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【小説】私という存在 #1 出生と別れ

きっとこうなることも必然だったのだろう。

わたし、章大がこうなっていることも、自身の決定によって導かれた結果だと・・

ここで自分が悪いと思えば、今の自分やそれを取り巻く人たちに失礼だ。

だから受け入れて、前に進もうと決意した。

今日、ここに初めて自分の人生を自覚した。

借金、双極性障害、社会不適合・・・

自分のこれまでを振り返れば、すべてうなずける。俺はしっかりと生きているしこれが俺だ。


1984年、ある日曜日、とある小さな町の公立病院の二階で、その産声は上がった。章大(しょうた)と名付けられたその男の子は、田上家の初めての男の子として、皆の期待の中誕生したのである。この時はまだ、この子やその家族たちに降りかかるたくさんの不幸があるなんて知る由もなかった。

章大はすくすくと成長し、三歳になろうとしていた。少しづつ自我が芽生え、父と母に愛情をたっぷり注がれ、姉とともに何不自由なく暮らしていた。

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1986年2月、雪のちらつく街の田上家に、一本の電話が鳴り響いた。

「お父さんが事故にあわれました。早く現場まで来てください。」

職場からの電話だった。章大の父、浩二(こうじ)は採石場で特殊機械のオペレーターとして一家を支えていた。


落石事故


衝撃をうけた内容だった。章大の祖父である雄成(ゆうせい)はすぐに車に乗り、祖母瑞貴(みずき)と章大、姉の奈津美を残し現場へと消えていった。

今もなお、父浩二の同級生たちは章大に顔を合わせると必ず言う。


「あの日の寒さは、死ぬまで忘れることはない」


それくらい寒い夜だった。章大の母、明子は自身の職場から直接現場へと向かい、その安否を確認した。レスキュー隊員の手によって救い出された父の顔は、落石の衝撃にあったとは思えないくらい、きれいだったという。


その夜、章大の父、浩二は、32年の生涯の幕を閉じた。

大きくなったら使うのだと、残していた自身が使っていたグローブ・・・

大きくなったら一緒に酒を飲むんだと濃いひげを頬にすりあわせ、泣かせた状況を録音したテープ・・・

なにより、小さな町の住人誰に聞いても、「いい人だった」という評判・・


すべてを、すべての人の心の中に残し、父・浩二は息をひきとった。


その三か月後・・・野生の藤の花が、山一面を覆う頃、章大に異変が起きたのだった・・・


続く

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