しおり市長の市政報告書 vol.11

   6月12日午前9時5分

 それから二ヶ月後。
 私は、乱川の河川敷で、草刈りをしていた。
 他にも、30人ほどが作業している。もちろん黒田さんの姿もあり、黒田さんが連れてきた地域の人達もいた。しかしそれだけでなく、天童の各地から人が集まり、そして建設業者の人たちの姿も見える。
「いやあ、市長も来てけるなて(来てくれるなんて)、ありがだいにゃあ(ありがたいなあ)」
 しおり市長も、みんなに混じって草刈りに汗を流していた。
 普通のジャージ姿なのに、なぜか華やかだ。
 初夏であればかなり気温も高いし、鬱蒼とした草木を刈る作業は、結構きつい。虫がまい飛ぶから肌も露出できないので、余計に暑い。それでもしおり市長は、元気だ。
 しおり市長だけではない。みんなが意気揚々と作業していた。
「いえ、いい汗を流させてもらっています。皆さんも熱中症に注意して下さいね?」
「俺らは、農作業でこだな(こんなの)慣れでっから。市長こそ無理すんなな(よ)」
「私は好きでやらせてもらってますから。自分から言い出したことですし」
「俺らこそ好ぎでやってんだがら。市長にはいい事業(ごど)してもらって、俺らもおもしゃいばっかりよお(楽しいばかりだよ)」
 そんな会話を交わしながら、笑いあって作業している。
 しおり市長の言葉に嘘はないだろう。基本的にしーちゃんは、アウトドアが好きだ。自分が興味のないことには指一本動かさないものぐさだが、自分が考えた遊び、自分が考えた事業をやるためなら全力を尽くす。
 だが、しおり市長だけでなく、みんながこんなにも快く協力するというのは、この作業に目的があるからだ。
 それは、ここにパークゴルフ場をつくる、というものだ。
 だけでなく、ゴルフのアプローチの練習場もつくろう、という。
 今日集まっているのは、市内のパークゴルフ愛好会やゴルフ好きの人たちなのだ。

 それが、しおり市長が思いついた「いい事業(こと)」だった。
 発想の原点は、東京の河川敷での迷惑ゴルファーの報道らしい。ゴルフの打ちっ放しでお金を使いたくないゴルファーが、散歩する人の多い河川敷の芝生でアプローチの練習をするのが危険だ、というテレビでの特集だったようだ。
 まあ、打ちっ放しなどではドライバーなどの練習をしたいだろうし、確かにアプローチの練習ができる芝生というのは数少ないから、禁止されている場所でもやりたくなる心理も理解できないではない。
 だったら、人気のない場所に、アプローチの練習場所をつくってしまえばいい、というのが、しおり市長の思いつきだ。
 また、前々からパークゴルフの愛好者達から、天童にもっとパークゴルフ場をつくって欲しいという要望がよせられていた。パークゴルフは、ティーから十~数十メートル先のカップに、ビリヤードのような球を木製のクラブで入れるスポーツだ。ゴルフの縮小版で、ルールはほぼゴルフと一緒。クラブが一本であること、コースが短いこと、という手軽さから、高齢者を中心に人気が高い。
 だったらこれも、ここにつくってしまえばいい、としおり市長は言う。
 確かに、河川敷にパークゴルフ場をつくるというのは、全国的にもはやりのようなものだ。しかし…
「そんな予算、どこにあるんですか?」
 という私の悲鳴に、しおり市長は、こともなげに言った。
「自分たちでつくれば、予算がかからないでしょ?」
 そんなに簡単な話じゃねえ!と思いっきり突っ込みたかったが、この女が一度言い出したら終わりであることを、私は知っている。黒田さんも話を聞いて唖然としていたが、「なんでも協力する」と言った手前、覚悟を決めたようだった。
 それから二ヶ月。今日までの私の苦労を、市民の皆様に察していただきたい。
 まさしくそんなに簡単な話ではないのだ。
 問題は山積みだ。
「まずは市長、まったく予算がかからないわけがないですよ?」
「んだべねえ(そうでしょうねえ)。職員に言っておくから、ケーちゃん、その辺うまく予算組みしてみてよ」
 軽く言ってくれるもんだ。
 作業はボランティアにお願いするとしても、草刈りや整地の道具や、芝やネット、ゴルフのカップや旗ポールなど、必要なものは結構あった。何事も、お金がなくては達成できない。
 私は、仕方なく予算をつかさどる総務部長のところに赴いた。
 年度途中の余計な予算計上をしなければならない総務部長は嫌な顔をしていたが、それでもしおり市長が話を通していたのだろう。河川整備のために計上した予算をまわすよう、建設部と調整をとってくれた。
 建設部長は意外とノリノリで(河川整備が安価にできるからかもしれないが)積極的に協力してくれて、河川の管理者である県との調整することと、6月の補正予算で予算の組み替えをすることを約束してくれた。
 が、問題はそれだけではない。
「ボランティア集めはどうするんですか?」
「地元の人たちの説得は黒田さんにお願いして、あとは、ゴルフ好きとかパークゴルフ愛好会とか、そういう人たちにお願いすればいいんじゃない?」
 いいんじゃない?とは言うが、結局、「お願い」するのは私なんでしょ?
 あきらめのため息とともに、私は各所を走り回った。パークゴルフ好きの人々を調べてお願いに回ったり、天童カントリーやゴルフ練習場などをまわって有志を募ってもらった。地元の人たちへの説明も黒田さんだけに任せるわけにはいかなかった(ちょっと聞いただけでは突飛な話なので、「市長の肝いり」であることを示さなければならなかったので、市議会議員の私が同行したのだ)。
 このボランティア集めは、非常にスムーズに進んだ。
 パークゴルフ愛好会の人たちは、もともと自分たちが要望していたということで快諾してくれたし、ゴルフ好きの人たちもアプローチの練習場は(しかも市公認の!)、のどから手が出るほどに欲しいとのことだった。地元の人たちは、他地域の人たちから協力してもらって地元にいいものをつくってもらえるならば、ということで大歓迎だった。概してこういう人たちは高齢の方が多いのだが、今、日本で最も元気なのはこの世代なのだ。
 しかし、問題はもっとある。
「だけど、いくらボランティアが集まっても、素人だけではそんなもの造れませんよ?」
「んだべねえ(そうでしょうねえ)。じゃあ、プロをボランティアで集めてよ」
 これも無理な注文だ。だが、この問題もなんとかクリアできた。
 県に問い合わせたところ、川の整備清掃を行う地域の「河川アダプト団体」に対して、「河川アダプトサポート企業」という制度があるらしい。これは、地元の建設業者などが、河川アダプト団体が行う活動をアシストする制度だ。建設業者としては基本的にボランティアだが、サポート企業の活動をすれば、県が発注する公共事業に入札する時に有利になる。
 これは使える、ということで、私は懇意にしている建設業者の社長に、サポート企業のお願いをした。
 社長は、「いいよ、どうせこの時期ヒマだし」と二つ返事で受けてくれた。
 「ヒマだし」というのは社長の照れ隠しで、地域のためになる事業にはいつも積極的に協力してくれる人だ。ただ、ヒマだというのにも理由があって、公共事業の受注が多い土木関係の仕事は、春から初夏までは仕事が少ない。それは、行政のシステムが単年度決算になっているからで、3月に予算が決まって入札、受注、着工という手順を踏むため、仕事を始めるのは早くても夏以降になってしまうのだ。
 暖かい地域ならこれでもいいが、山形のような雪国では、アスファルトの固まりにくい冬に仕事がずれ込んだりして、大変に効率が悪い。一番陽気がいい時に仕事が少ないという矛盾は、制度からして考えなくてはならない。
 とはいえ、まあ、こんな事情がかえって功を奏した。
 社長は、社員を遊ばせておくよりも地域貢献をした方がいい、と笑ってくれた。
 ということで、まずはパークゴルフ場のコースとアプローチ練習場の配置を決め、基本的な設計をしてくれた(本来であれば専門の設計業者が必要だが、この程度の事業ならうちで大丈夫、ということだった)。そして、人の手では無理な整地作業や抜根作業、芝の養生などを受け持ってくれることになった。

 そんなこんなで、ボランティア30名を超える今日の作業につながったのだった。
 私はみんなを説得してまわった責任をとって、しおり市長は多分に趣味で、今日の草刈りに参加しているというわけだ。
 本来であれば、6月議会の補正予算の可決を待ってになるはずだったが、もうすでに作業に入っている。芝生やネット、ゴルフ関連の器具など、予算のかかるものが必要になるのはまだ先だし、草刈りだけでもはじめてしまおう、とボランティアが張り切った結果だった。
 みんなで草刈機を持ち寄り(農家の方はたいがい持っている)、建設業者の方々も重機を投入してくれた。作業の安全管理や指導は、彼ら建設業者の方々が受け持ってくれている。
「しかし、道のりは遠いなぁ」
 私は周りを見て独りごちた。
 草の量は半端じゃないし、木も結構あるから、伐採・抜根・切断・搬出と、かなりの作業となる。それを広大な土地に展開するのだから、先が思いやられた。
「ゆっくりやればいいべした(じゃん)。別に急ぐ話じゃないし」
 しおり市長が、近づいてきて言った。
 まあ、確かに急ぐ必要はない。主目的は河川敷の整備だ。ゴルフ場は副産物に過ぎない。その目的にむかって、みんなが楽しく作業してくれることが大事だろう。しおり市長は、「月に2ホールぐらい造れれば、来年の夏にはできるんじゃない?」と言っていた。
 しかし、この予想は大きく覆る。
 この数ヶ月後の秋には、パークゴルフ場もアプローチ練習場も完成してしまったのだ。
 事業の話を聞いた市民がどんどんこれに参加してくれるようになり、百人以上が毎週のように作業するような状態にまで発展したからだ。ゴルフ好きはもちろん、環境に興味がある若者などが市外からも参加した。また、伐採した木の持ち帰りを募集したところ、薪ストーブを持っている人などが参加してくれたりもした。
 月に2ホールどころか、週に一ホールペースでゴルフ場が完成していった。
 私としおり市長は、仕事で半分も参加できなかった。
 私たちの手を離れたところで完成したゴルフ場を見て、私は呆然としてしまった。
「結構、簡単にできたねえ」
 しおり市長がかわいく笑ったのを見て、私はぶっ飛ばしてやろうかと思った。
 全っ然、簡単じゃねえ!人の苦労も知らないで!
 だがしかし…
 この事業を成したのは、まぎれもなく織田しおり市長だ。
 市長の発想と決断がなければ、なにもはじまらなかった。
 私は、黒田さんから相談を受けながら、それに応えることができなかった。市長の発想を受けて実働したのは私かもしれないが、市長の決断と後押しがなければ、市役所も市民も動かなかったろう。実働の苦労というのは、やるだけなのだから実は楽なのだ。
 ただ、もちろんこれで河川の問題がすべて解決したわけではない。
 天童には他にも河川がたくさんあるし、すべてが広々とした河川敷を持っているわけでもないから、この手法が万能ではないだろう。そんなにたくさんパークゴルフ場をつくっても仕方がないし。やはり、地道に予算をかけた河川整備は不可欠だ。
 このゴルフ場にしても、芝生の養生、定期的な草刈り、といった維持管理が大変だろうし、アプローチ練習場の安全管理などの問題が出てくることだろう。
「でも、まあ、いいべした。みんな楽しそうなんだから」
 不安を口にする私を、しおり市長は笑い飛ばした。
 実は私も、まったく同感だ。「ゴルフ場完成記念パークゴルフ大会」を楽しむ市民を見て、私は達成感を味わっていた。
 まちづくりの原動力は、ワクワクだ。不安や問題は、クリアすればいい。
「おもしろき こともなき世を おもしろく」
 高杉晋作の、私が大好きな辞世の句である。

 この後、河川敷にバスケコートやテニスコートなど様々なスポーツ施設ができ、「天童市河川敷スポーツ事業」と呼ばれるようになるのだが、それはまだ先の話。

vol.11に続く ※このお話はフィクションです

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