見出し画像

紙ふうせん

佐田(さだ)さんが小学生だった頃。

彼女は学校から帰りおやつを食べながら折り紙で遊んでいた。
つる、いぬ、うさぎ、きつね、ペンギン。
色々な物を折っては並べてみたり、縦に積み上げてみたりしていたのだが、だんだん飽きてしまい紙風船を折り上げるなり“ぽい”と机に放り投げてしまった。

(あーあ。暇だな……お母さんまだ帰ってこないんだな……)

まだまだ母は帰ってこないようだし、姉は中学生で部活動が忙しい。
構ってもらえるにはしばしばまだ時間がかかる。

机に突っ伏してぼんやりと今さっき折ったばかりの折り紙を眺めていた。
指でそれらを弾くとカサカサ、と紙がこすれる音がする。

「ぼー、っとその折り紙の山を見ていたの」

腕を枕がわりにして机に突っ伏していた時。
かさかさ。
紙の音がした。
佐田さんは折り紙に触れていない。

かさかさ。かさかさ。

何の音だろうと思って顔をあげると、目の前で折り紙の動物達が揺れていた。

「えっ」

目を大きく見開いた佐田さんの目の前で、まだ空気の入っていないぺたんこの紙ふうせんが“ぷくぅ”と膨れていった。

「わあ!」
思わず“ぺちん”とその紙ふうせんを叩いて潰してしまった。

〈あああ〉

泣き声が聞こえた。
子供の声だ。
佐田さんはびっくりして、紙ふうせんをそのままに家の鍵を握り締めると家を出た。
家の近くには公園がある。
そこで遊んでいれば部活帰りのお姉ちゃんと会う事ができる。

「夕方のチャイムが鳴ってからお姉ちゃんが公園の前を通ったから、2人で一緒に帰ったの。怖くて紙ふうせんの事は言えなかった……」

2人で並んで帰ったが、いつもなら出迎えてくれるはずの母がまだ帰宅していなかった。

「でも、電話に留守電がたくさん入ってたの。わたしもお姉ちゃんも意味がわからなくて……そしたらお父さんが慌てて帰ってきて」

2人は父に連れられ何処かへ向かう事になった。
母は病院のベッドですやすやと眠っていた。

医者から命に別状はない事を聞かされ家族3人でほっと胸を撫で下ろしたが、母の中に宿っていた3つ目の命は残念ながら失われていたと聞かされた。
切迫早産だった。

奇しくも、母が倒れた時間は佐田さんが膨らんだ風船を叩いたあの時間だったという。

公開そのものを無料でなるべく頑張りたいため よろしければサポート頂けますと嬉しく思います。