急勾配の森林とは話が違うんじゃ…」
「馬ー鹿。あっちもこっちど変わんねず(変わらないよ)。グーグルマップ見れば一目瞭然だべした」しおり市長は、ケタケタと笑う。この小馬鹿にした態度、むかつく。
「じゃあ、なんであっちは商売になって、日本はダメなんです?」
「高性能な林業機械を導入して、伐採・輸送・製材までをシステム化して、徹底的にコストを軽減しているからよ」
「はあ、それだけですか…?」
 私は半信半疑で相づちをうった。
 その後、「いいがら、四の五の言わずに言うごど聞け!」という号令一下、私は各地への調整・説得にかけずり回った。
 まずはなんといっても上杉温泉組合長だったが、その為人からして上杉さんはノリノリで話にのってくれた。むしろ松平農協組合長と連携して、環境テーマパークまで事業を完成させたのは上杉さんだった。私は、この事業の計画書づくりを上杉さんと進め、コンサルタントの力を借りて、国の補助金を取るべく申請の作業を行った(これが調査だなんだですごい時間がかかった。こういったエネルギー関連の補助金は、一部上場の大手にしか回っていかない。我々のような地方の小物がこういった補助金を取れたのは、今考えると奇跡だったろう)。
 チップボイラーの導入という、木材流通の川下が整いつつあったが、今度は木材を供給する川上と、その木材を加工する中流を巻き込む必要があった(よく木材流通では「川上から川下まで」と言われ、木材の伐採・輸送・加工・消費までの表現として使う)。
 そこで、地元の天童市森林組合を巻き込んだのだが、これまでほとんど実体的な事業を行ってこなかった組合が、木材の伐採から加工・流通までこなす体制はなかった。
 もちろん、実質山に入って木材を伐採・輸送して、チップなどを加工するのは、建設業者ということになる。そこで、例によって私は最上建設の社長に泣きついて協力を取り付けた。
 山を所有する地権者で組織する森林組合と、木材を伐採・輸送する建設会社。川上と中流を巻き込めたが、どこから手をつけていいのかわからない。そこで、川下の上杉組合長も含め、しおり市長の言う先進地のオーストリアへ三者で視察に行ってもらった。
 すると、しおり市長の言っていたことが真実をついていたことがわかったという。
 日本と同じような急勾配の斜面の木を、ものの1分で伐採してロープで林道まで運び、そこで高性能林業機械を使い、一瞬で枝刈りして決まった長さに切ってしまう。その作業をわずか3人でこなす、人の技術と機械化された体制。そしてそれを運ぶトラックと整備された林道。木材を乾燥させるストックヤードと流通体制。
 まさに人件費と無駄を徹底的になくしたコストカットがそこにはあった。
 それが、林業を「経済行為」にしていた。
 そして、チップだけではなく、薪やペレットとしてもバイオ燃料が流通し、建設資材としても良質なA材だけではなく、CLTという最新の合材として加工されて、国内外に販売されているのを目の当たりにしたのだ。
 これに衝撃を受けた森林組合長達は、帰国後、木材流通のシステム作りに没頭した。
 それには大変な労力と時間と予算がかかった。
 林道の整備、高性能林業機械の導入と技術者の育成、輸送体制の確立、ストックヤードの整備とチップ製造の機械導入。やることは無数にあったが、森林組合と最上建設が真剣に取り組んでくれたし、オーストリアで視察したボイラーに感銘を受けた上杉温泉組合長も、「木づかい天童」実現に邁進してくれた。
 幸い、県にも国にも、林業振興のための補助金が存在したから、私としては市や県の役所を駆け回って、側面支援に奔走した(もちろん、これは私の力ではなく、市長の肝いりと優秀な副市長の援護による)。
 そうやってたどり着いた、チップボイラーの導入だった。
 正直、まだまだ木材の伐採と輸送と加工の体制は弱い。当面はチップは他から買わざるを得ないだろう。しかし、一歩は踏み出せたのだ。これまでは山林維持のために赤字で間伐を行う程度だった里山に、人の手が入るようになったのだ。しかも…
「ね、商売になったでしょう?」
 と市長が自慢するように、そこには利益が生まれていた。
 ほとんど苦労もしてないくせに自慢げに言うな!とグチを言いたかったが、その成果は認めざるを得ないだろう。
 予算をかけて「自然を守る」という上から目線の「環境問題」ではなく、「自然を活用して」誰でも得する「経済行為」として、里山整備が進むのだ。
 捨てている部分の木を燃料として買ってもらうことで、木材の生産コストが下がり、山の持ち主は採算が合う。地元の建設業者も、伐採やチップ加工の林業の仕事で儲かる。安いチップが原料となれば、温泉街の燃料費も抑えられる。三方両得で誰もが利益をあげる。利益が上がれば誰でもその事業に乗り出す。そうすればより市場が大きくなり、さらなる利益を生む。この利益の循環がまわっていくだろう。
 そして、そのサイクルが回れば回るほど、里山が整備されていくのだ。
 要は、その好サイクルの一回転目をどう回すか、だ。
 市長の功績は、その一回転目をまわすきっかけを作ったことだと言える。もちろんその歯車を汗水垂らして回したのは、上杉温泉組合長であり森林組合長であり最上社長であるのだが(あと、微力ながら私の力もちょっと)。
「中東なんかに石油代はらうのバカバカしいべした?燃料費は地域で回さないと」
 しおり市長は、小悪魔のように笑ったが、まさに物事の本質をついている。
 森林組合長から、オーストリアでの視察で得たおもしろい試算結果を聞くことができた。人口1万2千人ほどのまちで、仮に化石燃料を100%使った場合、まちの外に流出するお金は1600万ユーロ(21億円)だという(日本はほとんどこの状態と言っていい)。50%をバイオマス燃料にすれば、地域外に流出するお金は800万ユーロと半分に抑えられる上に、4倍もの雇用を生み出すという。
 中東などの国外に石油代を払うのではなく、燃料を地域で生み出して地域で使えば、燃料代が地域でまわり、経済がまわるのだ。
 まさにエネルギーの地産地消。
「いやあ、夢ある事業さ関わらせでもらって、ありがど様なあ、市長」
「いえ、お礼を言うのはこちらですわ、上杉さん」
「いやいや、こっちは商売だがらっす。どうせ石油買うなら、チップ買ったっておんなじだし、チップの方が安いなら、儲がるばりよっす(儲かるばかりですよ)。まあ、この『木づかい天童』は失敗しねように、商売気合い入れらんなねげっとねっす(入れなきゃならないですけどね)」
「そうですね。森林組合も建設業者さんも、儲けが出てくれれば、最高の結果ですわね。そうなるには、もう少し時間がかかるでしょうが…」
「これはビジネスチャンスですよ、市長。我々商売人の成功失敗まで、行政側が心配してけねくてもいいっす(くれなくてもいいです)。そのきっかけづくりをしてくれだだげで十分っすよ。まして我々の商売で里山がきれいになって地域に貢献できるなら、商売人冥利に尽きるってもんです」
 上杉さんはそう言って笑ったが、なにも観光業の上杉さんがリスクを冒してまでやらねばならないビジネスでもないだろう。石油よりチップが安くなるかどうかも、今後の林業振興にかかってくる。
 しかし、「三方両得のエネルギーの地産地消」という夢を上杉さんは買ってくれた。
 もちろん、この事業によって里山が完全に整備され、土砂災害や洪水被害が皆無になるなどということはあり得ない。しかし、災害を皆無にさせる事業などというものもまた、あり得ない。
 これは、しおり市長の一つの答えと言えるだろう。
 天童の何㎞にもわたる急傾斜地をコンクリートで覆うより、林業を経済行為としてまわすことで、昔のように里山に人の手を入れていく方を選んだのだ。
「どれ(さて)、落成式の前に、廃熱利用の温泉卵でもつくってみっかっす(みますか)?」
 上杉さんのすすめで、私たちは温泉卵づくりを楽しんだ。
 チップボイラーの廃熱で適温になったお湯に、生卵を浸してじっくり待てば、あら不思議。美味しい美味しい温泉卵が。
 まあ、治山とか林業とかエネルギーとか、難しいことはこの卵を味わえばどうでもよくなる。この素朴な味をつくり出すチップボイラーを導入できただけで満足じゃないか。
 しおり市長は、三つも温泉卵をつくって平らげていた。
 指摘しようとしたら、できた温泉卵を額にたたきつけられた。

 この後、「木づかい天童」はそのネーミングにかかわらず、大好評となった。
 地元民からも愛されたが、「環境視察」や海外からの「環境旅行」が引きも切らず、天童観光の大きな目玉となるのである。
 チップボイラーによる熱供給システムも普及が拡大し、一般家庭にもバイオマスボイラーが導入されていく。それに伴い、森林組合の事業は拡大し、建設業者も数社が森林事業に乗り出していく。
 驚くべきことに、山林を所有する農家の方が、林業や熱供給事業に乗り出す動きまででてくるのだ。
 この大きな変換は、「天童のエネルギー革命」と呼ばれることになるのだが、それはまだ先の話。

vol.22に続く ※このお話はフィクションです

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