花と毒蛾
心臓の奥の奥に、いつからか植え付けられた、小さな不安の種は、白い太陽光の下で不意に芽吹き出す。
一度芽吹いたそれは、全身の血管を埋め尽くし、そうして暗色の蔓の色を、内臓から、全身の表皮にまでゆっくりと染み込ませる。
小春日和の温かな逃げ場のない明かりの下で、この身の醜さを、この世の生き物全てに周知されて居る様な気になるのだ。
人間が、そこにある草木や名前のわからない花達、唯、そこに在る物言わぬ無機物達まで、こちらに軽蔑の目を向けている。幻視、妄想、しかしながら、現実。
一度育った不安は、その花を咲かせるまで拭い去れないことを知っている。
だからこそ、決まって真昼に起きる不安の発芽が始まると、薄暗い場に身を潜めて、夜が来るのをひたすらに待つ。
ようやっと夜がくれば、不安は月下美人の如く一瞬の花を咲かせ、その後ゆっくりと消えていく。
いつも、その花は、不規則かつ規則的な、幾重にも重なった乳白色と紫の花弁を持っていた。
恐ろしい程に、月明かりの冷たい夜がよかった。
無機質な街灯の人工太陽の下に、無数の蛾が飛んでいるのを見たかった。
仮にその中に毒蛾でも紛れていてくれれば、もっと良かった、その下で、その毒針毛が皮膚に触れるのを、唯ひたすらに待っていたかった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?