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お家の絵の女

まだ、タツヤくんが物心つかない頃の話だ。

とても綺麗な女性が玄関前にぽつんと佇んでいるのを見る事があったという。

薄桃色のワンピースをふんわりと着こなした、鼻筋がするっと通ったとても綺麗な優しげな顔の女性だ。
彼女はずっと玄関のドアのあたりを優しそうな眼差しでずっと見つめていた。

両親にあれは誰かと尋ねた事がある。
何だかとても綺麗で優しそうな顔の女の人が、そこに立っている、と。
ただ、それを聞いた両親は怪訝そうな顔をした。

「ええ?そんな人いないわよ」「誰の話をしてるんだ」と両親は首を傾げた。
何度か確認をしたのだが、そのたびに「そんな人は、いない」と。

それでも見えているからタツヤくんは彼女の似顔絵を描いた事もあった。
それは今も自室に残されている。
家の玄関や植木鉢の側に、桃色の服を着た女が描かれている。
裏には“おうちのえ”と題名がつけられていた。

「とある時、ね」

タツヤくんが小学校1年生になった時。
その女性が声をかけてきたという。

“遊びに行かない?”と、そう言った。

それを聞いたタツヤくんはランドセルを玄関に放り投げると奥にいる母に大声で「遊びに行ってくる!」と声をかけたそうである。

「お母さん!遊びに行ってくる!」
「遊びに?どこにー?!」
「わかんない!」
「お友達とー?!」
「いっつもいる玄関のお姉さん!遊びに行かない?って言うから、行くね!」

タツヤくんはそう元気よく返事をして駆け出した。

……その言葉を聞いたタツヤくんの母は青い顔をして後を追ったが、家の前の通りを覗いた時にはもう遅かった。

「……それっきり。あの子は家を出て角を曲がってすぐの交差点で事故に遭って亡くなってしまったんです」

人通りがそこそこ多い交差点。
目撃者の中には若い女性と手を繋いで歩いていたという人が何人かいたそうだが、結局その女性とやらは見つからなかった。

「何もわからなくて、ずっと後悔しているんです」

タツヤくんの残した遺品の中に、家の前に薄桃色の服を着た女が描かれた絵が残っている。
あの“おうちのえ”だ。

あの事を思い出すと処分してしまいたいが、数少ない我が子の残した絵だと思うとどうにも捨てられないのだ。

絵の中の女は目をまんまるにして、半月型の口で笑っている。

あの時、もっと女について詳しく話を聞いていれば、もっと真面目に聞いていれば、と後悔をする日がもう10年以上続いている。

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