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チャック・パラニューク『インベンション・オブ・サウンド』早川書房 2023.1 電子書籍版

この小説はかなり衝撃的だ。本物よりも本物らしく聞こえてしまう「悲鳴」が彼方から聞こえてくるホラーサスペンス。

太古から生き物に宿る音の記憶が想起され、ヒトの脳に共鳴して導き出される世界に交錯する二人。ゲイツ・フォスターは17年前に行方不明になった娘をひたすら探し続ける私立探偵。雑踏の数多の人の容姿をコンピュータのエイジプログレッションシステムを使い顔認証して、自力で犯人を捜して復讐することを誓う。大都会で交錯する向かいの高層一室に住む音響技師のミッツィ・アィヴズは「悲鳴」の録音のライセンスを法外な値段で売買し、その効果音によって同じタイミングで世界に悲鳴を上げさせることに執着している。

フォスターは、自分では行方不明の娘ルシンダを発見したと思い込み犯人を突き止める行動に出るが一歩間違えると加害者になる。「悲鳴」の効果音に執着するミィツィは睡眠薬が常習で、自身の作品の制作に対してもまた出来上がった音の洪水にも、自分自身が埋もれてしまうほど日常と虚構が交錯する。ともに現実と虚構が交錯した世界で時間が過ぎていく。

効果音は映画やビデオ、ゲームなど現実世界を凌駕しそうな架空の世界を現実であるかのような世界に錯覚させてしまう薬物でもある。映画の「あのシーンを本物らしく見せている決め手は効果音だ」身近なところでも、録音済みの笑い声を映像に被せたり、観客のどよめきや悲鳴などもあふれ、効果音は「魔法の威力」となっている。オリジナルの効果音が制約をすり抜けて増殖し一人歩きをし始める。世の中には定番の絵画と同じように定番の悲鳴があるそうだ。同じ音源が数百以上の作品の一部分に使いまわされ侵食し続けているという。音源を知るものには悪魔のささやきに聞こえる。

「誰もが携帯をいじっているが、そろそろ退屈して新しい刺激をもとめている」非業な悲鳴の音源を求め続けているのは作り手でもあり、さらには受け手側からの直接的で動物的な欲求でもある。生死につながる音、苦痛や悲鳴こそがヒトの原始の感性に直接的に働きかける。

断末魔の「悲鳴」を接点に二人はそれぞれに突き進み、しかも同じ方向に向かっていく。虚構の映画の世界を作り出すための霧のようなシナリオが、フォスターとミッツィー、またルシンダをも裏で操っていた。煌びやかなハリウッドの映画の世界、レッドカーペットの華やかな舞台が一転して地獄絵図に変容する。周波数が共振した「悲鳴」によって。オスカーが現実のパラレルなのか。レッドカーペットが緋色に変容する。

意図的に作られた悲鳴の音により動物の記憶を宿したヒトは漆黒の闇に一斉に取り憑かれたように走りはじめる。自分の意思で考え行動しているようで実は何物かによって動かされている。闇の世界から暗い焦点のあわない瞳で、現実という世界に対し、世界の破滅に突き進んでいる我々に、パラニュークは不気味な瞳で凝視し警鐘を打ち鳴らしている。