しおり市長の市政報告書 vol.6

   12月8日午後3時8分

「市長!一言、お願いします!」
 議場を出た後のしおり市長を、マスコミのカメラが取り囲んだ。
 何台ものカメラのライトを向けられたしおり市長は、ステージでスポットライトを浴びたアイドルのように可憐だ。
 いやいや、なに考えてんだ、俺。
 私は、議場から出たところにある議員控え室の前で、遠目に様子をうかがっていた。
 それにしても、天童市などという地方自治体の議会に、こんなにカメラが集まることなど滅多にない。このカメラの数は、しおり市長の注目度を証明している。
 議場を出た瞬間に市長がぶら下がり取材を受けるということは、もともとニュース映像にするつもりで、あらかじめマスコミが集合していたことに他ならない。今回は、伊達が一般質問で市長を攻撃すると後援者にもマスコミにもリークしていたため、なにかハプニングが起こらないか、カメラ付きで手ぐすね引いて待っていたのだ。
 まあ、彼らの手ぐすねは無駄にならず、案の定ハプニングを起こしてしまったわけだが。
「市長!一般質問について、所感をお聞かせ下さい!」
 何人かのインタビュアーがしおり市長を取り囲んだが、そのうちの一人が声を張り上げた。こういう場合、各局の協定があるのだろう。持ちまわりで一局の放送局のインタビュアーが代表して質問することになっているようだ。
 そのインタビュアーを見て、私は嫌な予感がした。
 色白でガリガリ、しゃくれたアゴをいつもひん曲げている男、松永春樹だった。
「所感とおっしゃっても、特にございません。いつものように、議員の質問に対して真摯にお答えしただけです」
 いやいや、真摯じゃねえべ。
 とツッコミを入れた私だったが、松永も同感だったらしい。
「しかし、いつものような一般質問とは、大きく様相が違ったと思います。相当にきつい答弁で議員を追い詰めたように見えましたが、いかがでしょう?」
「伊達議員がかなりの勢いで質問されましたので、私も必死に答弁いたしました。端から見ると、喧嘩をしているように見えるかもしれませんね。でも、議会で激論が交わされるのはいつものことですし、その議論を重ねて、市民のためにより良い市政ができるものだと思っています」
 しおり市長はにっこりと笑った。
 議会でのやり取りを見ていない視聴者からすれば、その無垢な笑顔とご令嬢のような話し方に騙されることだろう。
 しかし松永は、もちろん引き下がらない。
「あくまでいつもの議論をしただけだと?ですが、伊達議員のSNSの記事をあげつらって、議員を攻撃なさったじゃないですか?」
「あげつらって、というのは心外ですが…。私としては、一般質問を受ける市長としての責任を最大限はたすために、議員のお考えを知っておきたいと思い、伊達議員のSNSを拝見しました。すると、質問の趣旨に反するようなことや、少し整合性のない文言が見られたものですから、伊達議員の真意を伺ってみたまでです」
「しかし、通常の一般質問の答弁を逸脱しているように感じられました。議員を嘘つき呼ばわりするというのはいかがでしょう?」
「嘘つきなどととは申し上げておりません。伊達議員が何度も、私に嘘をついたと答弁しろ、とおっしゃいましたので、頭に残ってしまったのでしょう。SNSの記事に相反するものがあったので、『嘘をついていらっしゃるんですか?』と聞いただけです。この辺も議論が白熱すればよくあることでしょう。議会と執行部が、車の両輪として議論するのは、非常にいいことですね」
 しおり市長は、うまくかわしている。私は胸をなで下ろした。
 それにしても、悪意に満ちた質問だ。
 「あげつらう」とか「嘘つき呼ばわり」などと、誘導尋問にもほどがある。普通の記者なら絶対にインタビューでは使わない言葉だ。しおり市長に悪印象を与える、あるいはなにか失言を引き出すのが目的だろう(まあ、一般質問の答弁を逸脱している、という指摘は的を射ているが)。
 松永は、もともと織田ケンイチ代議士を嫌ってきた。というよりも、保守系の議員を嫌っている。
 そもそも、松永の所属するテレビ局は、保守系を攻撃する立場の系列局だ。しかしその中でも、松永はひどすぎる。東京の本社(の新聞社)から出向してきたらしいのだが、しおり市長に対する敵対意識があからさまなのだ。
 実は、ケンイチ代議士をはじめとする保守系国会議員を嫌ってきたから、しおり市長も嫌い、というだけではない。市長になったばかりのしおり市長を、松永がプライベートで食事に誘い、むげに断られた、という事情があるらしい。
「今度、東京のイタリアンで食事をどうですか?ちょっと山形では食べられないレベルの店ですよ」
 などと言ったと聞き及んでいる。
 バカな男だ。そもそも東京の生活が長いしーちゃんに、そんな誘い方をしてどうする。しかも天童の田舎バンザイのしーちゃんが、しかもしかも山形の食べ物が世界一美味しいと信じているしーちゃんが、山形を下に見たような発言に頭に来ないわけがない。
 手ひどい言葉で誘いを断ったらしいが、その内容は知らない。(ただ、その後の松永の敵愾心を見る限り、しーちゃんに否がなかったとは思えないけれど)
 いずれにしても、松永はしおり市長をひどく嫌っている。
 同時に、はっきり言って市長も私も松永のことが嫌いだ。
 人を見下したような態度で、自分だけが正しく特別だと思っている。いつも批判的な発言をするくせに、こうすればいいという建設的な意見は示さない。批判がそのしゃくれ顔に染みついているようで、「不満顔」が松永という人物を過不足なく表しているようだ。
 一度、松永が、
「地方の議会って面白くないんですよねえ。もっと議員がしっかりして、盛り上げて下さいよ」
 などと言ったことがあり、心底頭にきた記憶がある。
 おめえらば(を)、おもしゃがらせる(面白がらせる)ために、議員やってんじゃねえ!
 そもそもマスコミが面白がるのは、騒動だ。だが、地方議会では騒動が起こった時点で、政治行政は失敗しているのだ。議会がはじまる前に、しっかりと準備を進めて、粛々と執行していく方が、よほど優秀な地方行政といえる。むろん、面白いアイディア、先進的な提案が議会で展開されることは活性化に欠かせないが、そんな建設的な議論をいくら重ねても、マスコミは取り上げてくれないじゃないか。
 そして、松永はやはり、国会と地方議会の違いが全くわかっていない。
 前にも言ったが、首相をはじめ内閣を野党がこれでもかと攻撃して、議会がもめにもめる(つまりマスコミが喜ぶ)のは、議院内閣制だからだ。議会と執行部が「車の両輪」たるべき二元代表制の地方議会では、市長に対する攻撃や批判ではなく、市政へのチェックのための質問、建設的な提案がふさわしい(つまりマスコミが喜ばない)。
 つねづね議会が紛糾することを「面白い」などと思っているヤカラを快く思っていない私は、その発言で松永を一発で嫌いになった。
 そんなこんなで、保守系議員が嫌いで、議会が「盛り上がらない」ことを憂う松永は、革新系の伊達よしき議員が大好きで、議会を「盛り上げる」伊達に味方する、ということになるのだ。
「SNSでの整合性を市長は強調されておりますが、伊達議員の質問はしごくまっとうなものだったと感じられました。ダムの影響による環境破壊への懸念や、農業へもっと手厚い支援を、という指摘は、真摯に受け止めるべきではないでしょうか」
 なんとか伊達を正当化しようというみえみえの質問だが、もはやこれは、インタビューの枠を超えている。私的な討論の様相を呈してきた。
「はい、それに関してはそのとおりです。親水公園建設には、環境に十分配慮するつもりでいますし、実際に、ダムによる環境への影響は最小限に留まっています。それに、地元の方々の基幹産業である農業への支援、これも重大な問題です。ただ、今回は、農業は問題にしていないですし、親水公園建設にむけて、最大限努力する決意です」
「環境への影響は最小限とおっしゃいましたが、そうでしょうか?市長ご自身が、サルなどの鳥獣被害について指摘していました。ダム建設がこうした鳥獣被害と関係しているという可能性は?」
「鳥獣被害についてはまったく関係ありません。近年の温暖化の影響でイノシシの生存圏が拡大したことや、里山に人の手が入らなくなったことで、クマやサルの活動範囲と人里が近接してしまったことが影響していると分析しています。いずれにしても、中山間地域での鳥獣被害は、農業にとって深刻な問題ですので、なんとか対処したいと思っています。ただ、なかなか予算の関係上、抜本的な対策を立てられませんが…」
 その辺の答弁は、さすがに高校で里山問題を扱ったしおり市長だ。
 しかし、質問が個人的になりすぎている。荒れた議会への所感であったはずが、環境問題にシフトしてしまった。
 他の記者たちもウンザリし始めたようだ。
 その空気を松永といえど感じたようで、「市長、ありがとうございました」と質問を打ち切りにした。
 マスコミ各社は一斉にカメラのライトを消し、さあっと散っていった。
 その後、目配せをされた私は、市長室に行って頭をはたかれるわけだ。


   12月8日午後3時44分

 まあまあのマスコミ対応だったと思う。
 議会答弁とは打って変わって、のらりくらりと質問をかわしていた。
「囲み取材では、よく我慢されましたな、お嬢さん。一般質問でも、ああした対応をしてくれればよかったのですが」
「我慢なんて、おじさま。別に立腹もしておりませんわ。私はいつも穏やかですわよ」
 嘘つぐなず(言うなよ)。
 伊達の質問、松永のインタビュー、二つの腹立ち紛れに、私の頭を叩いたくせに。
 まったくこの女の猫かぶりだきゃあ。
「ですからお嬢さん。その調子で表面でニコニコ笑って、反撃などしなければよろしいと申し上げているのです。…まあ、いいでしょう。あのぐらいの対応をしておけば、マスコミもそこまでは騒ぎ立てますまい」
 さすがは「おじさま」。おしめをつけていたしおり市長を知っている議長には、猫かぶりなど通用しない。
「いずれにしても、今後はああいった騒ぎを起こさないような議会対応をお願いしますよ、市長」
「ええ、もちろんそのつもりですわ」
 議長は、あえて「市長」の部分に力を込めて言ったが、この小悪魔の笑顔を見ていると、その忠告はおそらく無駄になるだろう。
 議長は去り際、
「じゃあ、羽柴。議員への対応、今日中に頼むぞ」
 そう言って再び私を睨むことを忘れなかった。
 私は再び、頭を抱えた。

vol.7に続く ※このお話はフィクションです

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