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途切れている座標(つづき)

北海道本島と国後島との間、根室海峡に引かれるラインのおはなし。前の記事は、こちら。

根室海峡を通っている、福岡FIR(飛行情報区)とハバロフスクFIRの境目の座標が明示されていないことについて、前回お話ししました。日ロ「中間ライン」の座標も明らかにされていません。

でも、いろいろ探している中で、根室海峡に設定された2種類の座標が見つかりました。


▲ 海上保安庁の「参考ライン」(地理院地図に加筆)

ひとつはこれ。海上保安庁の根室海上保安部が「根室海峡 航行時の注意」として、参考ラインとその座標(度分)を示したリーフレットを出していました。

この座標(緯度・経度)は、北海道海面漁業調整規則に定められた22個の基点です。これらの点を結んだ線を「規則ライン」としており、海上保安庁が言う「参考ライン」もまったく同じ座標です。空のFIR境界と直接の関係はないので、線の端は一致していません。

このラインは根室海峡のほぼ中間に引かれているように見えます。いわゆる「中間ライン」とほぼ同じか 非常に近い座標、あるいは、ロシアが主張するラインを越えないようにするため、わずかに内側(北海道本島寄り)に設定されているのかもしれない…などと想像します。


▲ 根室海峡付近の防空識別圏 外側線(地理院地図に加筆)

もうひとつが、これ。ADIZといわれる防空識別圏です。

「防空識別圏は我が国の防衛省が領空侵犯に対する措置の実施にあたって設定している空域であり、(略)防空識別圏外側線と同内側線によって囲まれる空域」(AIP Japan, ENR 5.2-21)です。その座標は AIPに掲載されていますが、根室海峡の一部区間は緯度・経度の値ではなく、「3NM out from the shoreline of the main island of Hokkaido」となっています。ADIZは FIRと異なるので、根室海峡付近のFIR端点とは繋がっていません。

ADIZ (Outer) は「中間ライン」より内側に設定されているようです。これらのラインを重ねて1枚の図に描くと…


▲ 根室海峡のライン(地理院地図に加筆)

…こうなります。根室海峡を通るFIR(飛行情報区)の境界線は 私が推定したラインなので、正確なものではありません。

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この根室海峡に最も近い飛行場として中標津空港があります。何か影響はあるのでしょうか?


▲ 中標津空港付近の空域とFIR境界(地理院地図に加筆)

中標津空港には、半径9キロメートルの円筒状の情報圏(航空交通情報圏、図中のオレンジの円)が告示で指定されています。頻繁に離着陸が行われる大きな空港には「〇〇タワー」と呼ばれる管制圏(航空交通管制圏)が告示で指定されますが、トラフィックがそこまで多くはないが主にIFRによる離着陸が行われる空港は情報圏…というのが個人的なイメージです。

情報圏のほかに、ピンクで示した半径36キロメートル円の管制区(航空交通管制区、Control Area)が設定されていますが、そのエリアの一部は根室海峡の中間ラインを明らかに越えているようです。「…北海道と国後島の間の中間地点を結ぶ線の東側にあるもの(略)を除く。」(AIP Japan, ENR 2.1-21)と記載されていて、超えた部分は管制区から除外されます。

さらにその外側に描いた、一部がへこんだグレーの円は、MVA(最低誘導高度、Minimum Vectoring Altitude)チャートの線です。管制官が航空機を誘導するときの、標高などを考慮してエリアごとに定めた最低高度ですが、そのエリアの座標は根室海峡のFIR境界を平気で越えていました。まぁ、MVAは航空管制上の飛行高度ですから、そのチャートで中間ラインの緯度・経度まで細かく設定しなくてもいいや…ということなのかも。

中標津空港の滑走路方位は08/26なので根室海峡の中間ラインに対して直角に近く、東から進入するときは海上に大きくはみ出さないように注意が必要でしょう。


▲ 中標津空港付近の空域(高度)

高度の図も描いてみました。中標津情報圏は次のように指定されています。「中標津空港の標点(N43°35′E144°58′)を中心とする半径9km円内の区域の直上空域で高度900m以下のもの」

半径36キロメートル(20海里)の円内は、情報圏であっても高度200メートル(700フィート)以上が管制区となります。東の根室海峡側は、中間ラインまでに制限されます。半径36kmを越えるエリアは、管制区の下限高度が600メートル(2,000フィート)です。


▲ FIR と 管制区(地理院地図に加筆)

北海道付近の管制区の図を描いてみました。福岡FIR内の全域が管制区になっているわけではありません。(AIP Japan, ENR 2.1-23)

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道東の村に生まれ育ったので、根室海峡に目に見えないラインがあることは子供のころから知っていました。成長して故郷を離れ、その「ライン」について調べることもないまま晩年を迎えてしまいましたが、その座標すら公表されていないことには小さな驚きを覚えました。

そのラインの存在を認めないという考え方、そのラインを国境と呼ぶ考え方、ほかにもさまざまな考え方があるのかもしれません。引っ越しできない隣り同士の境目のことですから、感情的になったり強引な手法による解決は避けなければなりません。言い分を正しく発信し続けながら、辛抱強くその時を待つよりすべはないのでしょう。とかく交渉事は難しいものです。



※ 図にはすべて、やぶ悟空の解釈による加筆・編集を加えてあります。使用には十分ご注意ください。

※ 写真はすべて、2024年3月、やぶ悟空撮影

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