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芍薬

あぁ、どうも。随分と久方ぶりだねえ、調子はどうだい?睡眠は?まぁまぁ、か、そうか。

眠るということが出来るのはいいことだよ、夢と現の行ったり来たりがきちんと出来るというだけで、それだけで上出来だ、何の文句もつけようもないさ。

それでね君、前回の続きにはなるんだが、例のあの色は、鬱陶しい藍色は消えたかい?
まだ、だめか、そうか、そうだろうとは思っていた。

君のその藍色は、だ。確証はないが恐らく完全に消え去ることはないだろう、どうにかこうにか抑えても、君の視界の端の端に、あの時計の針の裏側に、愛しい誰かの唇の上に、毎年毎年気の早い花を咲かせる、あの美しい樹木の花弁の先に、この悲しく軋む床の木目に、きっとこびりついた藍が消せないだろう。
力不足で申し訳ない。

これはあくまで仮説に過ぎないのだがね、藍が藍で藍以外に成り得ないのはだね、君の目がほんの少し、見え過ぎるせいなのかもしれない。

実の所、君があの時、夾竹桃の木の根元に早まって置いてきてしまった君自身を、僕はこっそりと回収してね、春の海の底に大事に置いておいたんだ。勝手な真似をしてすまないが、あそこは心地の良い場所だから、時に日の照るあの場所よりもずっとか綺麗に透けるはずなんだよ、本当に勝手だが僕はそれを見たかった。

そいで、それでなんだがね。
君が置いてきた本当の君も君であるが、今ここに在る君も君自身に他ならないでしょう。

あの藍の色は恐らくね、君のその見え過ぎる目がね、可視化してしまった君自身そのものなんだよ。
だからね、僕に藍を消すことはできない、ただ、きっといつか、どんな形かは知らないが、それが君に与える印象は流動性を持って何かしらの変化をすることだろうと思うよ、確証は無いのだけれど。

それと、前回の君からの問いだが、キスと血が同じ味がするのは、根底にある存在の理由が似通っているからさ。
言葉と拳銃が同じ形をしているのは、同じだけの殺傷能力を持っているからだ。

前回はすまなかった、なんの責任も負わずして君に凶器を突き付けてしまった。謝っても謝りきれないことだよ、一生の後悔のうちの一つだ。

今日はね、少しだけ気が触れてしまっているんだが、この花瓶の芍薬の匂いで酔っているせいで、どうにか正気に近いところにいられるんだよ。ん?気の触れてしまった理由かい?それはね、床の木目と目を合わせすぎてしまったせいではなくてね、このところの月が、嫌になるぐらいこの窓枠の近くにいるせいなんだ。

君も今日の夜が来たら少しだけ、君が身を置くアパートの窓からガラス越しに覗いてみるといい、嫌になるほど明るくて、嫌になるほど柔い光がきっと有る。少しだけ、だよ。

決して凝視してはならないよ、身体から何から全てが透けてしまうからね。そうして、それを覗くことが出来たら、ほんの少しのエタノールに脳と内臓を浸してやるといい。

それじゃあ、またね。

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