「あらゆる薔薇のために」読書感想文
主人公の八嶋を中心とした登場人物が患っている難病・オスロ昏睡病。彼らを巻き込む殺人事件の鍵を握るのは、オスロ昏睡病快復の際にあらわれる薔薇のかたちの腫瘍であった。
アイデンティティとはなにか。
オスロ昏睡病は、「この世のすべてに価値を感じなくなる病気」。物事の濃淡がないから、記憶も曖昧になってしまう。
そんな患者たちがオスロ昏睡病から快復した証として現れるのが、薔薇のかたちをした腫瘍だった。そんな「薔薇」の秘密が明かされたときに彼らを襲ったのは、自分という存在の不確かさであった。
簡単に説明すると、薔薇の腫瘍はある一人の子供の価値観をつかさどっているものであり、オスロ昏睡病の患者たちが持っているのは、その1つの腫瘍を切り分けて移植したものである。つまり、「薔薇」を持つ元オスロ昏睡病患者は皆、精神的には同一人物で同じ価値観を共有する者同士なのである。
この物語では「自分の精神は他人のコピーの1つでしかない」。
その通りだけど、「薔薇持ち」たちの考えや性格は確かに違っていた。元が同じものでも、時間がそれぞれを別のものへと変えていった。自分と全く同じ時間を過ごしてきた人はいないし、自分が生きてきた時間がアイデンティティを形作っている。覆しようのないこの事実を以て、私は私を大切にしたい。
愛の本質を提示する
「価値観が合う」「共通の趣味」「好きなアーティストが同じ」とか、そんなきっかけがしばしば恋愛をスタートさせる。人間は、自分と感性が同じ相手に自然と惹かれていくのだと思う。
それは、八嶋と涼火も同じだった。二人は、川岸の水たまりの縞模様をみて「木星みたい」だと思う。お互いの、考えもしない見解を相手は当たり前のように受け入れる。そんな存在を特別に思った。
この世に数えきれないほどの人がいるなかで、同じ眼差しをもつ人が存在する。その希少性こそが、愛の正体だったのだ。
そんな愛の本質に気づいたとき、私たちは自分を理解してくれる存在を何百倍も愛おしく思うのではないだろうか。
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