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いない

「引っ越しをする事になって家財道具とか荷物を纏めてたんですけどね。その時にアルバムが沢山入った段ボール箱が出てきたんですよ。もう20年以上になるもので、娘が産まれてから写真をよく撮るようになったのを大事に仕舞ってあったの」

杉本さん夫婦には一人娘がいる。

初めての子供が娘だったから、2人とも本当に彼女の事を猫可愛がりしていたという。
段ボール箱一杯になるほど写真を沢山撮ったし、子供の頃に旅行へ行った時の動画は今でも古い携帯電話に残されている。

「懐かしいから段ボール箱の中身を改めて見たんですよ。箱の上の方が新しくて、下は古くて。わたしは上からどんどんアルバムを見てたんですけど」

1番上のアルバムには、娘の成人式の時に撮った写真が何枚も綴じられていた。
思い出を遡るように、アルバムを左から逆向きに1枚1枚捲っていった。

最新の成人式から遡って、大学生時代に行った家族旅行の集合写真、たわいもない写真、バースデーケーキの上に18本の蝋燭を立てて笑っている写真、大学入学の日の写真、高校卒業式、修学旅行、体育祭、合唱祭、入学式。

「懐かしくてどんどん遡って、中学生、小学生」

段ボール箱の中から次々とアルバムを取り出して過去を懐かしんでいた時。

「小学校の低学年の頃かなあ。家族旅行の写真が出てきたの。ハイキングに行ったんだと思う。懐かしくて覚えてたの。山のてっぺんで私と夫と娘と撮った写真」

その時、三脚を立て写真を撮ったのを覚えている。
砂利や石が多く、夫が三脚を立てるのに苦労していた記憶がある。
ぐらつく三脚を見て、娘と自分は笑ったのだ。

「逆順に捲ってたから、どんどん山を降りて行くのね。誰も写ってない風景写真も混ざってたんだけど、山の入り口で撮った家族写真もあったのね」

その“ハイキングコース”と書かれた地図の看板の前で撮った家族写真に、奇妙な物が写っていた。

「娘の隣に笑顔でピースする男の子が写ってたんです。でも全然見た事のない男の子で、娘より少し年上の小学校高学年くらいに見えたかな……」

心霊写真だ……!
ゾッとした杉本さんはアルバムを捲る手を止めた。

自分と夫の前にしゃがみ込んでいる娘の隣に見知らぬ男の子が笑顔で写り込んでいる。
顔をまじまじと見たが全く一欠片も見覚えがない。

「ほんっとにくっきり。変な話、他の家族が悪戯で映り込みに来たんじゃないのかってくらい本当にしっかり写ってたの」

じっくりとその写真を眺めたが厭な雰囲気は感じられなかった。
ただただ可愛らしい男の子が家族写真の中に映り込んでいる。それだけの写真。

「全然記憶にないんですよね……でもなんだか気味悪く思っちゃってアルバムから剥がしたんです」

気を取り直して、次のアルバムへ手を伸ばした。

「遡って一冊前の、一番後ろのページをめくったら、その男の子が1人で写ってたんです」

その子は自宅のリビングでカメラに手を振って笑っていた。
紛れもなく自宅での1枚。

「……1枚だけじゃなくて」

娘と一緒に写っているものや1人だけで写っているものもある。

「……娘と一緒に遊んでる写真が当たり前のようにあるんです。それに、私や夫と撮ったのもあったし……服もね、おそろいの着てたりして……まるで本当の家族みたいな写真がたくさんあったんです。この頃から男の子と娘と2人の写真が半々くらい」

ゆっくりとアルバムを遡っていった。
生まれたての娘の側で誇らしく笑っている男の子は紛れもなく“お兄ちゃん”のように見えた。

ただ、何度も言うとおり杉本さんにはその子が一体どこの誰なのか全くわからない。心当たりもない。

「それより以前のアルバムがまだ2冊あったんです」

2冊のうち1冊に表紙にペンでタイトルがあったが真っ黒に滲んで読めなくなっていた。
なんとなく生年月日のように見える……が、ぼんやり滲む数字にに覚えはない。

「……娘が生まれて最初のアルバムの表紙に、誕生日の日付を書いた覚えはあるんですよ。でも、書いたのは1冊目だけなんです……」

迷った挙句、杉本さんはアルバムを全て元の箱に入れてテープで巻いて封印する事にした。

現在その箱は新居の天袋の奥にある。

この間ふとしたきっかけで夫が娘に「自慢の一人娘だ」と言ったのを聞いた。
この事を家族に伝えるかどうか、今も頭を悩ませている。

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