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散歩する足首

 真夜中に音のない洗濯機を回している。かかってくる予定の緊急連絡を片手に待ちながら、バスタオルを広げ、ジーンズを広げ、エプロンを広げる。魚の切身を洗濯ばさみで挟んで吊るす。長靴に活けた蕾が花開く。月が水玉模様のレインコートをすっぽり被っていた。明日は雨だから外には干せない。

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「君はごはん粒の匂いがするね」

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ラーメン屋に並ぶ女性が黒い缶のレモンスカッシュ傾ける初夏

高架から降るアゲハ蝶たち緩いカーブで街を切り取っていく

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 約束の時間まで路地をジグザグに曲がったりして徘徊する。鞄のなかで携帯用水槽がたっぷんたぷん音を立てるのを聞いている。茹だってしまわないといいけれど、と少し心配になる。猫の額ほどの公園で、緑のワンピースを着た少女が母親と笑い合っている。私は黒い影になってそのそばを通りすぎる。

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 スーパーで箱入りのパリパリチョコアイスバーを買って帰り、冷凍庫を開けたらすでにパリパリチョコアイスバーの箱があって、パリパリチョコアイスバーだらけじゃん、と笑い合う。

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「私が刺されたら一番上の抽斗をあけて。鍵は探して」
 恋人がいなくなった。彼女と暮らしていた部屋は急にがらんとしてよそよそしく感じられた。
 部屋の片隅にある机、一番上の抽斗には鍵がかかっていなかった。代わりにどこのものか知れない古い鍵がぽつんとひとつ残されていた。
 私はそれを片手に握りしめ、彼女が隠れた抽斗を探しに行くことにした。

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 久しぶりに一駅ぶん歩いて帰った。
 大きめの川の橋を渡る。意外に水量が多くて渦巻いてて吸い込まれそうになる。流れの速い夜の川は、どろどろとした闇が底でうねっているようで、見ているだけでぞっとする。
 もう営業していないと思われる古い電気屋の前に、冷蔵庫が二つ立っていた。いつから放置されているのだろう、扉は風で開かないようテープで止められている。なかに何が入ってるのかとても気になった。

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 金曜日の帰りは飲んでなくても酩酊する。イヤホンから耳に入ってくる、跳んだり跳ねたりするリズムに誘われるまま、両手を広げてくるくると踊り出したくなる。夕暮れのホームで。駅の階段の踊り場で。路上で。橋の上で。

 日曜日の深夜は飲んでなくても悪酔いする。見るものすべてが鈍く輝き、意味もなく昔のことを思い返したり、自分の内側を見たりする。降りすぎた雨で消えてしまった友人のこと。私は何をしているんだろう。とりあえず温かい牛乳を飲んで今日は眠ろう。

#日記 #拾った手帳 #散歩 #初夏

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