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しおり市長の市政報告書 vol.24

   1月7日午前10時15分

 鳥獣被害の問題は難しい。
 今回、「農業は問題にしていない」発言とともに、「鳥獣被害についてはまったく関係ありません」という台詞がマスコミに取り上げられ、さんざん叩かれた。
 私も農家の人たちから話を聞いて、ある程度、農産物への鳥獣被害のことは知っているつもりだったが、今回、あらためて勉強するべく、松平農協組合長を訪ねた。
「羽柴、議員はあらゆることを勉強しなきゃならん。市民から相談されたときに、その件については知りません、不得意です、では済まんのだからな」
 織田ケンイチ代議士は、そう言っていた。
 私もその教えに従って、情報収集を怠らず、世間にアンテナを張っているつもりだが、もちろんケンイチ代議士の足下にも及ばない。当然、知りません、不得意だ、の部分も出てくるが、その際には、市役所の課長や専門の人に相談して、市民の人に応えるようにしている。それが、私の勉強につながる。浅くでもいい。議員は広範な知識を持たねばならない。
 今回も、鳥獣被害対策が思いつければ、と思っていた。
「しかし羽柴議員。ながなが簡単に解決できる話ではないぜぁ」
 市役所向かいにある天童市農協の組合長室。松平組合長は、いつもの落ち着いた声で、私を諭した。
「最大の課題は、なんでしょうか?」
「まあ、予算と人手が極端に少ない、ってごどだな」
 松平組合長は、ばっさりと切り捨てた。
 鳥獣被害に対処するためには、動物が農地を荒らさないように設備を整えるか、動物そのものを捕獲あるいは殺さなければならない。そのためには、予算と人手が必要となるが、それが絶対的に不足している。
「まず設備といっても、いろいろあっげどね(あるけどな)。電気柵だったり、鳥対策の網だったり。鳥獣被害と一口に言っても、対処しなきゃならん動物は様々だがらな。防ぎだい動物によって設備も自ずと変わってくる」
 山形県での統計では、農産物に対する被害額が一番大きいのは、鳥によるものだという。これは果樹と稲作、両方でのデータだ。しかし、言わば鳥と農家との戦いは、かかしで対処していた時代からのものだ。鳥への対策は、網を張ったり、爆発音を鳴らして追い払ったり、かなり取り組みがなされている。それでもなくならないのが鳥による被害というもので、これはある程度しょうがない。
「近頃、急激に増えできてるのが、イノシシ、クマ、サルといった奴らの被害でな。シカもそれなりに。イノシシなんてものは昔はいながったが、生息範囲を広げできて、この天童でも問題になってる。クマやサルなんてのも、数自体も増えているだろげど、昔よりも人様の里に下りでくるようになった」
「やはり、里山に人の手が入らなくなったのが大きいんでしょうか?」私は、チップボイラー導入のことを思った。
「そういう部分もあるだろな。イノシシは、地中の芋や地上の野菜を根こそぎだ。クマはそもそも出れば人命に関わるし、サルも危険で頭がいい。設備で撃退するとしても、電気柵を張り巡らせるどが(とか)、果樹園地を何らかのもので囲ってしまうどがしなきゃならんが、奴らそれすらも壊して入ってきてしまう場合もある。サルなんか三次元に動くがらな。ちょっとやそっとの囲いなんか役に立だない。完全に防ごうと思えば、莫大な設備費がかがってしまう」
「たしかに、そう言われるとすごい設備になりそうですね。設備に対する行政からの補助金とかはないんですかね?」
「微々たるもんだな。農家負担で設備投資するには額が大きぐなりすぎる。費用対効果も少ない。鳥獣被害が大きいのは、儲けの少ない中山間地域だぞ。大体、天童の山沿いの農地は何㎞になるど思う?そんな広い範囲に国や市が補助金を出して完璧な対策をするなど、予算的に不可能だろう?」
 そう言われると、ぐうの音も出ない。
 山沿いの斜面対策についてもそうだが、山沿いの鳥獣被害対策も同じ構造のようだ。予算がかかりすぎるのだ。
「となると、捕獲するか殺す、という選択肢ですか」
「そうなるが、人手不足が甚だしい。猟友会の会員は、年々減っているし高齢化している。一頭獲っど(獲ると)いぐらって決まった補助金が出るげど、それで生活でぎるほどじゃねえし、まあ、ボランティアみたいなもんだな」
「でも、ジビエとか流行りじゃないですか。私も好きですし。ヨーロッパなんかじゃ、狩りが貴族の遊びってことで、今でも上流階級の娯楽って感じですよね?日本だって昔は鷹狩りが武将のたしなみだったじゃないですか」
「日本じゃそこまで娯楽としての狩りって伝統はねえよ。確かに獲った肉は食べたいとこだが、問題があってな。自分らで食う分には問題ないんだが、販売するとなると、ちゃんとした処理施設で解体・保存しないと売れないんだよ。残念ながら、天童近辺にはそういった資格を持った施設がない。そういう施設をつくるにしても、これまた大きな予算がかかる。遠くまで運んでたんじゃ、割にあわね」
 なるほど、獲った肉の処理施設か。ちょっとそこにはヒントがありそうだ。
 しかしいずれにしても予算、そして人材不足かあ。私にはまだまだ解決策が思いつきそうにない。
「それにクマやイノシシは食べるってこともでぎるだろげど、サルはなあ。猟友会の人達も、二本足は撃ちづらいっていうのよ」
「二本足?」
「まあ、人間に近いってごどだ。間違って子ザルなんか撃ってしまうど、親ザルが抱えて逃げたりするらしい。かわいそうで撃ちづらいっていうんだな」
 それも人間のエゴってもので、二本足でも四本足でも同じ命だろうが、確かにその光景を想像すれば、哀愁を感じてしまうのも人情というものだろう。
「そんなこどで、設備投資と狩猟人材の確保、という両面から地道に取り組んでる、ってのが、今の鳥獣被害対策だな。しかも細々と。狩猟免許取得への補助(これは猟銃の免許や罠のものがあるらしい)とか、猟銃の保管場所への補助(日本は銃刀法が非常に厳しいので猟銃の保管も大変らしい)とか、行政の方もやってはくれてるが」
「なかなか、抜本的な対策までには…、ということですね」
 やはり、鳥獣被害の問題は難しい。

vol.25に続く ※このお話はフィクションです

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