赤と白色 (小説)2


前回↓


「お嬢さんはもとから、花のように明るい顔色だし、舌も元々赤いな。僕、なんでこんなに死人みたいな色なんだろう。あ、そうだ、名前なんていうの?」
「百合子」
「花の名前かあ、ご両親は迷信を信じないタイプだね。僕は翔」

 私は彼と話していると年相応にけらけらと笑えた。花束を胸いっぱいに詰め込んだくらい幸せだった。
 夕間暮れになるまで私たちはそうしていて、私が帰らなくてはならなくなったので、また会う約束をして離れた。ばいばーい、と言った彼の目が奇妙に空洞に見えた。

 川辺に行くと、翔は大体そこにいて待っていてくれた。私と話すのを好んでくれているようだった。
 私たちは何もかもを共有するようになった。最も、表面上は全てのように思われるだけだったけれど。
 今日あったこと。悲しいこと。思っていること。私はある日、あなたの腕の血管を見ていると、血が垂れるさまを考えてしまうと告白した。
 翔は一瞬目を開いたが、すぐにいつもの微笑に戻っていた。

「僕は確かに、死人みたいな色をしているからね。他の人が血を流すのとは少し違って見えるかも」
 そして、突き刺すような視線を、しかし軽蔑ではない視線をこちらに向けて、
「見たいの?」
 と問いかけてきた。私は赤面して俯いた。

 あなたの血が見たいです と言うことは、あなたを傷つけたいです と話すことだろうか。 あなたを傷つけたいです と話すことは、愛情の上では成立しないのだろうか。
 私は翔を悲しませたいわけではなかった。でも、私にしか許されないことをしてみたかった。

「わからない」
 結局答えたのはそれだった。翔は怒るでも喜ぶでもなくただこちらを見ていた。
「僕はあなたの涙を舐めてみたい」
 ポツリとそう呟いてくれた。
「百合子が持つ花みたいな頬に流れたら、朝露みたいに見えるんじゃないかと思って。だから悲しませたいわけじゃない。涙はもともとは血液なんだって。僕たち似たようなこと思ってたんだね。」

 何回も何回も、呆れるくらい話をして、悲しい話もあったけれど、話すことで少しだけ救いになり、気づけば私たちは恋人関係を結んでいた。

 ある雨の日、無人の翔の家で話していると、おもむろに、翔が果物ナイフを持ってきた。私はどういうわけか驚きもせず、ただ何だろうと思っていた。翔に傷つけられることはないと、本能で思えているのだと思った。
「僕の血が見たいって言ったから。見ていいよ。このへんかな…あ、はい。」
 私は何かを感じるより先に傷口に唇を寄せていた。

 拍動と共に流れてくる血液を喉を鳴らして飲んだ。味も香りもわからなかった。空気はまだ涼しい頃だったので、あたたかいとだけ思った。私はゆっくりと正気に戻っていったけれど、飲み続けた。
 翔は言葉をかけることはなく、たまに相槌のような声を出してくれて、大丈夫だと伝えてくれた。

次回↓

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