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友人へ

どうもyaamです。

今回は私の友達について書いていきます。
私的すぎますが、書いて残しておきたくて

高校からの友人で、仲の良い友人でした。
女子校でしたが、居心地の良い今思えばかなり恵まれた高校生活でした。

彼女は絵の才能があって、ユーモアがあって、
センスがとてもよく、でも自分に自信がなくて、
すごく不器用だけどひたむきで、
誰かに尽くされること、自分を愛すのが苦手な人でした。

家族とうまくいかない部分があったり、
自分と相手を線引きをして内を人に見せるのが苦手なのに、
ひょうきんものな面もあり学年でも名をはせてました。

高校時代はよくいろんな場所へ遊びに行きました。
サイゼリヤでドリンクバー片手に熱く夢を語ったり、
プリクラでモデルごっこをしたり、
謎に神社で課題やりにいったり、
見ても絶対内容が分からない大人な映画を見に行ったり、
変なTシャツや五芒星のアクセサリーをお揃いにしたり、
学校でも、放課後でも、プライベートでも、SNSでも、
しょっちゅうあってくだらないことや、将来の話などしてました。

彼女は美大を目指していて、それはもうがむしゃらに頑張っていました。
努力する姿を見せるのが嫌いなのに、している姿がにじむくらい頑張ってました。
彼女が美大生になったときに、一度だけ彼女の一人暮らしの家に遊びにいき、彼女の誕生日のお祝いをしました。
高校で仲良くなってからは、毎年なんだかんだお祝いをしていたんですよね。
だけど、彼女の家でお祝いをしたのが最後の誕生会になりました。

だんだん遊び相手や価値観、好きなことが明確に変わってきて、
住む世界が違うななんてぼんやり考えて勝手に離れていきました。
気づいたときにはSNSも互いに繋がっていても、ただ繋がっているだけ。
彼女のことを話すことやふと思うことははあったけれど何のアクションもしませんでした。
だんだん、希薄な疎遠な関係になっていきました。

時は流れ、私は結婚をし住んでいた地元を出ました。
私の結婚の報告も、私は彼女個人にはしませんでした。
SNSや風の噂で流れた情報を見るだろうと。

そんな中、急に連絡が来ました。
「あのさ、彼女亡くなっちゃった」と伝えられました。
もう一言、
「結婚おめでとうって言いたかったって言ってたよ、とても喜んでいたよ」
悲しくなりました。悲しいというかなんて言うのか
どんなに後悔しても、その言葉を聞くことも、謝ることも何も出来ない

いつかは会うだろうし、その時でいいや
って
思ってしまった自分が恨めしい

全然文がまとまらないんですが、
なんでも先延ばしにしていくことをやめて、
自分を思ってくれている人を大事にして、
SNSで不特定多数に向けての発信でなく
特定の伝えたい人へアナログで言葉を伝えて
どの選択にも後悔しないよう行動していきたい

そしてこれからは
毎年彼女の好きだった花とたばこを土産に話しに行きたい
そんなことをやっと考えれるようになりました

友達が亡くなるっていう事実を
20代で経験するとは思わず、
ちゃんと受け止めて実感するのに時間がかなりかかったけれど
ただ悲しむのだけはやめて、
彼女との楽しかったこと、笑顔、声など
悲しいことだけじゃないことも一緒に
頭の中に入れていこうって
おもっています、

ねえ、あのさ、今、色んなことを考えているけど、
まださ早かったし、今更だけど直接会って話したかったし、
あの絵は完成したのか聞けてないし、まだ実感がわかないんだよね

あと、みんなでお花をご家族へ渡したよ
好きな花を使っているから喜ぶと良いけど、アルバムもいまみんなで作ってて、盛れてないのはなるべく減らしたから安心して。
多少入っているけど可愛いから、怒らないでよ
お父さんもお母さんも頑張ってたよ。
ギャラリーに絵が飾られるように手配して、沢山人が来たよ。
やっぱりおまえはすごいやつだ
それに、なんだかんだ親って子供を見てるんだなって、形はどうあれ愛していることが見てわかったよ
あの子もだんだん落ちついて、辛い時を励ましてくれた例の彼と今幸せに過ごしているって

またいつか会えたら、30歳のお祝いを絶対するから宜しくね
そしてあの絵の完成もみせてね

またね

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若い時代の時間は無限に思えるが、
実はそうではない
時間は有限だからこそ価値がある
時には冷たく残酷に、時には温かい幸せな時を
過ごさせてくれる

1秒たりとも無駄にせず、
彼女に色々な話をしにいけるように
日々生きていきたいと
思います。











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