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赤い晴れ着の女の子

これは母が聞かせてくれた話だ。
満を辞して……という感じではある。

母は怖がりなので僕がこういう心霊に触れるような事をしていると解ると“もう!アンタは自分でなんとかするけどお母さんはそういうの全然無理なんだからね!”と厭そうな顔をする。

そんな母が、小学生だった頃の話。
なのでもう30年以上前の話になる。

当時住んでいたのは、神戸だったと聞いている。
一軒家で結構いい家で敷地も広かったそうだ。

「和風のドーンと大きい一軒家に住んでたのよ〜。で、まあ鍵っ子だったのよね」

鍵っ子、とは。
両親共働きで先に家に帰ってくる子供が家の鍵を持っている、という状態を指す。
母には兄がいるのだが、少し歳が離れている。
そういうわけで、小学校の低学年の頃は1番先に帰ってきていたらしい。

「帰ってきてから洗濯物をして干すのが日課だったんだけどね、洗濯機回して、終わったら干すの……居間に大きいガラス戸があって、そこから出て洗濯物を干すスペースがあったんだけど」

母は、その日もいつもの通りに帰宅すると洗濯機を回して洗濯物が干せる状態になるまでお菓子を食べながら洗濯機前で待っていた。

「で、出来上がって居間から洗濯を干しにでて。タオルとか服とかかけてる時に庭の隅っこに真っ赤な布が見えたの」

お隣からハンカチか何かが飛んできて植木の枝にでも引っ掛かっているのか、と思ったのだが

「え?のぼり?って」

視界の隅で真っ赤な布がぱたぱたぱたぱた、と風にはためいているのが見えた。
長いのぼりか暖簾のような真四角の長方形の布がぱたぱたぱたぱた、と揺れている。
いや、違う。よく見るとそれは“のぼり”でも“のれん”でもない。

「着物の袖だったの……袖が長いから晴れ着だと思うんだけど、晴れ着を着た女の子だったと思うのよね」

それは真っ赤な着物の袖だった、らしい。
細かい柄もはいっている、おそらく晴れ着。

両手で顔を覆っているようで、体の正面で合わさった両の長い袖が横から風になぶられてパタパタと揺れていた、という事である。

年恰好は自分より少し大きい。
髪が長い黒髪だから、女の子なのは確実だ。

(えっ?誰)

そう思った次の瞬間。
こちら目掛けて、晴れ着の女の子が一目散に駆け寄ってきたのだという。
顔を両の手で覆う事はやめずに、である。
母はびっくりして洗濯籠を放り投げるとガラス戸を無我夢中で閉めて鍵をかけた。

――――びたん!
まるで生肉をガラスに叩きつけるような音がした。

「あのね……手がいつの間にかひっくり返ってたのよ……手を覆い隠す時って手の平を顔に向けるでしょう……逆になっててね……手の甲で顔を覆っているっていうか……隠してるっていうか……」

両手の平がガラス戸に押しつけられ、さらに、そのガラス戸に押しつけた手の甲の部分に自分の顔を押し付けていた。

「そのまま、小さい手と爪でガリガリガリガリガリってガラス戸を引っ掻き始めたの。頑なに顔を見せないのがまた怖くて、泣きながら下を向いて絶対に鍵が外れたり壊れて中に入ってこないように“入ってくるな入ってくるな”って念じてたんだけど」

ガリガリガリガリという音を聞きながら泣いているうちに、泣きすぎて酸欠になったのか気をやってしまったのだそうである。

それを発見したのは仕事をはやめに終えて帰宅した母の母……つまり、僕にとっては祖母にあたる女性である。

祖母は母から仔細を聞くと「顔は見た?」と聞いたのだという。

「見てない」
「ほんとに」
「うん」
「着物の柄は見た?」
「緑色の鳥っぽいのとちっちゃいお花」
「うぐいすやね。お花は藤かな。じゃあ何もないから大丈夫。お兄ちゃんには言っちゃダメよ、怖がりだからね」

引続き、母は祖母からそういう質問を幾つかされた。
全部聞き終わると「気にしなくていいから」と念を押して、詳しくは聞かせて貰えなかったという。
母はそれっきりその女の子の出来事を“忘れられないちょっと怖い出来事”として記憶していた。

……というのが、母から聞いた話である。

そしてここからは、僕の話。

実は僕はこの件の着物の女の子のようなものを一度かつての母の実家で見た事がある。
同じく小学生の低学年頃、家の庭の隅っこにぽつんと立っているのを目撃した。

僕はそれを近所の子供だと思っていたのだ。

あまりにも見た目が“人間”だったし、当時覚えたての知識の中に“七五三”とか“おみやまいり”とかがあったから、晴れ着を着た小さな女の子は“今日がおめでたい日の誰か”だと思っていたのである。

ついでに言えば顔を両手で覆っていなかったし、じーっとこちらを不思議そうな顔で見ていたから、母の実家に着た僕を“見慣れない子だな”と思って見つめていたのだ、と、そう解釈していた。

僕も派手な着物が珍しかったからじーっとその子を見ていたのであるが、綺麗な赤い着物に、薔薇のような綺麗な大輪の花に蝶々が舞っているような柄だったと記憶している。
そのうち母だったか祖母だったかに呼ばれて僕はその場を去ったのだが、振り向いた時にはその子は居なくなってしまっていた。

話しかけてみればよかった、とその時は思ったのだけれどもそれは叶わなかった。

そういう思い出が、僕の中にある。
のだけど、大人になってから気づいた事がいくつかあって。

母の実家の庭は居間か勝手口が主な入口でそれ以外に外から這入るのは少し難しい。

綺麗に周りを塀で囲まれていたし、庭に門扉もあったのだが常に鍵がかけられていた。
なので、庭に行くには居間からガラス戸を開けて出るしかないのである。
あの時、彼女はどこから庭にきてどうやって庭からいなくなったのだろう。

ちなみに、この話は祖母には出来ていない。
この事を思い出して話す前に祖母は鬼籍に入ってしまった。

亡くなる前に確認したかったのだけれど、祖母が夢枕に立つ事がある時は「女の子の着物の柄が花に蝶々で、がっつり顔を見てしまった場合どうなるのか」ぜひ教えて貰いたいと心の底から思っている。

僕は神戸のあの家の庭で女の子の顔をばっちりしっかり見ているからだ。

母と僕が違う所と言えば、僕の人生が心霊体験特盛状態な事だ。つまり……おそらく、そういう事なのかな、と、邪推が今でも止まらない。

あの日、遊びにいかなければよかった……とまでは思っていないのが幸いである。

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