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柔らかいしあたたかい その後

これは、先日書かせていただいた“柔らかいしあたたかい”の小畑(こばた)さんから後日聞かせてもらった話である。

彼女はあの日以降ずっと、柔らかくあたたかい何かを背負って生活をしていたそうである。

ふと背中に意識を向けると、柔らかいものがそこにあるし、あたたかみもある。

たまに〈ふうふうふうふう〉と息遣いも聞こえる。

何がいるのか知りたくて背中を見ても鏡越しに見ても何もわからなかった。
小畑さんには見えないのだ。

「でも毎日ずーっと柔らかいしあたたかいの。怖くて怖くて仕方なかったのよ……そんな時にね……」

柔らかいあたたかいものを背負ってもう1週間上。
夜遅く、仕事が終わり帰宅途中だった小畑さんはふと通りかかった神社の前で足を止めた。

「お参りしよーって思ったのよ……この背中の奴をなんとかしたくて……」

どうにかなればいいなぁ……そう思いながら鳥居をくぐった。

そういえば、幽霊とかは鳥居をくぐることはできない、と聞いた事があった気がした。

「いやもう全然効果なし。鳥居をくぐっても全然柔らかかったもん。でもね……」

参拝の手前で手水舎で手を洗った時。
“手と口を清めましょう”と書かれた看板を見た時“これだ!”と閃いた。

手水舎の水を背中にかけたら清められるのではなかろうか?

「……馬鹿でしょう?でもその時の私は真剣そのものだったのよ……。夜だったから人はいないし……一度試す価値はあると思って……」

彼女は手水舎の柄杓にたっぷりと水をくんだ。
辺りをよく見回して、誰もいないのを確認した。
少し躊躇はしたが、一度やるしかないと腹を括った。

ざばぁ、と柄杓で背中に水をかけた。

「……背中が濡れなかったのよ」

濡れる事を覚悟してお風呂でやるように背中を水で流したのに、背中が濡れなかったのだ。

〈ふうふうふうふう……ふう……うふ……ふふ……うふふふ……ふふ……〉

絶句している小畑さんの耳に息遣いと笑い声が届いた。
真っ暗な闇の中、背中はじっとりとあたたかく柔らかい。

「走って逃げて帰ったんだけど、その間も息遣いと含み笑いがずっとあるのよ……もう全然だめ、手水舎も神社もぜんっぜんだめ……」

いまだ彼女の背中には“あたたかいし柔らかいもの”が張り付いていて、たまに、笑う。

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