しおり市長の市政報告書 vol.36最終回
(承前)
伊達は押されっぱなしだったが、そこで「新政組」会派の議員が伊達にメモを渡した。そのメモを見て伊達の目に力が戻った。すぐさま伊達は新聞の切り抜きを取りだし、再質問に立った。
「市長は問題ないと言い立てますが、この新聞では、問題を指摘していますよ」
伊達が余裕を取り戻しつつ示した新聞は、松永が系列新聞に書かせた記事だった。
どうやらあのメモは、今日もマスコミ席に陣取っている松永からの指示で回されたメモのようだ。マスコミの示唆で批判質問をする議員とは、世も末だ。
「この記事で指摘されているように、こんな動物園をつくったからといって、鳥獣被害は解決しない。イノシシやシカやクマを捕獲して見世物にするのは、直接的に鳥獣被害対策とは言えないでしょう。まして、サルは集団生活をしてコロニーを形成しています。我々がよく知るボスザルを中心とした共同体です。その一つのコロニーをまるごと捕獲できるならともかく、コロニーのうちの何匹かを捕獲しても、また子どもが増えてコロニーの数はもどって元の木阿弥になる。鳥獣被害がなくなることはないでしょう。これは抜本的な鳥獣被害対策となるのでしょうか?単なるパフォーマンスの施設ではないのですか?市長、ご答弁下さい」
自信たっぷりに言い放って、伊達は座った。記事と同じ批判を繰り返してふんぞり返るなど、恥を知れ。
しかし、そう。その指摘は正しい。
舞鶴山のケヤキの上で、しおり市長が今回の思いつきを「批判は多いだろうし、問題も解決しない」事業だと言ったのは、これを予想していたからだ。
石田教授や環境省が指摘したことは、まさにその点だった。サルの一部を捕獲しても、また子どもを産んで個体数は元に戻る。それは、イノシシやシカやクマも同様だ。ミニ動物園を建てたからといって、農産物の被害がゼロになることはない。
「織田市長ぉ」
「はい、議長。伊達議員のご指摘は、的を射ていると思います。この『COIZOO天童』によって、鳥獣被害が根絶することはないでしょう」
お、開き直りやがった。だがそうなのだ。それは覚悟の上なのだ。
鳥獣被害がゼロにならないことは予想していた。すなわち鳥獣被害は「解決」しない。解決しないとわかっていながら最善の事業だと判断した。石田教授に「なかなかの詐欺ですね」と言われた所以だ。
「私は、この施設によって鳥獣被害がなくなるとも、農産物の被害額がゼロになるとも申し上げておりません。伊達議員はコロニーのうちの何匹かを捕獲するのでは元の木阿弥になる、とおっしゃいました。ではそもそも、現在各地で行われているサルの射殺・捕獲事業は、コロニーごと消滅させているのでしょうか。コロニーの何匹かを減らせているに過ぎない、という意味では変わりがないのではないでしょうか」
もはや市長の目は伊達の方を向いていない。明らかに伊達を操っている松永を睨みつけて答弁していた。
「サルを絶滅させるなどということが現実的に道義的に不可能な以上、言葉は悪いですが一部のサルを間引きして頭数制限を行うことしか、我々にはできないのだと考えます。それはイノシシ・シカ・クマも同じことです。全てを捕獲し尽くすなどは不可能で、頭数を制限しながら、農産物被害を『軽減』していくしかないでしょう。それには、一度の狩猟だけで解決できるものではありません。要は定期的に一定の数を捕獲していく、という不断の努力が必要だということです。そのために、警備会社との提携、元自衛隊員さんの協力、狩猟に対する補助といった施策を行っていく、と説明申し上げているわけです。また、捕獲だけで鳥獣被害対策になるとも思っていませんから、防護柵や追い払いやモンキードッグといったハード・ソフト両面からの支援も充実させる所存です」
単体で問題を「解決」できる事業など、ほとんどない。
河川敷ゴルフ場ですべての河川の支障木を取り除けたわけではない。雪駒街道で市内すべての除雪がうまくいくはすもない。アーモンドでは農業問題のほんの一部に資したに過ぎない。「木づかい天童」で急傾斜地の砂防がすべて完遂できようもない。
だが、それらの事業によって、問題を「好転」させることはできた。
様々な事業を行うことで、よりよい状況を目指し、いつか「解決」することを志向する。それが事業というものだろう。
「問題が解決しようがしまいが、話題性があって評価されれば、やったもん勝ちだべ」
しおり市長は、そううそぶいていた。そう言っちゃうあたりがペテン師っぽいから、やめればいいのに。
「この『COIZOO天童』は、鳥獣被害を軽減する『一助』になる施設に過ぎませんが、言わば鳥獣被害対策の象徴的な施設として考えています。最初から申し上げているように、この施設は、鳥獣被害の問題や動物と人間の共生といったことについて、市民に知ってもらい考えてもらうことを目的としています。その意味では、これだけの来場者をいただいていることで、目的は大きく達成されていると思います。また、頭数制限のためにただ動物を殺傷するのではなく、飼育したり命を頂いたりすることで、動物愛護にも十分につながっているでしょう。総じて、他の地域で行われている鳥獣被害対策に負けることのない施策だと自負しています」
答弁を終えると、しおり市長は嘲笑とともに松永を一瞥し、席に着いた。
松永は、真っ赤な顔をして悔しがっている。もちろん、反論しようにもこの場での発言権は彼にはない。ただ黙って歯がみするしかないのだ。
松永は、あのあと執拗に「COIZOO天童」のことを攻撃してきた。
パフォーマンス施設、と伊達は言ったが、これは松永のつくった報道ニュースで使った言葉だ。「戦争法案」だのとありもしない言葉をつくりだして印象を誘導するのは、奴らの常套手段だ。曰く、なんら鳥獣被害対策にならない、市長が目立ちたいだけのコマーシャル施設だ、だそうだ。
だが、パフォーマンスという指摘も外れてはいない。
今回の事業は、市長への悪評を一変させる、という目的があり、インパクトが求められた。鳥獣被害対策に真剣に取り組むという姿勢を、一発で市民に示す必要があった。そういった意味で、インパクト重視のパフォーマンスという部分も確かにある。
とはいえ、パフォーマンスのなにが悪い。全国でも話題になる事業そのものが、地方創生の一部ではないか。
まして、「COIZOO天童」は大成功しているのだから、批判記事になど誰も耳を貸すはずもない。話題性と好評価を獲得したしおり市長の「やったもん勝ち」だった。そのため、そのしおり市長を攻撃する松永は、マスコミ界で無視されはじめていた。系列の新聞社からもその横暴に反発されているようで、自社のテレビ局内部からさえ煙たがられているという。
ついに先日、当初問題になった市長のインタビュー映像を、他局がノーカットで報道した。偏向報道があったのではないかという指摘もなされた。
扱いは小さかったし、全国で取り上げられたわけでもない。その局もしおり市長への批判に回った局ではある。しかし、私はそれでも嬉しかった。しおり市長攻撃に一石を投じてくれた。一部の人にとはいえ、しおり市長の発言内容も伝わった。
その偏向報道の指摘があったあと、松永の立場はさらに悪くなった。誰もが仕掛けたのは松永だとわかっていたからだ。
どうやら現場は、インタビューの切り貼りなど最初から反対だったらしい。事実の歪曲にも不満だったし、つくりだされた市長への反感にも忸怩たる思いだったのだろう。それがある個人の記者から始まったとなれば、怒りはその個人に向く。現場から嫌われれば、居場所がなくなる。
松永は、近く他の地方に飛ばされるだろうと言われていた。山形などという田舎からの転勤はむしろ栄転かもしれないが、私にとっては「松永の失脚」だった。それを聞いたときに、しおり市長と飲んだ雪漫々は美味かった。
それにしても、マスコミの良心や良識というものは、あると確信できた。
どうやら私はマスコミに対して、過度の反発を抱いていたらしい。私の感じるマスコミの欠点も一面真実なのかもしれないが、一方的にそう決めつけて嫌うのも間違っている。反省しなければならないだろう。議員にいろんな人間がいるように、マスコミにもいろんな人間がいる。松永のような人間だけで業界全体を判断してはならない。
にしても、松永は大嫌いだ。いなくなるなら、せいせいする。
んだらばな(じゃあな)、松永。ざまあみろ。
「伊達議員ん」
「そ、そうは言っても、この『COIZOO天童』という施設が建ったからといって、中山間地域の問題が解決したことにはならないじゃないか」
お、まだ質問してやがったのか。往生際が悪いな。
もう一方の敵、伊達よしき。こいつにも引導を渡しておかなければならないだろう。
「こんなパフォーマンスで、考えの浅い市長の支援者はだませるかもしれないが、良識ある格調たかい市民はだまされませんよ。地域の活性化、交流人口の増加、雇用の創出、農業所得の向上、過疎化の問題、環境の問題。そうした様々な問題に向き合うことこそ、市長の仕事でしょう。目立ちたがりの花火のような事業をすることが市長の仕事ではないはずですよ。市長、田麦野地区の、中山間地域の問題にどう取り組まれるのですか?」
最後のあがきだな。
まあ確かに、「COIZOO天童」だけで中山間地域の問題が「解決」するわけではないことなど、百も承知だ。
しかし、なんで伊達のような革新系の人間は、自分たちを支援する人間が良識があると言いたがるんだ?市長の支援者は考えが浅い、などという発言は、市長を当選させた多数派の市民に唾を吐いているのだと、なぜ気付かない?多数の市民が投票した保守派の議員は間違っていて、少数からしか支持を得られない革新系の候補は正しいのだろうか?なぜ少数派なのに「自分たちは市民党だ」などと主張し、なぜ少数派の意見が正論だと決めつけるのだろうか?
いずれにしても、民主主義を否定するような発言には、鉄槌を下さねばならない。
いけっ!しおり市長!
「織田市長ぉ」
「はい、議長。もちろん田麦野のような中山間地域の振興が、『COIZOO天童』だけで完結するとは思っておりません。ただ、この施設によってすでに交流人口も増えており、施設や狩猟の面で雇用を生み出し、名物ジビエの誕生などによって地域活性化に寄与しているとは思っております。ですが、それ以外で中山間地域の振興をどう考えているのか、市長の仕事をはたすべく、お答えさせていただきます」
市長の仕事をはたすべく、をやたらと強調し、挑戦的に答弁をはじめるしおり市長。
「まず、雇用の創出の面ですが、私が市長になった際から、廃校となった旧田麦野小学校を利用し、アニメのクリエイト企業やITのベンチャー企業などを誘致すべく、ネット環境の整備や廃校のリノベーションを行ってきたことはご存じの通りです。すでに二つの企業が進出しており、他にもいくつか興味を示す企業があり、ITビジネスオフィスとして成功しようとしています」
これは、しおり市長が高校時代に考えた事業を、市長になって実行に移したものだった。もちろん施策はブラッシュアップしており、旧田麦野小学校がおしゃれなオフィスとして生まれ変わっている。
「次に、交流人口の増加ですが、まずは、田麦野から下った乱川の川沿いには、現在、パークゴルフ場やゴルフの練習場が地域住民の協力のもとに完成しようとしています。私としては、この動きを加速させ、ゴルフ場だけではなく、バスケのコートやサッカー場などを整備する『天童市河川敷スポーツ事業』として進化させたいと思っています。これによって、乱川や押切川といった天童北部地域の河川敷一帯を、広くスポーツ施設としてとらえ、スポーツによる交流人口の増加をはかるつもりです。この動きを、田麦野地域や隣接する天童高原の活用と同調させる所存です。
また、田麦野と天童高原の魅力といえば雪ですが、このたび天童駅前ではじまった『雪駒街道』の事業と、天童高原のスノーパークフェスタを連動させ、雪で遊び、雪を鑑賞し、雪を感じられる観光地として発展させていく考えです」
おいおい、なんかこれまでやってきたこと、つなげてきたぞ。なんか、ちょっと強弁って感じもあるけど、大丈夫か?
「さらに、大事な田麦野の主幹産業である農業振興ですが、ただいま農協と連携しながら、ほとんど手間をかけずに収穫が見込めるアーモンドの事業を、田麦野を中心とした地域で展開しております。こちらは高級油を絞って販売できるとともに、綺麗な花を咲かせるために観光や花卉の販売にもつなげられると期待しています。
そしてこれから取り組む事業として、薬草の栽培に力を入れる所存です。海外からの輸入に頼っている薬草ですが、中山間地域で生育しやすい種類の薬草を集約的に栽培し、日新製薬さんに販売することで、田麦野地区の農業収益の増加をはかる所存です」
ありゃ、アーモンドはまだ収穫できるまで時間かかるげど?桃栗三年なんだから。まだ見えてない事業を、そんな自信もって紹介していいんだべが?
あと、薬草の事業、やんのね。はじめで聞いだ。
私が農協の組合長に中山間地域の農業について相談したあと、しおり市長に報告をした。そのとき、しおり市長が全国の先進事例から思いついたのが薬草だった。秋田では、本格栽培に向けた実証実験もはじまっているらしい。天童市には全国に誇る日新製薬という大会社がある。地元のこの企業と連携して、地元産の薬草を栽培・販売できれば、農家にとっては大きな収入になる。
アーモンドにつづいて、しおり市長が用意した中山間農業に対する二つ目の答えだった。
でも、やると公言すればやらんなねぜぁ(やらなきゃならなくなるぜ)?普通、まだ具体的にはなってない事業ば(を)、そだな(そんな)風に「やるつもりだ」なんて、市長は議会でゆわねもんだげど(言わないもんだけど)。まあ、しおり市長だがら、やるっつったらやるんだべげどもや(やるんだろうけどもさ)。
「最後に、環境の問題です。里山の荒廃に関しては、私も心を痛めてきました。そのために、天童温泉と協力し、チップボイラーを導入しました。つい三ヶ月前にオープンした環境観光施設『木づかい天童』のことは、議会の皆さん、すでにご存じのことと思います。この施設で、これまで棄てられていた間伐材などをチップにして燃料として利用します。木材の需要を喚起することで、林業を復活させ、人の手を以前のように里山に入れていくことを目的としています。これは、とりもなおさず、田麦野などの中山間地域の環境問題を念頭に置いています。
こうした、様々な事業を連動させ、雇用の創出、交流人口の増加、農林業の振興、環境整備を進め、それによって地域の活性化をはかっていく所存です」
おお、全部つなげやがった!
いかにもこれまでの事業が、このためだったと言わんばかりだ。困りごと持ってこられるたびに、行き当たりばったりで仕掛けた事業のくせに。
この小悪魔め。まったくひどい詭弁、いや呪文だずね。
でもまあ、結果的にそれが中山間地域振興につながったのは確かだから、ペテンも許されるだろう。それに、行き当たりばったりの思いつきだったとしても、しおり市長の黒魔術は、心から真剣に中山間地域の問題に向き合ったものだ。その心意気にウソはない。
病は気から。景気は気から。地方創生も、市民の気から。
地方創生のためには、天童ってなんか面白い、と市民に思ってもらわなければならない。そのために、わくわくする「いい事業(ごど)」をたくさん行っていかなければならない。
そんなしおり市長の政治信念が、いま結実していた。
ただ単に雇用や観光や農業の問題を解決しろ、などと抽象的な叫びを繰り返して、何ら行動しない者が、そんなしおり市長に敵うはずがない。
事実、伊達の顔面は、しおり市長の答弁中、蒼白になっていった。
小悪魔の発する呪文に、完全に惑わされている。実績と今後の豊富を並べ立てられて、反論の糸口が見えないのだろう。
しおり市長は、そんな伊達を見つめて冷たく言った。
「以上のように、私は市長として微力ながら仕事をしているつもりです。いつぞや伊達議員は、『自分が市長になっていたら、今回のような問題は起きなかった、自分こそ市長にふさわしい』と私におっしゃいました。浅学非才の身ですから、批判は甘んじて承ります。しかし、それでは伊達議員が市長になったら、どうなされますか?今回の問題をどう処理されますか?ただ今答弁した以上の代案がございますか?」
うわっ、余計なこと言うなよ。とことん追い詰める気か?性格、悪っ!
代案がありますか、なんて市長が議員に問うのはルール違反だ。議員が質問するのに代案を示さなければならない法はない。というより、伊達に代案などないことなどわかりきっている。
案の定、伊達は手を挙げて、再質問する気配すらない。
それを見たしおり市長は、にっこりと笑った。
可憐で華やかな、悪魔の微笑だ。
「では、自分の方が市長にふさわしい、なんていうのは嘘ですね?」
また、やりやがったーーーーーー!
勝ち誇って席に着くしおり市長。丹羽議長は顔を覆い、森副市長は頭を抱えた。
騒然となる議場の中で、再びのトラブル到来の予感に辟易しながら、私は、別の予感で奇妙にわくわくしていた。
このトラブルがまた、新たな事業を生むかも、と。
そして、天童の地方創生に繋がるかも、と。
以上をもって、天童市議会議員、羽柴ケイスケによる昨年12月定例会から本年9月定例会までの市政報告を終了します。
ご静聴、ありがとうございました。
完 ※このお話はフィクションです
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