取材記録2

 K川さんは相変わらずお洒落なチェーン店のカフェを指定してきた。
 再度の取材希望メールに、K川さんは「何の話ですか?」ととぼけた。いや、とぼけていた訳では無い。──まるで、忘れてしまった……様な文脈をしていた。あの貼り紙いっぱいの壁の事も、その先にあった竹林の事も。
 正直、拍子抜けをしたのは確かだった。あの画像の怪異に出会ってしまったら「何かが終わる」と、私は思い込んでいた。
 怪異なんて言うものは、大抵「生命ある者を壊す」と私は思っている。ホラー映画では呪いや怨念を紐解いていくうちに主要登場人物達は次々と死んでいくし、ネットロアにおいては軽はずみな事をした大学生が気を狂わせてそのまま──というのが通例だからだ。
 オカルトの「お約束」とでも言うべきものだろうし、なにより、そんな怪異の物語の受け手側である自分達が「それらを望んでいる」という趣旨も否めないだろう。
 彼女は、何もなかった。
 現実なんてこんなものだろう、と、メールでの文面もよくある社交辞令の定型文に変えて返信しようとした。──したのだが、彼女から再び二通目のメールが来ていた。
『そういう貼り紙の事は知りませんが、少し変わった写真が友達から送られてきたんですよ』
 ぞわっと鳥肌が立った。まさかと思った。……しかし、彼女が添付してくれた写真は、まさしく「彼」だったのだ。

 K川さんは私の事を覚えていたが、その時に話した貼り紙の話は全くと言っていい程覚えていなかった。妙だったのは、あの時、私の方が一方的に話していたというのだ。
「ほら、この写真見せてくれたでしょう? それで、友達から送られてきたこの子。あぁ、あの時見せてもらった画像にこんな子いたな、って」
 スマホの画面から、もう見慣れてしまった白黒写真がある。
「あの、これを送ってきたお友達って言うのは……」
「幼なじみです、小学生ぐらいの頃からの付き合いになるかなぁ。なんかね、彼氏と喧嘩別れしたらしいんですね? その時勢い余って自分のスマホ投げつけちゃったらしくて。画面バキバキになるは、結局彼氏と別れる羽目になるはで踏んだり蹴ったりで」
 一息置いて、K川さんは甘そうな期間限定のフラペチーノを口にした。
「で、画面バキバキだとスマホ使えないじゃないですか。まぁ、修理に出してもよかったんですけど……せっかくならって新しいスマホに買い換えたんですよ」
 はぁ、と締まりのない返事をしつつ、私はメモ帳に目を落とした。
「それで新しいスマホにデータ移行して、改めてギャラリー開いたんですって。ほら、スマホ投げつけるぐらいの喧嘩別れした男との写真なんて、早く消したいじゃないですか」
「……そうですね」
 私は、今見せられている画像に自然と目を向けていた。
「それで……これが……」
「そうなんですよ、全然記憶にない写真があったって急に送られてきたんですよね」
「変な事お聞きしますがその……『探してます』みたいな事、お友達さんは仰られてましたか?」
「…………そうですね」
 しばらく唸った後、彼女は絞り出す様な声音で、こう言った。
「でもほら、今凄い熱心な人が、探してくれてますから」
 思わずテーブルをバンっと叩いて立ち上がる。その様子を、ざわざわと近くにいたお客さん達が振り返った。
「だから別に、そんな様な事は言ってなかったですよ。ただその、ちょっと不気味だよねー、ぐらいで」
 K川さんは、私の態度に別段驚く様子もなく、もう一口、フラペチーノに口をつけて言った。
「撮った覚えのない心霊写真とか、ほら、心霊写真紹介するYouTubeのチャンネルあるでしょ? あれで何が一番怖かったって……『目線はなくて大丈夫です、全員知らない人達なんで』ってやつ。あれ、あの写真気持ち悪かったなぁ。……幽霊ってあんなにハッキリ写るものなんだ、って思いましたもん」
「あの、K川さん……」
 私の声は、震えている。
「本当に、貼り紙の件……覚えてないんですか?」
「そんな気持ち悪い貼り紙が沢山貼ってある壁なんて見つけたら、今頃私はSNSで大バズりですよ」
 コロコロと笑って、K川さんは飲み干したフラペチーノをテーブルに置いた。
「ありがとうございます、探してくれて」
 ヒュッと息を飲む私とは対照的に、彼女はさも当たり前の様にバッグに手を伸ばしていた。
「すいません、そろそろバイトなんで行かなくちゃ」
「え、……あぁ、はい、そうですね。……ありがとうございました」
 ありがとうございました。
 それは……その言葉は……、何に対して言ったのか、私は未だに分からない。「話してくれてありがとう」なのか「探してくれてありがとう」なのか、もうどっちだか……分からなくなっていたのだ。

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