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握り仏

それは、羽岡(はおか)さんが晴れた日に公園へ足を運んだ時の事。

彼女はベンチに腰掛け、息子のカツミくんはベンチから少し離れたところで砂場で山を作って遊んでいたという。

「おかーさん!」

砂場で遊び出して10分程した時、遠くからカツミくんの呼ぶ声がしたので羽岡さんはどうしたの?と砂場へと駆け寄った。

「砂まみれのカツミが右手をぐっと握ってこっち向けて開いたんですね。そしたら手のひらに、すっごい小さい仏様がのってたんです。神社のお守りの中に入ってる、小判型の金属の中に仏像の形が彫り込まれているようなやつ」

本当に、大豆一粒分くらいの大きさの小さな仏像だったという。

「えっ?こんなのどこにあったの?」
「もらった!砂の中からおててが出てきたよ!」

砂遊びをしていたら土の中からそっと手が出てきて開いた手の上にこれを握らされた。
カツミくんは羽岡さんにそう教えてくれた。

「ええ……って思ったけど……気持ち悪かったから、帰る時に神社に寄ってお守り返す所に入れて帰ったのよ……」

それから数日して。

「一緒にお風呂に入って、私が髪の毛洗ってる時に“おかーさんー”ってカツミに呼ばれたの。それで顔を上げたらね」

また、こちらに向かってカツミくんが手を差し出して手を開いた。
開いた手の中には、またあの豆粒程の大きさの金属に仏のようなものが彫り込まれた物があった。

「えっ……これ、これどうしたの」
「もらった」
「誰から?」
「お湯の中からおててが出てきたよ!」

この間とおおむね内容は同じだった。
お湯の中で、握らされたのだと言う。

「流石に気持ち悪くて……次の日の朝、すぐに神社の返納所に入れに行ったんだけど」

その後もたびたび、カツミくんは小さな仏像を握って持ってくる事があった。

「寝てる間に握ってる事もあるし、お風呂から上がったらなぜか持ってる事もあったし、外に帰ってきたら必ず手の中に仏像を握って持って帰ってきてたんですね」

多いと日に2度、仏像を握っている事があった。
毎回返しに行くことはできないと思った羽岡さんはそれを手のひらサイズのお菓子の空き缶の中に入れて貯めて、一杯になったら神社へ持って行こうと決めた。

「もう、その頃になると気持ち悪いとかそういう感情は湧かないの。カツミが持ってくる、もらう、缶にいれる。持ってくる、缶に入れる、それを繰り返すの」

やがて缶の蓋が浮いてくる程まで溜まったのだという。

「明日捨てよう、と思ってその日貰った仏像を貰って缶のフタを開けたらね」

そこに顔が入っていた。
見覚えのある顔。
見間違えはしない。
缶の中いっぱいに、カツミくんの顔があった。

「目がおかしいの。ぐるぐるぐるぐる回っててキョロキョロしてて、視線が定まってないの。ギョッとして思わず缶を閉めたのね」

反射的に蓋を閉めてガムテープで缶をぐるぐる巻きにして神社の返納所へ納めに行った。

「その日の夜に寝てるカツミが寝言を言ったのね」

大声で般若心経を誦じた。
もちろんそんなものを教えた事はない。
おそらく「はんにゃはら」の最初の一文すら聞いた事もないだろう。

「揺り起こそうとしたけど起きなかったの。起きても何も覚えてなかったしね……でも、それ以降別に何もなかったのよ。私も忘れてたの。いや、嘘。忘れた事はなかったわよ……菓子缶見ると思い出したけど、不思議な事があったなあ、位で終わってたのね」

あの出来事から2年ほど経ってからの話だ。
5歳になるカツミくんと某所繁華街を歩いていた時。

「道端で占いやってたおばさんの前を通り過ぎたら“きゃあ!”って声上げたの。あからさまに怖がってる顔。気になったから話しかけようと思ったんだけど逃げようとしたから、咄嗟に“なんですか!”って大声あげちゃった」

見た目は普通の、どこにでも売っていそうな紺色のワンピースを着こなした女性。
看板には手相、姓名判断、などいろいろな事が書かれていた。

羽岡さんがその場を去ろうとしていた女性の側に行くと、露骨に顔を横に逸らされた。

失礼な人!そう思うと、思わず腕を掴んでしまった。

「何ですか?失礼じゃないですか」
「ごめんなさい。でもどうか近づかないでください……気に障ったのはわかります、すぐにいなくなりますから……」
「どうして悲鳴を上げたの」
「言って気付かれたくないの、お願いだからやめて」
「何に気づかれるの!」
「言うから離して……離してくれたら言いますから」

平身低頭に謝る占い師はカツミくんをチラリと一度だけ見るとすぐに目を逸らした。

「あなたの息子さん、酷いものに好かれてるの。両手足に仏様のような物が絡みついてる。小さな小さな仏様がしがみついて連れ行こうとしてるのよ……。こっちはその仏様1人たりとも相手したくないの。本当に気付かれたくないの……ごめんなさい……」

占い師は深く頭を下げると逃げるように去って行った。
どうしようもない焦燥感に襲われて、すぐに近くの神社とお寺に行ってお祓いや厄除けを受けた。
それしかできる事が思い浮かばなかった。

それから時を経てカツミくんは今年7つになる。

最近、よくコップを落としたりおもちゃを落としたりするのだと羽岡さんが話す。
カツミくんにどうしたの?と聞いても、うーん?と口籠る。

「本人もよくわからないみたいだけど、うまく手が動かないって言うの。病院にも連れてったけど、少し麻痺してるような症状が見られるって。原因はわからないの」

カツミ、どうなるんでしょう……と呟いた羽岡さんは、どうしようもない恐怖を抱えながら今も生活をしている。

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