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人的資本はなぜ測れないか

先日グロービス経営大学院の先生による「人的資本経営」に関する卒業生向け講演を聞きました。
大変興味深いお話しでした。
 
いま、世の中の株主は、会社に対して「人的資本情報の開示」を求めています。
それは現在の経営においては人的資本が設備資本と並ぶ、あるいはそれ以上の競争力の源泉であると捉えられているからです。
 
投資対象の会社は、人的資本を適正に投下しているか。未来を切り拓く競争力に備えているかどうか。そういったことが投資家の興味の対象になっているのです。
 
ここでジレンマがあります。人的資本は他の資本のように金額で評価できないか。ここが難しい。何を基準に算定するのか。ある程度の指標でも良い。何か相関性のある指標で試算できるなら、多くの人事担当者の悩みを解決することになります。なぜか。
 
人へ投資するとき、その投資対効果は経営者に説明しにくいのです。良さげに見えることは、そりゃあ何だってやらないよりはやる方が良いでしょう。しかし経営者は必ず、その投資によってどんな効果が得られるのか、という結果を求めます。これが数式で算定できるなら、「この採用は、この教育プログラムは、こんな利益を創出します。内部利益率は××%です。」と胸を張って経営者に説明できます。

さて、それなら何らかのモデルを構築しよう、と頭をひねるところです。
ところが私は、業務経験上から逆説的に「人的資本は測れない」と断言します。それがなぜかを説明したいと思います。
 
端的に結論を言うと、1円も投資することなく、人的資本の価値を上げることが可能だからです。
 
私は生産技術者として消費財生産工場の経営改善に取り組んでいます。
私は二十数年の経験の中で、工場に入り込んで経営指標を改善していくときのメソッドを既に自分の型として確立しています。
 
私が使う手法は、まず現場に入って行って、現場のメンバーとともに生産工程の改善に取り組みます。
良い結果が出ると、現場のメンバーに「ん?何か仕事がしやすくなったね」という雰囲気が拡がります。
そして徐々に、自分の職場を自分で良くしていくことの喜びを覚えてもらいます。
 
段々仕事はやらされるものから、やって楽しいものへ変化していきます。雰囲気がガラリと変わった頃には、利益は随分と改善しています。

規模感で大まかな数字で言うと、従業員規模300名、売上100億円規模の工場に入っていきます。この手法で年間数億円規模の利益改善を実現するのに、約1~2年掛かります。
 
訪問者視点で見ると、職場の雰囲気もガラリと変わります。掃除が行き届いて、従業員の笑顔は明るく、挨拶が活発になって災害件数が減ります。
 
最初の問いに戻りますが、この手法によって、1円のお金を使うこともなく人的資本の価値を最大化することが出来ます。敢えて言うなら、私という人物の人件費が必要です。ただ、それは年間数億円の利益改善から比べると何でもないでしょう。
 
そして、逆もまた真なりです。人に100億円のお金をつぎ込んで、死んだ組織を作ってしまうこともまた可能です。
 
私は、工場組織運営はスポーツのようなものだと思っています。
WBCで栗山監督が侍ジャパンを見事な優勝に導きましたが、その結果は決して監督報酬に比例するものではないでしょう。それは栗山監督という人物がチームに与えた影響力・人間力であったはずです。
逆に、選手にお金を潤沢に投下しながら、勝つことが出来ないし、選手の眼が死んでいる球団もあるでしょう。どことは言いませんが。
 
このようなことに敢えて投資効果を算定せよ、と言われるなら、「計算不能です」としか私は言えません。
なぜなら金額的投資はゼロだからです。内部収益率を計算するときに分母がゼロなので、収益率は無限大になってしまいます。中学校で習ったことです。
 
すると、投資対効果というよりも、「なぜやらないの?」となります。やらないことの意味が分かりません。これを私は世の中の「ブラック」と呼ばれる全ての企業に言いたい。なぜブラックな体質のまま、今後の将来を乗り切っていけるという展望があるのか?
 
この課題は常に、コモディティーに達した事業分野で起こっています。レッドオーシャンの、安売り合戦を繰り広げる業界です。私の所属する消費財の世界もそうです。
ブラック経営はムチを打ちながら組織運営を維持している状態ですから、事業環境が厳しくなる外因が発生すれば、ムチを強くするしか打ち手が無くなります。
 
そうするとブラック同士のムチの打ち合い合戦、どこまで耐えられるかのチキンレースになりますから、退場するときには必ずカタストロフィックな経営破綻になります。不正発覚、経営陣摘発とか。名前を挙げるつもりはありませんが、幾つもの社名が浮かびます。

私はレッドオーシャンのコモディティー事業で戦う企業こそが、ホワイト体質に転換することを今後の競争力の源泉にすべき、と思っています。足元で従業員が集まらなくなるこれからはなおさらです。
 
私の「工場改善メソッド」に関しては過去の他の記事でもより詳しく紹介していますが、折に触れてまた述べていきたいと思います。

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