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ストレンジテトラ ♭.7

♭.7  時間の繭

※※(1)※*
京坂千鶴

母は市議会議員をしていた。
幼い頃にはよくわからなかったが
「この町のみんなの代表なんだぞ」
と父に教えられ、
強くて優しくて忙しい母が誇らしかった。

漫画に出てくるお嬢様のような
裕福な家庭に育った。
大きな家に家族3人で住み
母も父も、忙しい日々の中でも疲れた顔一つ見せず私との時間を大切にしてくれた。

家庭教師に勉強は教わり
ピアノもバレエも茶道も書道も武道も
私がやりたいことはなんでもさせてくれた。
毎年夏休みには旅行に連れて行ってくれて
誕生日には海外ドラマのようなパーティーを
開いてくれたこともあった。

私も負けじと、母の日には真っ白な百合と手紙を
父の日にはケーキを焼いて食べてもらった。
「千鶴は私たちの自慢の娘よ。」
と大好きな2人に喜んでもらえたときは
この世の全てを手に入れたような幸福を感じた。


中学3年生になった4月のこと。 
一寸先は闇
という言葉があるが、まさにこの一瞬に
その境目を家族3人で踏んづけたのだろう。

母が警察に捕まった。
選挙区の政治家を賄賂で買収した、と
どこかの誰かがでっち上げた話が
噂になり、ニュースになり、濡れ衣となって
公職選挙法違反の容疑で罪に問われたのだ。

我が家には毎日のように警察が押しかけ家宅捜索がされた。
父も母も「そのような事実はありません」と私からしてみれば当たり前のことを何度も述べた。
正直者が馬鹿を見る、とは本当だ。
世間は何も、信じてくれなかった。


「この町のみんなの代表」が悪者だったと聞きつけ、ハリボテの使命感とカメラ両手に配慮の無い週刊誌のマスコミが湧き、玄関先から尋問のような下品な取材が投げかけられた。

無論、登下校時の私にもマイクとカメラは向けられた。
ゾンビ映画のゾンビのような数の大人に囲まれ、
ママは怖い?厳しかった?
欲しいものは何でも買ってもらえるの?

と有りもしないことを、銃弾のようなフラッシュと共に一方的に聞かれた。
恐怖で泣き出した私はなんとか家に逃げ込むも
鳴り止まないインターホンと大きな声に怯え
学校に行くことすらもままならなくなった。

母に贈賄の事実がなかったことが証明されると
謝罪も補償もないまま報道機関は騒ぐ事を辞め
マスコミも急にいなくなった。
興味がなくなったのだ。

それでも私達にしてみれば、約1ヶ月の拷問が終わり、普通の生活が戻ってくる予感がしていた。
が、実際には違った。
闇は思ってたよりも先まで続いていたのだ。


ご近所も学校の友達もどこかよそよそしくなり
外を歩くと指を差される日々が待ち受けていた。
「今住んでいる家も市の予算で建てた」
「娘さんの教育費にも我々の税金が」
などと音も葉もない噂も流れていた。

母にも父にも私にも何の罪もないのに
当然のように続編のように痛ぶられる日々。

それもそうだ。
テレビやSNSで世間を騒がせた【悪者】が
自分の住む町にのうのうと暮らしているのだから

母は議員を辞職した。
私達3人はこの町を出ることを余儀なくされ、すべてを置いて遠い九州の港町に引っ越してきた。

母は新しく、校閲の派遣として仕事を始めたが、
その後ろ姿は別人のように老け込んでしまった。
私の顔を見る度、申し訳無さそうな顔をして
「ごめんね。千鶴。」
と私の肩を抱き、見えないところで涙を流した。
私にはそれが、一番辛かった。

大丈夫だよ。お母さん。
私は大丈夫だからね。
お母さんはなんにも悪くないからね。

私にできることはこれ以上お母さんに
辛い思いをさせないこと。
私が泣いたら家族が悲しむ。
絶対に泣くもんか。

そんな私、京坂千鶴(きょうさかちづる)に
転機というか、とある出会いがあった。

 

中学3年の夏。転校してきた中学校の期末テストで学年1位を取ってしまったのがいけなかった。
社会性もある程度備えた中学3年にもなるとこの情報社会において転校生の私に関するゴシップは既に筒抜けだったのだ。

「お金で先生を買収したんじゃない?」

と誰かがふざけて言った言葉に、教室は笑い声と野次に包まれた。

もちろん、私を庇ってくれる子もいたけど、受験前の大事な期末テストが都会から越してきた知らない女のせいで席次が1つ下がったのだから、あまりいい気はしなかっただろう。
ここにも私の居場所はなかった。


お昼休み、自転車小屋に隠れるようにしてお弁当を食べていたら私に声をかける子がいた。

ショートカットの女の子。
足元は室内履きのスリッパのまま。
わざととしか思えないような箇所の髪の毛が
跳ねている。

いつもここでお昼を食べているのだろうか。
私を見つけるなり、気まずそうに近くに座った。

「あの、私、1組の鮫川って言います。あのさ、あのね。弁当のおかず、交換しない?昨日の昼も夜も食べた魚のフライがまた入っててさ。飽きちゃって…」

恥ずかしそうにお弁当箱をこちらに見せる彼女の言葉には、何というか、嘘も私に対する嫌悪感も無く、本心をそのまま話しているのが明け透けだった。

「いい、ですけど。」

私はお弁当から唐揚げを1つ箸で掴み
鮫川さんの弁当箱に移した。

「えぇ…!唐揚げ!?いいの!?ほんとに??ありがとう!!あのさ、あなた、制服違うけど転校生?ですよね?、名前なんて言うの?」

鮫川さんは思ったことがそのまま口に出る性分らしく、一瞬で一驚一喜一憂し、笑顔をみせた。

「京坂と申します。京坂千鶴。先週東京から引っ越してきました。よろしく。あの…」

「うっわあ!!うんま…、これ、おいしい!!東京の唐揚げは全部こんなに美味しいの??」

私の自己紹介もそこそこに、鮫川さんは口いっぱいに唐揚げと白米を押し込み、眩しいくらい目をキラキラさせた。

「おいしい!今まで食べた有機物の中で1番美味しい!京坂さんのお母さんが作ったの?いいなぁ、人生のお弁当、毎回この唐揚げ入ってたの?いいなぁ。。素敵なお母さんだねぇ。唐揚げだけでご飯全部いけちゃうよ。」


内情を知らないのだろうけど、
私には関わらないほうがいいですよ。

素直で優しい鮫川さんの為に先に忠告してあげようと思った。
私と仲良くすると、あなたも、みんなから。


「…京坂さん?」

気づけば私は、自分のお弁当箱に大粒の涙を落として泣いていた。
我慢しても、まぶたが言うことを聞かない。
何故かは自分でもわからなかった。

「ご、ごめん!ごめんね!京坂さん!!食べたらダメだった?やっぱ唐揚げはダメだったよね??ごめんね!!」

「…違うの、」

鮫川さんの方を見て笑おうとしたが、目から無限に湧き出る私の涙は、何故か止まらなかった。

泣いたら駄目だ。ずっと我慢してたのに。
真っ暗な心の真ん中に、私の全身に
彼女の裏表の無い言葉が染み渡る。

きつく締めた真結びの糸が一瞬で解けたように。
ここ数ヶ月分の私の真っ暗な苦しみが
涙になってお弁当箱に溶けていく。

「素敵なお母さんだね」

何気ないその一言だった。
たったそれだけのことだった。

 
そうなの。そうなの。
とっても素敵なお母さんなの。
強くて、優しくて、町のみんなの為に働いていた
大好きなお母さん。

なのに。
誰もわかってくれなかった。
お母さんはなんにも悪くないのに
お父さんも、私も、
心無い人たちにたくさん傷つけられたの。

私は鮫川さんの跳ねた髪の毛に触れて
ボロボロと泣きながら、声も出せずに
ありがとう、と何度も首を振り、まばたきした。

泣きじゃくる私に少し怯えながらも、
キョトン、とした鮫川さんは「ねぇ食べていいやつだった?」と恐る恐る尋ねる。

涙で濡れた鮫川家の魚のフライは
しょっぱくて優しい味がした。
膿を全て出し切ったかのように、泣き止んだ私は晴れやかな気持ちで彼女を見つめる。

「明日も作ってもらうね。唐揚げ。お母さんにお願いしとくから。とっても喜ぶと思う。だからまた明日も、交換してね。」

私の言葉に、ほんとに!?と子犬のように喜ぶ鮫川さんを見たその瞬間、あぁ、我が家の"闇"の期間は完全に終わりを迎えたのだ、と思えた。

音季。私の永遠のヒーロー。

あなたが呼んでくれるのをずっと待ってたの。

何年経ってもどこに居ても
あなたが悲しくてうつむいているときは
必ず私が駆けつける。



(2)

前回までのあらすじ

「テトラジャーナル 新入社員の潮田優香です。
鮫川先輩、牧場に取材に行ったつもりが、屠畜場に連れて行かれちゃったみたいです。そんなことあります?なにはともあれ取材、頑張ってくださいね。お土産待ってま〜す。」

 
時刻は11時半。堀味牧場に取材に来てからまだ30分しか立っていないのに、わたしの精神は既に限界を迎えていた。

喜怒哀楽が機能しない代わりに、五感が研ぎ澄まされる。
感情を全て使い果たしたような、初めての感覚だ。

やっとの思いでどうにかこうにか足を動かして、
奥にある事務所のような小部屋にたどり着いた。

『よく耐えた。大概の見学者はあそこですぐに引き返す。』

この施設の責任者である村瀬さんが仏頂面ではあるがわたしを褒めてくれた。

働かない脳みそで「えぇ…はい…」と力無く返事をした。
鼻からに久々に空気を取り込み、肩で大きく吐き出す。

『今見てもらったことが全てだ。ここでは牛や豚、鳥などの家畜を機械と手作業で殺傷し、精肉までしている。』

村瀬さんが説明してくれる。
意外にも、率先して話を勧めてくれるタイプの人だった。記者としてはありがたい。

『動物が目の前で殺されたり死体が並ぶのを見るのは、おそらく初めてだと思う。俺も最初の頃は頭がおかしくなりそうだった。』

羊の毛刈りの見学や乳搾り体験ができるのかと思ってました。
なんて皮肉る元気もない。
わたしは何か返事をしようとしたが、半目で頷くことしかできなかった。

まだあの光景が脳裏に焼き付いて離れない。
なんなら機械の轟音も血の匂いもこの部屋の中まで浸透してくる。

 
目の前にぶら下がる肉塊に
わたしが今まで知らなかった既成事実を
これでもかというほど叩きつけられた。

今まで自分が肉や魚を食べているシーンが断片的に頭に浮かぶ。
当たり前だけど食卓に並ぶハンバーグも唐揚げも
生きた動物だったのだ。

店頭に並ぶきれいなお肉は編集された姿だ。
✂カットされた誰もが見たくない部分✂
知らないフリをしていた"それ"を本日まざまざと見てしまった。


犠牲

なんて言葉が朦朧とする頭に浮かぶ。
皮肉にも、どちらも牛編だな。なんて思う。

みんなほんとはわかってるんだ。

まな板で切ったお刺身が
玉ねぎと一緒にこねたひき肉が
焼き目をつけたステーキが

生きてたこと。

『食事ってのは食材の味を楽しむことじゃない。』

村瀬さんの冷徹な目がわたしの瞳を捉える。

『何かの命を代償に、生きるのに必要な栄養を摂取することだ。本質はな。』

わたしは口を真一文字に結んで村瀬さんの目を見る。


誰もしたくない仕事がある


危険な仕事。汚い仕事。何かを殺める仕事。

屠畜場や保健所、汚物の汲み取り、死体や廃棄物の処理。
高所の作業や災害の撤去作業。。

人がやりたがらない仕事が世の中にはたくさんある。
高給だが、もちろん大きなリスクと隣り合わせだ。

でも、その人たちのおかげで世の中が成り立っている。
お父さんの言うとおりだ。

「村瀬さんはどうしてこの仕事に就こうと思ったんですか?」

わたしの質問に、村瀬さんは頭をポリポリとかいて、少し下を向いた。

『昔、事故をしてな。俺の過失なんだが。』

『お相手に怪我を負わせた。後遺症が、残った。保険には入っていたが、多額の慰謝料が必要になった。札付の大男でも雇ってくれる給料のいい仕事を探したら、こんなとこにたどり着いた。』

淡々と話す村瀬さん。でもどこか自信なさげだ。

『動物を殺すのに慣れたかと言われればそんなことは絶対にない。例えば、鳥インフルエンザが流行った年には自衛隊や役所の職員から要請を受けて、1万羽の鶏を殺傷処分しにも行った。俺は別に殺し屋をやってるわけじゃないのにな。そんときは1ヶ月、飯が喉を通らなかった。』


【断腸の思い】なんてよく言ったもんだ。
この人たちはほんとにはらわた千切れる思いで
毎日動物の肉を捌いてるんだ。

『記事にするのか、俺の仕事を。』

村瀬さんがわたしに尋ねる。
質問の意味は、なんとなくわかる。

「迷ってます。グロテ…、センシティブな内容なので。」

『グロテスクで間違ってねぇよ。大変だと思うけど、お前も頑張りな。』

村瀬さんはそう言うと
少しだけ、子供みたいに笑った。

帰りは事務所の勝手口から外に出してもらった。
じゃあな、と既に背中を向けている村瀬さんと
いつかわたしの口の中に入るかもしれない動物たちに丁寧にお辞儀をして、ふらつく足でわたしも歩き出した。


(3)

「あ!ジェットくん、久しぶり〜。太った?」

「あのねぇ、辻宮氏。9年ぶりに会って第一声がそれはないんじゃないの?結構気にしてるんだよ。最新の補聴器って心の声は聴こえないわけ?」

「ときちゃん、まだ来てないの? まだかなぁ。早く会いたいな〜」

「ねぇ、君補聴器電源入ってないんじゃないの?
しかしほんと、集合かけたリーダーが遅刻するってどうなってんのこれ?」

「おふたりさん久しぶり。三宮君、太ったんじゃない?」

「あのねぇ。京坂氏までそういう事言うわけ?これは9年の歳月に正比例して成長しただけでしょ。」

「あ、お京!!相変わらずお嬢様〜って感じ!久しぶり〜!あ、それとおめでとうね!!」

「ありがとう。その話は追々。音季、まだ来てないの?何かあったんじゃないかって。私、それが心配で。」

「あと1年だったのに、急に集合かけるなんて、ときちゃん、やっぱり何かあったんだよ。」

「いや、案外取り越し苦労だったりするかもよ。ほんと突拍子もないこと、急に言うから鮫川氏はさ。」


※※※※

私たち、タイムカプセルになろうよ

中学卒業の間際、わたしは3人を集めて話をした。
タイムカプセルにならないといけない。
私は、みんなとお別れしないといけない。
始めから、わかってたはずなのに。

「卒業したら10年間、連絡を断つの。会うのも禁止、で10年後に感動の再会。どう?」


「どう?って言われても…、別にわざわざ疎遠になる必要無いんじゃない?どうしたの?急に。」

そうだよね。
別にそんなことしなくていいと私も思う。
私は、みんなとお別れしないといけないんだ。
"タイムマシーンになる" っていうのは
私自身よくわかってないんだけど。
計画が狂ってる。私の計画が。

「せっかくみんなばらばらの高校に行くわけだしさ、10年後にどんな大人になってるか、お披露目するの。面白そうじゃない?」

「私はやだ!ときちゃんにもみんなにも、会えないのは嫌!!」

私だって、嫌だ。 
ポケットの中、当てもなくまさぐる。

「10年後ってことは25歳?流石にみんな就職はしてると思うけど、鮫川氏それ本気で言ってるの?」

「え?あぁ…、うん。本気。」

「まぁ確かに今が居心地がいいのはあるけど。
いつまでも一緒にいたら自分の世界は広がらないからってこと?」

「そうだよね。さっすがお京!そこまで考えてなかったや。」

「音季はいいこと考えた!が全部口に出るから。」

表情を読まれないように、ほっぺに力を入れて、明るい声を出す。
目が泳がないように気をつける。

「でもね、もし、ほんとにど〜しても。死にたくなるくらい辛かったりとか。みんなの助けが必要になったときは例外なんだ。その時はすぐに駆けつけること。
ただし、10年以内に集合をかけた人は"負け"。
他の3人にこれ以上ない程の"おもてなし"をすること。どう?面白そうでしょ。」

「誕生日も祝っちゃ駄目なの?成人式は?」

「タイムカプセル、か。相変わらず発想がぶっ飛んでるなぁ。」

「誰かが音信不通になってたりしないかしら。」

心臓がバウンドする。
3人の反応を見る。
もうひと押しだ。
もう少しで、永遠にお別れだ。

「大丈夫だよ。大丈夫。あのね、
私達4人とも、変わり者で、友達も少ないけど。
あすみちゃんも、ジェットも、お京も
すっごく優しい人だから。
どんだけ辛いことや悲しいことがあっても誰かを恨んだり、妬んだり、変わったりしないから。
だから10年後もみんな大丈夫。
じゃあ決定ね。私たちは卒業したら10年間、タイムカプセル。」

全然理由になってないような気がしたけど、私の提案に3人はどこか仕方なく了承したような面持ちで、お互いの出方を伺っていた。

私は漢字帳を破り、一番上のマスの真ん中に
【誓約書!】と書いて、今決めた壮大なタイムカプセルごっこのルールを書き殴った。


「えぇ〜…ほんとにやるの…?ねぇ、ときちゃん、私、大丈夫かなぁ。」

「先に言っとくけど僕、10年後にはパイロットになってる予定だから。女子たちも頑張って。」

「三宮君みたいに好きなものが明確にあると、こういう時強いね。」

「いやいや、この中で一番ハイスペックなのは京坂氏だから。大臣とかになってたりして。」

「ねぇ、私、大丈夫かなぁ。ちゃんと生きてるかなぁ…。」


私が作ったお手製の誓約書に4人で順番に名前を書いた。
大切な友達と、予想もできない未来を約束する。

中学の卒業式の日に私が原本、3人はコピーをそれぞれ手に持ち、我々4人は10年後の再会を誓って"タイムカプセル"となった。

別れを惜しみ、10年語のことを話す3人とは対象的に
もう再会の日のことを知っているかのように
私はこう告げた。

「あ、そうだ。無いとは思うけど、10年以内に集合かける場合はこう連絡すること。」

ストレンジテトラ、集合要請です、  って。


忘れもしない卒業式のあの日。
桜の花びらは既に散って、地面で踏まれて汚れていた。
「10年後、また会おうね。今日までありがとう。」
一人一人手を握って、別れを告げた。


もう二度と会えないであろう3人を見送った後、
校舎の影に隠れて、呆然と立ち尽くす。
嘘つきめ。さっさと死んでしまえ。
ごめんなさいを何度も繰り返した。




(4)

堀味牧場の取材から4日が経った。

編集長と後輩の潮田は心配こそしてくれたものの、わたしへの同情1、お土産への関心9くらい。
お土産のコールド勝ちだ。
帰り際、村瀬さんにちゃっかり頂いたヨーグルトやチーズを「お前食わねぇの?」という顔で美味しそうに食べている。

あれからのわたしはもちろんあまり食欲も無く
豆腐とコーンフレークとコールスローを食べて生きていた。とても肉や魚を食べられる精神状態ではなかった。
しかし現在恥ずかしながら、4日目にして普通に肉が食べたくなってきた。贅沢な本能だ。
(よく考えたらコールスローにシーチキン入ってたや)

久しぶりの豚肉。こま切れをタレで焼いただけなのにどうしてこんなにもご飯に合うのか。
世界平和の味がする。
足並み揃わぬ協調性に欠けた我々人類も見習うべきではないのか。
そんなことを思いながら、命の味を今日も頂く。

明日はいよいよ9年ぶりにみんなに会う日。
なんとなく、いつもより早めに部屋を暗くした。

9年ぶりにみんなに会える。
理由は、わたしが会いたくなったから。
まさか、ほんとに会える日が来ると思わなかった。

※※※※

待ち合わせは駅の四番北口に9時。
自販機会社の社長と待ち合わせた場所だ。
忘れた人は♭2を参照してほしい。

8分オーバー。友達との待ちあわせなので、わたし的にはぎりぎりセーフ。


「ときちゃん!!!!」

遅れて到着するなり、駅北口に響く辻宮彩純の声。

「ちょっと辻宮氏、急に叫ばないでよ。僕まで失聴しちゃうよ」

「音季!」

駆け寄ってくる三宮和弘、京坂千鶴の懐かしい声。
なんだ。みんなわたしと同じ。
あんまり変わってないもんだ。

急にどうした、心配した、なんでも言って、
久しぶりね、変わらないね、なにかあったの、、
往復ビンタのごとく連射される懐かしさと面持ちで胸がいっぱいになる。
ほんとに、また会えたんだ。

「いやぁね、急に会いたくなっちゃってさ、夜。寂しくて。勢いで。呼んじゃった。わたしの負け。」

わたしの言葉に3人は顔を見合わせて息をついた。
あまりにもわかりやすい表情の変化にわたしは笑ってしまう。
3人はまた、口々に喋りだす。

「ほんとに心配したんだから!」
「ね?言ったろ?僕の思った通り。」
「ねぇ、。まぁ元気ならいいけど…」

9年という月日がまるで嘘のように、そこには確かにあの頃と同じ、わたしたち4人がいた。

「ごめんごめん。あのさ、わたし、行きつけの駄菓子屋さんがあるんだ。そこでお菓子買い込んでさ、わたしの家でゆっくりお話に花を咲かせましょ?ね?昨日から楽しみでさ。」

わたしは指揮者のように3人を両手で制する。

「ねぇ私も!話したいことた〜くさんあるの!」
「まさか鮫川氏、僕らへのおもてなしを駄菓子で済ませる気じゃないだろうね」
「ほんとにあの頃みたいでなんか嬉しい。ね。」

懐かしい声に頬を緩ませ
3人の先頭をわたしは歩く。
本音を黙っている罪悪感は少しある。

9年の歳月を経て、タイムカプセルは開けられた。
まぁ、わたしが無理言ってこじ開けてしまったんだけど。

ほんとに、大人になったんだ。わたしたち。
ほんとに大人になったんだ。わたし。

※※※※

交差点の角を曲がると、もみじやが見えてきた。
いつも土曜日は開いてるはずなのにシャッターが閉まっている。

「今日はお休みかな。」

わたしが言い終わる前に、3人とも、
いや、4人とも異変を察していた。
シャッターの前に置かれたたくさんの花束。
そこに5~6人の小学生が、学校で育てたのであろうアサガオの鉢植えと向日葵の花を並べていた。
いつか駄菓子屋に満点のテストを見せに来た子たちだ。あの後もお店で何度か会うことがあった。

胸がざわつく。

「音季、あの花束って、」

お京が言い終わる前にわたしは駆け出した。
シャッターの前で手を合わせる小学生達が
わたしに気づいて、更に悲しそうな顔になる。

言わないで。お願いだから、何も言わないで。

思ってることが、本当になってしまう気がする。


1番背の小さな男の子がよれよれのタンクトップの首元をたくし上げて涙と鼻水を拭く。
グシャグシャの顔で、わたしを見上げる。


「岬ばあ、おととい死んじゃったの。」







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