しおり市長の市政報告書 vol.35(終章)

第四章 九月定例会

   9月2日午後2時41分

「こんな施設は認められませんよ、市長!」

 天童市議会の議場に、伊達よしき議員の声が響き渡った。
 9月とはいえ、村山盆地の残暑は厳しい。相変わらず市役所職員は電気代を節約して空調の温度を下げてくれないため、議場は蒸し暑かった。
 その中で、伊達はますます過熱していく。反対に、聴衆の雰囲気は冷却していく。
 伊達は、8月の「COIZOO天童」の落成を受け、一月後の九月定例会でこれを批判する一般質問を行っていた。
 昨年の12月、市長をおとしめる一般質問をしたときには、伊達を応援する傍聴者がつめかけていた。しかし今日の傍聴者は極端に少ない。伊達は、親水公園の建設に反対の質問をすると支援者たちに呼びかけていたらしいが、それに反応した市民がほとんどいなかったということだ。
 伊達はそれにあせりを感じているのだろう。先ほどから過激な言葉を繰り返しているが、内容がない叫びは空転するばかりだった。
 まずは3月議会で強引に予算を通したことを蒸し返した。そして、ミニ動物園という手法に難癖をつけ始めた。曰く、こんな突飛な事業をわずか半年で行うなど、拙速ではないか。地域住民とのコンセンサスがとれているのか。環境への影響は調査したのか。動物の捕獲に関して問題はないのか。公園の運営に問題はないのか。云々かんぬん。
「織田市長ぉ」
 丹羽りょうたろう議長の指名に、しおり市長が登壇する。
 今日は、白いブラウスに紺のスーツ姿だ。単純なリクルートスタイルだが、しおり市長が着ると、アイドルが就活応援のCMに出ているように見える。
「伊達議員の質問にお答えします。まず、3月議会での審議については、議会での答弁を繰り返しますが、予算が議会を通っていなかったあの時点において、先走って計画を進めるのは議会軽視に繋がると考えました。また、そのときには詳細をお示しできる図面も設計図もなかったため、予算をご可決いただいた後、詳細を詰めさせてもらうということで、3月のご審議をいただいたと認識しています」
 まあ、これは完全に嘘だ。
 3月議会の段階では、ほとんど計画はできていた。反市長派へ説明したくなかっただけだ。説明すれば足を引っ張られる。市長を支える議員には根回しをしたし、大学や環境省へは打診していたし、まして地域住民には…
「地域住民のコンセンサスはとれていたのか、ということですが、こちらは十分に説明させていただきました。田麦野地区や山口地区では住民説明会も開催し、計画には大いに賛成していただいたところです。環境への影響については、環境省や県の担当課とも討論を重ねました。また、アドバイザーとして山形大学の石田教授に相談し、様々な指導をいただいたところです」
 しおり市長から尻を叩かれ、私はずいぶん各地をかけずり回った。
 舞鶴山のケヤキから落ちた後、真っ先にアーモンドの件でお世話になった石田教授に電話した。しおり市長の「鳥獣被害対策動物園」という考えに、教授は様々な問題点を指摘してくれた。その問題点も想定済みで事業をしたいと告げると、教授は「なかなかの詐欺ですね」と言いながら、実現に向けた助言をくれることになった。
 その後、秘書時代のつてをたどって環境省に相談し、県とも折衝を重ねた。もともと親水公園は建設する予定で申請済みだったし、その建設規模や造形物が大きくなるわけでもなかったから、建設許可は割合すんなり下りた。「鳥獣被害対策動物園」に関しても、生態系や環境に資する施設ということで、法的には問題ないとのことだった。ただ、石田教授と同じ指摘をされたし、環境省や県からの補助金までは出なかったが。
 設計事務所や建設業者の入札から計画をつめることについては、優秀な森副市長のもと、総務部長や建設部長が動いてくれた。
 計画が煮詰まったあとに、地域住民たちに説明していったのだが、こちらは市長派の地元市議に協力してもらった。私は田麦野・山口地区の議員ではないから住民にそれほど近しくないし、私が動きすぎると地元市議の顔をつぶす、という政治的配慮も重要だった。
「動物の捕獲や親水公園の運営に関する課題ですが、これに関しては落成式の際にも縷々申し上げました。猟友会など猟をしてくれる人に対して、資格取得や銃器の保管、研修等で支援するとともに、警備会社と連携して除隊した自衛官を雇用してもらい、田麦野地区の見回りと鳥獣捕獲の指定管理で行ってもらっています。
 親水公園の運営も、ボランティアの参加やNPO天童高原の協力により、順調に推移しています。まだ開園一ヶ月ですが、来場者は予想の5倍以上となり、えさ代に困るどころか収益が出ている状態です。来場者が落ち着いても、話題を呼んだからか、市内のデパートからの食品提供や県内外からの協賛金が集まっており、運営には心配がないと思われます。ジビエ料理も軌道に乗り始め、『COIZOO天童』が天童観光に大きく寄与しはじめていると言えるでしょう」
 しおり市長から自衛隊の第六師団に電話しろと言われたのは意外だった。
 どうやら私が以前、退官後の自衛官の就職について相談したのを、市長は覚えていたようだ。まさかこんな形で自衛官の再就職先を考えるとは思わなかった。自衛官としてもスキルを活かせるし、警備会社もこの人材不足のみぎり渡りに船だろう。
 ただ、捕獲に関する予算を大きく増額するのは覚悟の上だった。捕獲に対してそれなりの補助金がでなければ誰も動かないし、罠や猟銃もお金がかかるから、それらに対する支援をしっかりと考える必要があった。
 NPO天童高原との折衝は楽しかった。
 もともと天童高原を盛り上げたい人たちだ。すぐに「COIZOO天童」の運営計画を立てて、ノリノリでジビエ料理の研究に取りかかってくれた。もちろん、動物の管理のために人員を増やさねばならず、その分の指定管理料は増額した(新たに雇用したのは田麦野の人だったから、少しは地域の活性化にも寄与したと思う)。今は、観光関係者とNPOが組んで、シャトルバスの運行や観光商品の開発に着手しているという。
 意外だったのは、あの環境保護団体「天童の美しい山と水を守る会」が、協力を申し出てきたことだ。
 どこから情報を得たのか、こちらから頼んだわけでもないのにボランティアで動物の世話をする、と言ってきた。地元在住の人たちが中心だったから、都会に住んでいる代表たちがどう絡んでいるかは知らないが、こちらにとってはありがたいばかりだった。ただ単に市長に反対したいわけではなく、純粋に環境や動物を愛しているのだろう。その点、伊達や松永とはやはり一線を画しており、彼らがこちらの側についてくれたことは、伊達にとっては相当なショックだったようだ。
 とにかく、この事業は実現にこぎつけるのに苦労した。
 公園の建設そのものよりも、いろんな人と折衝して協力をもらうことに事業の肝があった。もちろん急ピッチの建設も重要だったが、最上建設さんが快く引き受けてくれたから成功したのであって、建築資材よりもその協力してくれる気持ちの方が大きな要素だった。
「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」
 武田信玄の名言通り、まさしく事業とは人である、と実感した。
 しかしそれも、しおり市長のワクワクする発想があってこそ。
 今回もだいぶ苦労させられたが、事業実現に向けて動くのには充実感があった。魅力的な事業だからこそ、東奔西走していてもやり甲斐があった。
 なんといっても、その結果が出ているのだ。
 「COIZOO天童」は開園以来、大盛況。しおり市長の答弁通り、予想を遙かに上回る来場者を獲得していた。
 県内のマスコミにも連日取り上げられ、ついに全国ネットでも報道された。
「美人市長の答え。鳥獣被害は動物園で解決」
 そういった見出しがテレビや新聞に踊った。それを受けて、天童市民の感情も軟化していき、ついには市長への好評価へと逆転した。
 その結果の中での、伊達の一般質問。
 本人はなんとか市長を攻撃しようとするが、盛り上がるわけがない。
「以上のような状況ですので、親水公園『COIZOO天童』は非常に順調な滑り出しを見せ、市民からも評価いただいていると判断します。住民の皆様や各方面とのコンセンサスもしっかりとった上での事業ですので、拙速というご指摘にもあたらないと思います」
 しおり市長の答弁は終わりにさしかかっていたが、いったん原稿から視線を上げ、伊達に冷たい視線を投げた。
「そもそも、親水公園の早期完成は、伊達議員がもとめておられたと記憶しています。そのご要望通り、事業の早期実現をはかったのですが、伊達議員にはご不満でしょうか?」
 そう言い放つと、しおり市長は降壇した。
 まだほだな(そんな)ケンカを売るようなごどすんもね(するもんなあ)。市長の答弁で議員に質問して終わるって、ありえねがら(ありえないからね)。
「伊達よしき議員ん」丹羽議長が再質問を促す。
「そ、早期実現がまずいなんて言ってはいない!ただ、こういった事業はもっと慎重に、市民の声を聞きながら進めるべきだと申し上げているんです。だいたい、先ほどの指摘の通り、本事業には色々と問題が…(かなりしどろもどろに、同意味の批判を繰り返すだけなので中略)…しかも、最初はうまくいったから、将来的に大丈夫ということにはならない!公園の維持管理がうまくいかなかったときどうするんですか?」
 入場者が減ったらどうするんだ?ボランティアが来なくなったら?NPOが高齢化したら?警備会社との契約がうまくいかなくなったら?などなど、将来の不安を上げ連ねる伊達。終いには、動物を取り尽くしたらジビエはどうするんだ、などという理論が破綻したことまで言う始末。
「織田市長ぉ」と再答弁を求められた市長は、冷静に一つ一つを論破していき、将来の不安がないよう対処すると答えたが、最後に、
「不確定な将来の不安を並べては、全ての事業ができなくなってしまいます。地方創生のためには地方が主体となる挑戦こそ大事だと思っていますし、現在成功している事業をやめる必要も感じません」
 と言い放った一言に、この答弁は集約されていた。

最終回に続く ※このお話はフィクションです

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