けむりのにおい
三木さんが帰ってくると部屋全体から焦げ臭い臭いがした。
近所で火事があったという事ではなく、自宅の鍵を開けた瞬間に家の中から焦げた厭な臭いが外に流れ出してきたのだ。
煙が無かった事が不幸中の幸い。
三木さんは慌てて部屋に入ると臭いの原因を探し出そうとした。
焦げ臭い異臭に少し甘いような匂いも混ざっている。思いつく限りの場所を探した。コンセントが変な風になっていないか、水濡れしてはいけないものを濡らしてしまっていないか、あるいは……。
だが、火の出そうな場所を調べ尽くしてなお原因はわからなかった。それなのに部屋の中は全体的に燻したように焦げ臭い。なんだこれは。
とうとう困り果てた三木さんは台所の戸棚も机の引き出しも天袋も全て開けてみることにした。
どこかに原因があるはずだ。どこかに……。
最後に残ったのは押し入れになった。
えー?
押し入れなんてここに越して荷物を押し込めて以来、開けていなかったのだけれど……。
何を入れたんだっけ、古本だとか、昔の思い出の品とか……そんなものだったっけ。
火の出るようなものはないしなあ、と。
首を傾げながら襖を横にするりと開けた。
ふわり、と真っ白な煙が押し入れの中から立ち上った。
「えっ、えっ!」
やっぱり燃えてる!?
慌てて中身を改めたのだが、煙の向こうの荷物は何一つ燃えたり熱を持ったりしていない。
なんだこれは、じゃあこの煙はどこから?
「その時、ふっと気付いたの」
焦げた嫌な臭いの煙の中に、甘い上品な匂いが混ざっている。
しっかりと嗅いでみるとそれはお香のような香りだ。
お香のようなものって、押し入れの中にあったっけ……?
「…………あっ」
何となく、いい匂いのする物に心当たりがあった。
押し入れの奥に、もう長い事ずっと仕舞い込んでいるものだ。
ただ、それは燃えるような物ではないし何年も何年も触っていない。
ただ、確かにいい匂いがする物だった。
お香のような、ふんわりとした匂いのするもの。
三木さんはおそるおそる、その“いい匂い”のする物が入っている段ボール箱を引き寄せた。
手元に引き寄せると先程よりも甘くいい匂いが強く香った。確かにこの匂いだ。
意を決して箱を開けた。
中には白いさらさらした塵のような砂のような、石灰に似たような粉が入っていた。
あれ、と三木さんは首を傾げた。
「雛人形が入ってるはずだったの。女雛と男雛が1対ずつ。もう飾らなくなって何年もなるんだけれど……」
その後、三木さんは押し入れの中身を全て改めたのだが仕舞い込んでいたはずの雛人形は出てこなかった。
捨てた覚えもないし、実家に置いてきたなんて事もない。
「それだけの話なんだけれどね」
あの時に嗅いだ白檀と防虫剤のふんわりとした匂いは確かにお雛様のものだったはずだ、と、三木さんは今でもそう思っている。
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