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理論概要⑤ 職業指導からカウンセリング心理学へ

前回、カウンセリングの誕生の過程を書きましたが、もう少し詳しく、
カウンセリング心理学として成立していく過程をまとめます。

1.ウィリアムソン派とロジャーズ派の論争

伊東(1995)は、1949年にアメリカへ留学した時の様子を記しています。

「当時のアメリカのカウンセリング界を支配していたのは、ミネソタ大学であり、・・・(中略)。カウンセリングの理論としては、その大学のウィリアムソンの唱える「臨床的カウンセリング」が広く全国に浸透していた。ミネソタ大学出身者にあらざればカウンセラーにあらず、というほどの勢力をもっていた。」

ここで言っている「臨床的カウンセリング」は、指示的アプローチによるものです。

これに対してロジャーズの非指示的カウンセリング(「カウンセリングと心理治療(1942)」)が登場して論争をよび、さらにこれらの両方を場合によって用いるべきという「折衷的立場」があらわれました。

この頃、1930~1940年代には精神衛生運動などもあり、臨床心理学者たちのカウンセリングに対する関心が高まっていた時期です。

そして1950年代にはロジャーズの「クライエント中心療法(1951)」が出版されて急速に広がっていき、精神分析や行動主義心理学に支配されていた心理臨床の世界に大きな衝撃を与えた、と書かれています。

2.1950年代のカウンセリングを取り巻く動き

さらに第二次世界大戦後のアメリカでは、復員兵の社会復帰が問題となりました。
精神的なケアや大学進学、あるいは就職の援助に莫大な予算が計上され、カウンセラーの需要が高まります。

これら状況の変化を受け、1950年代にはアメリカ心理学会においてカウンセリング心理学部会が発足(1953)しました。

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その前の1951年には、スーパーが「職業指導からカウンセリング心理学への移行」について論文で発表しています。
翌年にアメリカ職業指導学会が設立され、カウンセリングと発達を関連づけようという動きが広まります。

職業指導の実践の現場で生まれたカウンセリングが、臨床の現場で探求され、職業指導に影響を与え融合していった流れが見えてきます。

ちなみにロジャーズですが、主要な理論の発表が1942年から1957年と、結構な年数をかけているのですね。

その後、カウンセリング心理学の専門家の育成、研究が進み、理論が多様化することになります。
これらは、背景にある人間観で3つのカテゴリーに分類されます。(*1)

①「深層で反応する存在」という人間観・・・主要な理論は精神分析理論(たとえばフロイト)
②「反応する存在」という人間観・・・行動主義の諸理論(たとえばスキナー)
③「生成の過程にある存在」という人間観・・・実存主義、人間主義的アプローチ(たとえばロジャーズ)

しかし、ここまでキャリアの理論とカウンセリングの理論の成立背景を、心理学の発展と絡めて見てきたのに、①も②も出てきていません。
これらがどのように生まれてきたのかは、心理学全体の歴史を見なければならないのですが、あまりに深すぎ&広すぎますので、簡単に概観します。

3.心理学の3つの流派とカウンセリング

人間の心については古くから探求されてきましたが、科学的な学問としては、1879年にヴントの心理学実験室がライプチヒに開設されたことで始まったとされています。
ここで心理学の研究が進み、またそれを批判する形で発展していきます。

20世紀に入って台頭したのがゲシュタルト心理学(*2)です。
キャリアコンサルタントであれば、パールズのゲシュタルト療法を思い浮かべると思いますが、発表されたのは少し後の1942年になります。(*3)

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カウンセリングで意識すべき流派は、さきほどの①から③。
まずは精神分析学です。
ブントは「意識」のみを心理学の対象にしましたが、フロイトは「無意識」に注目し、精神分析によって神経症や精神病の理解、治療に貢献しました。

次に、行動主義心理学。
心理学の対象は、見えない「意識」ではなく、誰の目にも見える「行動」に焦点をあてるべきと主張します。
行動の法則を外界の刺激と個体の反応によって説明し、「学習」による新しい反応の形成に重きをおきました。(*4)
ここから行動療法が生まれ、学習理論、さらにバンデューラなどの社会学習理論へと発展していきます。

そして三つ目の人間性心理学
これは欲求5段階説を唱えたマズローが提唱したとされ、彼は、心理学の第一勢力を精神分析、第二勢力を行動主義とし、人間性心理学はそれらに続く第三勢力であると主張しました。代表的な論者にはロジャーズも入ります。

その主張としては、行動主義は非人間的であると批判。またフロイトが病理に焦点をあてたのに対し、「健康の心理学」を強調しました。(*5)そしてカウンセリング・心理療法の目標は「自己を実現する人間」と考えました。

心理療法としては、そのほか交流分析や家族療法などが1950年代のアメリカで生まれ、その後も多種多様に発展していきます。

1985年にアリゾナ州で開かれた「心理療法の発展会議」では、行動的、認知的、エリクソン流、ゲシュタルト、ヒューマニスティック、ユング派、精神分析的、ロジャース派、交流分析など14学派が集まったそうです。

4.そして「キャリア」カウンセリング

ここまで、主に心理学とカウンセリングの動きを追ってきましたが、最後に、改めて「キャリア」カウンセリングの生まれと育ちについて。

「現代的概念をもつカウンセリングを産んだのは、心理学の理論や研究ではなく、20世紀初頭のアメリカにおける急激な社会的・経済的変化とアメリカ文化の背景にある民主主義的ヒューマニズムであった」 by渡辺(2005)

「職業指導は、経済を父とし、イデオロギーを母とし、一時期教育界を住家とし、心理学を友として育った」byカッツ(M.Katz)

「カウンセリング+職業指導=キャリアカウンセリング」の産みの親は、アメリカの経済と社会の変動。現在は心理学の一領域を占めており、心理学はその発展に貢献はしたのですが、その生育環境はなかなか複雑なものであったといえます。

これで、私のモヤモヤの原因が一つが判明しました。

「パーソンズはカウンセリングの創始者だけど心理学者ではなく、でもカウンセリングの理論は心理学ベースだし、しかし各種カウンセリングの理論は職業相談とほとんど関係ないし、一体どうなってんの?」

というモヤモヤ。

その複雑な過程は、ちょっとやそっとじゃひも解けないわけですね。
と、納得しました(笑)。

そしてこの複雑さによっておこる次の問題が、カウンセリングと隣接領域との混乱。

カウンセリングと心理療法は、何が違うのか。

カウンセリング関連の本を読むと、ここの差別化、カウンセリングのアイデンティティを求めるカウンセラーたちの苦闘の歴史が描かれています。

このあたりも、もう少し解明したいところです。


(*1)これはアメリカの心理学者ゴードン.W.オールポートの分類で、1962年の論稿に書かれている内容ですが、彼自身は③です。
そのため①と②に対しては批判的であり、③の立場で「よりパーソナリティと発達の概念を探求していくべき」だと述べています。
 
(*2)ヴントの「刺激と感覚は常に1対1の関係」という考え方を批判し、刺激のおかれている全体的状況や形態への反応と考えるべきという主張です。特に、刺激を感じる認知のうちでも知覚領域の研究に貢献し、認知心理学に受け継がれていきます。(ということらしいです)

(*3)パールズはもともとフロイト派だったのですが、フロイトとうまくいかず(というか冷たくされたため)、精神分析と決別したというエピソードが残っています。ゲシュタルト療法自体は、人間性心理学に分類されるようです。

(*4)心理学でいう「学習」とは、今まで個体がもっていなかった新しい行動様式を比較的永続的に獲得したことを意味します。
パブロフの犬やスキナーのねずみなどの実験は、みなさまご存じの通り。

(*5)行動主義の「刺激ー反応的人間」モデルについては、人間の主体性や創造性を放棄し非人間的であるという批判です。
またマズローは、「フロイトは心理学の病理的な一面を示してくれたが、われわれはいま、その健康な半面を充たさなければならない」と述べています。フロイト派だったアドラーやユング、エリクソンなども人間性心理学へ移行していったようです。


参考文献

伊東博(1995)「カウンセリング〔第四版〕」誠信書房
岡田督(1993)「心理学 理論とその応用」ナカニシヤ出版
ラルフ・L・モーシァーほか(1966)「現代カウンセリング論」岩崎学術出版社(原題 Guidance-An Examination ハーバード教育論叢1962年特集号の改定版)
渡辺三枝子(2002)「新版カウンセリング心理学」ナカニシヤ出版

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