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【第30回】環境省のシナリオ分析実践ガイドを振り返ってみた感想

環境省のシナリオ分析実践ガイドの全ステップの紹介を前回で一通り終えて、最後にTCFD提言を始めとする非財務情報に関する個人的な感想を記載したいと思います。

1.非財務情報と企業価値の関係に関する理解

 1年ほど前から、TCFD提言等の非財務情報のディスクロージャーの調査に携わるようになり、非財務情報と企業価値の関係について、様々な公表資料や関連書籍等を調べながら考えてきました。環境省のシナリオ分析実践ガイドにも「TCFD提言の開示推奨項目におけるシナリオ分析の位置づけや、各ステップの検討結果を開示内容に盛り込むことで、適切な開示と企業価値向上につなげていくことが重要」とされているため、既に開示されている企業のTCFDやその他のIR資料等もかなり目を通しましたが、なかなかすっきりと整理がつかないというのが現時点の状況です。ヒアリングさせていただいた機関投資家の方も悩みながら進められている印象を受けました。非財務情報と企業価値との関連性については、開示の拡充とともに、研究が進んでくると思いますので、その結果を待ちたいと考えています。
 ただ、データ等の分析結果として検証可能となるにはかなり時間を要すると思い、昨年、監査法人を退職して投資が可能になったこともあり、投資家目線に少しでも近づく目的で、実際に自分自身でも株式投資をしてみることにしました。これまで長年、監査やアドバイザリーで、財務諸表を作成する側の立場でディスクロージャー資料に関わってきましたが、少額といえども自分の資金を投じるとなると視点が変わり、非常に新鮮な経験でもありました。
 株式投資を始めてまだ数か月のため、試行錯誤の段階ではありますが、長期投資を前提として、現時点で日本株を10数銘柄保有しています。業種は電気機器、化学、情報通信、卸売、小売、サービス、金融等幅広く、企業規模も時価総額が10位以内の大企業から、先月マザーズに上場したばかりの時価総額100億円未満の新興企業まで様々です。ただし、資金の7割以上を2社に、残りが15銘柄という配分となっており、中心の2社については、有価証券報告書を詳細に読み込み、中期経営計画を始めとする各種資料にも目を通し、自己流で理論株価なども算出した上で投資を決めました。この2社は業種も企業規模も全く異なりますが、この原稿を書くにあたり振り返ってみて共通点が複数ありましたので、株式投資初心者の視点として、ご参考までに以下に紹介します。

2.投資した2銘柄の共通点

 教科書的な定義では、企業価値は株式時価総額と同義ではありませんが、各種資料や企業のIR資料では、企業価値の向上を株価を上げることと意識されていると思いますので、以下では企業価値の向上≒株価上昇を前提として記載します。
 現在、投資先の中心となっている2銘柄には、結果的にではありますが、以下の共通点がありました。

①    将来への投資をしっかり行っている
②    営業利益率が高い
③    単一の事業を行っている
④    平均給与が高い

①    将来への投資をしっかり行っている


 株式投資を思い立った時点で、約3,800社もあるなかで一体何を買えばよいのだろうか?と思い、会社四季報にざっと目を通すところからスタートしました。その際に、気になった企業をリストアップし、その後、1社ずつ有価証券報告書等やその他の開示資料を見るという作業を行っています。各種開示資料の中で、最も重視した資料は中期経営計画で、その中の指標として着目したのは将来の投資計画です。短期的な株価下落リスクは許容範囲としても、長期的な下落は困る、むしろ成長を期待して、リスマネーを供給するわけですので、投資時点からの将来の成長が何より重要であるという当たり前のことを、株式投資を通じて改めて実感しています。
 2社のうち1社は設備・開発投資、もう1社は採用人数の増加という人材投資ですが、いずれも会社規模に比してかなりの額であり、将来の市場規模やシェア、商品・サービスの拡大を想定した経営者の積極姿勢と受け止めました。投資が成功するとは限りませんが、企業の長期成長には将来への投資は欠かせないものですので、最も重視した判断材料は将来への成長投資となりました。

②    営業利益率が高い


 営業利益率は業種によってかなり異なりますが、2社とも営業利益率は高く、しかも利益率が拡大していました。ROEも高いです。つまり、本業で稼ぐ力が、次への成長投資の原資となっている企業です。

③    単一の事業を行っている


 多角化している企業の方が安定性は高いのですが、企業の中に成長しているセグメントがあっても、収益率の低いセグメントと平準化してしまい、株価の上昇が抑えられてしまいます。すなわち、企業がすでに分散投資をしている状態にあり、コングロマリット・ディスカウントが働いてしまいますので、分散は投資家である自分の方で行いたいと考え、結果的にではありますが、多角化していない企業への投資となりました。その分リスクもあり、2銘柄とも日経平均よりも日々の騰落率は大きくなりますが、長期投資を前提としているため、自分にとって許容範囲のリスクと判断しました。

④    平均給与が高い


 従業員の平均年齢と平均給与のバランスは、投資前に必ずチェックしている点です。TCFD提言にも「気候関連リスク及び機会に対してどれだけレジリエンスを有しているかについて記載すべきである」とされていますが、危機や想定外のリスク発生時に企業がレジリエントであるという事は、困難に直面した時のタフさと、ピンチをチャンスに方向転換できる柔軟性が備わっているかどうかであり、それは企業の中にいる人材次第だと考えています。競争を勝ち抜き、危機的な状況であっても臨機応変に対応していくには、優秀な人材をどれだけ確保できるか、そのためには、給与水準が高いことが、現時点で簡単に入手できるわかりやすい指標と考えました。
 逆に、投資候補にリストアップした企業で、平均給与が低かったため、リストから除外した企業もありました。人件費を、できるだけ安く抑えるコストと位置づけるのか、逆に将来の利益に繋げる投資と捉えるのかの違いは、企業の長期的な成長に影響すると考え、人件費が目先の利益を押し下げるとしても、給与水準が高い企業を選ぶようにしています。

3.TCFD提言等の非財務情報をどの程度考慮したか

 投資した銘柄の中には、現時点でTCFD提言に沿った開示をしていない企業もありますが、開示している企業であっても、投資の判断材料とするには質量ともに乏しく、ほとんど考慮していないというのが現状です。ただ、TCFD提言の「機会」に結び付けるとすれば、太陽光発電に関する新技術や、農業分野における炭素貯留、EV自動車などで需要が見込まれる非鉄金属に関連するいくつかの企業に、勉強目的で少額ずつ投資しています。
 一方、リストアップした企業で外したものもあります。当初、業績が好調で株主還元も手厚い企業として複数リストアップされたのが、不動産業でした。これらの企業に共通していたのは、保有不動産が首都圏に集中しているという点です。不動産価格の上昇や低金利等、好業績を叩き出せる環境が揃っており、どの企業の業績も右肩上がりで推移していました。
 ただし、物件が一定の地域に集中して言うという事は、TCFDの観点からは物理的リスクが大きいという事になります。それ以上に個人的に懸念したのは、首都直下型地震です。どのような事があっても復興してきた歴史があるため、何が起こっても必ず復活すると思いましたが、それには長い期間がかかるであろう事、また、足元の円安や物価の上昇、日銀総裁の任期を考慮すると、金融緩和の終了は少なくとも遠のいてはおらず、金利リスクも懸念しました。結論としては、個人で限られた資金を投じる先としては、取らないリスクと判断しました。


4.今後の非財務情報の利用について


 自分が投資に至った判断材料と、ディスクロージャー情報を整理してみますと、前述の通り、個人の投資であっても、無形資産や人的資本を重視しているという結果となりました。投資する際には考慮しませんでしたが、投資の中心となっている2社のPBRは3~5倍弱で、プライム市場の半数が1.0倍未満である中で、市場からも評価されていることがわかります。
 現在、TCFD提言以外にも、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)からサステナビリティ関連財務情報の開示に関する公開草案が公表されており、非財務情報に関する開示は今後更に強化されることが予想されます。ただし、フレームワークは異なっていても、類似情報を既に開示している企業については、投資家は様々な媒体から情報を収集して投資判断していますので、株価への影響という観点からは限定的ではないかと考えています。
 一方で、個別銘柄を調べる中で、中期経営計画や業績予想が開示されてない企業も少なくありませんでした。投資に際し、何より重要なのは将来の予測であり、10年後どのような企業を目指しているのか、そのために直近数年間どのようなプロセスで歩んでいく計画なのか、計画達成のための課題は何か等についての情報が得られないと、なかなか投資に踏み切りにくい、という面はありました。
 特にマイナス方向の情報については、企業の開示担当者の方は開示を躊躇されるかもしれませんが、リスクを洗い出したうえで、それが取れるリスクか取れないリスクかを判断するのは、個々の投資家がやるべきことだと考えています。TCFD等の開示を行うためには、将来の予測に関する開示は必須となるため、このような制度改正を契機に、開示される企業の方々の負担が過多にならないよう優先度をつけながら、中期経営計画などの将来に関する情報開示が充実することを期待しています。


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