象牙の箸

 青椒肉絲。
 最後の晩餐は何がいいか考えるとき、私の回答には統一性がない。秋刀魚。ペペロンチーノ。生卵入り納豆ごはん。魚介だしのきいたラーメン。一杯のコーヒーとお気に入りのケーキ屋さんのモンブラン。それがたまたま今日は青椒肉絲だった。
 注文を受けた店員のおじいさんは、かしこまりましたと頷いて店の奥へ歩いていった。赤い硝子でできた照明の橙色の光、羽を広げる鳳凰が彫られた木の衝立、壁にかかっている金糸で文字が刺繍された織物。落ち着いた雰囲気が心地よく、味もいいので何度か訪れたことがあった。以前はそこそこ賑わっていたけれど、今は客がほとんどいない。終末のせいだろう。
 やがて店員さんが来てテーブルの上に葉のついた蔓を二つ置いた。蔓は二本ともほぼまっすぐに伸びていて、たどっていくと一莢の豆に繋がっていた。
 これはどういう趣向だろう。戸惑っていると、次に料理の盛られた皿が運ばれてくる。皿の上には細く刻まれた肉とピーマン、筍などが湯気を立てていた。そこで私はようやく、二本の蔓が箸であることに気がついた。
 おそるおそる触れる。指に、滑らかでしっとりと馴染むような感触があった。持ち上げると蔓はすんなり豆から外れ、乳白色の箸先が姿を現した。
 私は箸を持ったままその精緻な細工に見入った。象牙だろうか。美しい葉は、先端から雫が滴りそうなくらい瑞々しい。箸置きである豆の莢は、ぱっくり割れた表面にうっすらとうぶ毛が生えているようにさえ見える。
 どれくらいの時間そうしていただろう。私は我に返って青椒肉絲を箸でつついた。しばらくぼんやりしていたにも関わらず、ほかほかと温かい。口のなかで肉から甘辛いたれが染みだして広がり、ピーマンや筍のしっかりめの食感が楽しい。細く刻んだ肉を蔓の根本で摘まむと、まるで肉から蔓が生えているように見え、どこか背徳的な美しさがあった。肉を摘まむたびに養分を吸って蔓が伸び、葉を増やしていくような錯覚がある。

 食べ終わったあとも蔓をしげしげと眺めていると、お気に召しましたか、と声が聞こえた。傍らに店員のおじいさんが立っている。
「はい。とてもおいしかった」
「ありがとうございます」
 一礼し、柔らかい笑みを浮かべる。中国茶をすすめられるままに注文した。
 ガラスの茶器にお湯が注がれ、中でゆっくりと花が開いていく。お茶を待っている間に箸について訊ねると、名のある職人による作品だという。
「特別なときにしかお店には出しません。でもこんなご時世で、棚にしまっておいても仕方がありませんから」
 終末大サービスというやつですよ。おじいさんは笑った。

 静かな店内でお茶を堪能して、支払を済ませる。明日はお休みされるんですかと訊ねると、おじいさんは首を横に振った。
「最終日も変わらず営業しております」
 私はごちそうさまと言って店を出た。夜空は暗く、星がよく見える。

 

 

発端:https://twitter.com/y_g_tanaka/status/973550829998190593?s=20

#小説 #掌編 #終末の過ごし方 #さみしいなにかをかく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?