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【AZアーカイブ】使い魔くん千年王国 第二十四章&二十五章 開戦&地獄の門

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【第二十四章 開戦】

翌朝、三人は荷物を背負い、魔女のホウキで火竜の山へ向かう。

しばらくして、シエスタが眼下に古い寺院のような遺跡を見つけた。占い杖が指すのもそこだ。三人はゆっくりと、寺院の手前に舞い降りた。大きなドームと尖塔は、回教の寺院に似ている。
「ふむ、門には魔法で封印がしてありますな。いや、寺院全体にか……上からは入れませんし、ここを開けましょう」
コルベールに開錠を任せるが、結構頑強な封印のようだ。

ふと、門の脇の碑に彫られている文字に気がついた。手のひらで埃を払う。そして文字に、ゆっくりと視線を這わせる。これは、失われた古代ヘブライ文字だ。
「……まさか、『創造(イェジラ)の書』…か!? なぜこれが、ここに」
悪魔召喚のために、悪魔自らが書き記したとも言われている禁断の魔術書。その断片だった。「二人とも、開きましたぞ! さあ、入りましょう」

「……っきゃ、何これ!? 石像?」
門の中のホールにあったのは、一対の竜の石像。おそらく六十年前に封印された二頭の火竜だ。ファウスト博士が石化の魔法でも使ったのだろう。今にも動き出しそうな迫力だ。コルベールは熱心にあちこち触っている。
「ふむ、石化か。固定化の魔法はここでもしっかりしたものらしいですな。ミスタ・マツシタの師匠は、いったいどれほどのメイジだったのか……」

「占い杖がもっと奥に行きたがっている! 火竜の封印は後で解くとして、ひとまず奥に進もう」
扉をまた開錠し、奥の部屋に入る。螺旋階段が地下に続いている。何十メイルか下ると、広い地下空間があり、湿った土に何かが描かれている。
「……やはり……これは……!」

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懐かしい、見覚えのある図形と数字。幼い頃から慣れ親しんできたもの。
「これは…『悪魔召喚』の魔法陣か……!」
ファウスト博士の異世界における遺産。その一つが、この魔法陣だったのだ。近くの石碑には博士の字で、火竜解放の合言葉も書いてあった。

せっかくだ、この際悪魔召喚を試してみようか。火竜もなかなか魅力的だが呼び出すからには火竜よりもずっと強力で、従順な奴が欲しい。地獄の番犬ケルベロス? エジプトの聖蛇ウラエウス? それとも魔界の貴公子メフィストフェレス? ソロモンの笛がないのが残念だが、これらのマジックアイテムでいくらか代用できるだろう。カネもある。

「ミスタ・コルベール! シエスタ! 協力してくれ! ぼくはこれから、悪魔を召喚して戦力に加える!」

「『この麗しき日に、始祖の調べの光臨を願いつつ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、畏れ多くも祝福の詔を詠みあげ奉る』……で、これから、次に火に対する感謝、水に対する感謝……順に四大系統に対する感謝の辞を、詩的な言葉で韻を踏みつつ詠みあげる……」

一方、こちらはトリステイン魔法学院。ルイズは、自室に篭って詔の作成に余念がない。王宮の文官などに草案の写しをもらったりはしたが、やはり一世一代の晴れ舞台だ、歴史に残るものは自分の手で作ってみたい。

が、いまいち上手い文句が思いつかない。あと二週間で長ったらしい詔を作るのは大変そうだ。
「はぁぁぁ、どこかにこうゆうのを作るのが得意な、麗しい貴公子様はおられないかしらねぇ……」机に突っ伏し、ルイズは溜め息をつく。

系統魔法どころかコモンマジックも碌に使えないルイズには、別に四大系統に感謝する気もない。でも水なら姫様の、トリステイン王国の系統だし、よく傷の治療で世話になるから、これから作ろうか。

松下たちが火竜の山に飛んだ、その日の夜。空は暗雲に包まれている。

タルブの村の人々は不安に駆られていた。ラ・ロシェールの方角から爆音が聞こえてきたのだ。しばらくすると、空からいくつも巨大なフネが降りてきて、タルブの草原に錨を下ろし、上空に停泊する。その甲板から無数の火竜が飛び上がった! 新生アルビオンの空中戦艦だ。

「あああ、あれはアルビオンの艦隊じゃないか! 不可侵条約のお触れが出たばかりなのに!」「やっぱり奴ら、この国も攻め取るつもりだったのか」
村人達は家に隠れていた。宣戦布告なしの奇襲だ。しかし何があるわけでもないこのタルブに空襲とは。火竜は竜騎士を乗せており、口から火炎を吐いて立ち並ぶ家々や森の木々を焼き払い始めた! 巨大な空中戦艦からは砲門が多数突き出し、そこから轟音と共に次々と砲弾が撃ち出される!

「い、いかん! 家にいると狙い撃ちにされるぞ、山に逃げろ!」
シエスタの父が先導し、家族は揃って家から飛び出す。他の家からも村人が逃げ出した。あの子供と娘、それに禿頭のメイジはどうしているだろうか?
闇夜の中で、阿鼻叫喚の地獄絵図が描かれようとしていた。

御使はその香炉をとり、これに祭壇の火を満たして、地に投げつけた。
すると、多くの雷鳴と、諸々の声と、稲妻と、地震とが起こった。
そこで、七つのラッパを持っている七人の御使が、それを吹く用意をした。
第一の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、血の混じった雹と火とが現れて、地上に降ってきた。そして、地の三分の一が焼け、木の三分の一が焼け、また、全ての青草も焼けてしまった。
―――新約聖書『ヨハネの黙示録』第八章より

「ッははははは、容易いことだ! 人間どもがゴミのようだ!! 見ろ、あの脆さを!」
魔眼のワルドは戦艦レキシントン号の甲板から、タルブの村が滅ぼされる姿を見て嘲笑っていた。ベリアル老からの連絡で、ガリアとゲルマニアが動かないことは分かっている。港町ラ・ロシェールと、平原がある近郊のタルブの村を占領し、トリステイン侵攻の拠点とする作戦だ。近在の領主はすでに洗脳・篭絡してある。あとは軍を集結させ、王都トリステインに攻め寄せるばかりだ。

「……私はあんまり、こういうのは好きじゃないね。戦争じゃない、ただの虐殺は、さ」ワルドの隣にいた女、土くれのフーケは呟いた。盗みは好きだが、殺しは好きではない。
「そうかね。だが、戦場では存分に働いてもらうよ、マチルダ」
奇襲作戦は大成功だ。新生アルビオン――貴族連合レコン・キスタ、いや、『神聖アルビオン共和国』の軍勢は集結を開始する。そして神聖皇帝ことクロムウェルもレキシントン号に乗り込んでいる。

「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、われわれは求め訴えたり」
「エロイムのエッサイム、エロイムのエッサイム」「ミスタ・コルベール、『われわれ』ではなく『我』でいい。それにシエスタ、呪文に『の』をいれちゃだめだよ」「は、はい、申し訳ありませんメシヤ」

魔法陣を発見してから丸一日ばかり。寺院に戻り、火竜を合言葉で解放して仲魔にすると、松下は薄くなった線を書き直したり、数字の配置を検討したりと、悪魔召喚に向けて余念がない。コルベールとシエスタは弁当を食べたりしながら、それを手伝った。幸い儀式用の道具一式も残してあったのだ。そして、三人は遂に悪魔召喚の儀式に挑もうとしていた……。

「大気の生霊を呼び出すのは僕がやる。きみたちはここで魔法陣に向かい、一心不乱にさっきの呪文を唱え続けてくれ。途中で何があろうと、いいというまで中断しないでくれ」
「分かりました、メシヤ! たとえこの身が塵になろうとも!」
「しかし平民の彼女に『サモン・サーヴァント』は使えないのでは」
「これは『東方』の秘術です。彼女にも呪文を唱える口はある。言霊というのは、誰にでも備わっているもの。メイジはその力がやや強いだけに過ぎません」松下が持論を披露し、コルベールの反論を封じる。

【第二十五章 地獄の門】

大気の生霊を呼び出すため、外界に出る松下。太陽が地平線の上に出るまでに呪文を唱えなくては。しかし、眼下遠くの闇には、燃え盛る炎が見えた。タルブの村の方角だ。轟音も聞こえる。
あっ! あれは、フネ(飛行船)ではないか……空襲か!」
さしもの松下も仰天し、寺院に戻って二人に急を知らせる。

「何てこと! あれは、アルビオンの艦隊ではないですか」
「奴らめ、不可侵条約などとはおこがましい。覚悟はしていたが、全くの奇襲ですぞ」「ど、どうしましょうメシア! 村が……!」

「ミスタ・コルベール、シエスタ。火竜たちに乗って、急いで村人をここまで誘導しましょう。それから悪魔を呼び出します」
山の麓には、すでに村人の姿も見られた。火竜に追われている者もいる。
「はい、ミスタ・マツシタ! 一刻を争いますな!」

艦隊からは、凶暴なオーク鬼やトロル鬼も降下し、人間を貪り喰らう。松下とコルベールは魔法でそれらを撃退しつつ、村人たちを山の上へと導く。シエスタも村人たちを宥め、いくらか死傷者は出たものの、数十人が寺院へと避難できた。村はなお、燃えている。

「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、我は求め訴えたり!
 朽ち果てし大気の生霊よ、眠りから覚めよ!
 気体より踏み出でて、万人の父の名の下に行う、我が要求に答えよ!!」

火竜の山の崖上。松下は全身に汗をかきながら、一心不乱に呪文を唱える。地水火風の激しい変動が起こり、黒雲は渦を巻いて雷雨が降り出す。落雷が火竜を撃墜する。もうすぐ夜明けだ、早く召喚を完成させなければ。やがて黒雲の中から白く巨大な『生霊』が現れ、ザワザワと音を立てて近づく。

「天地万物を混乱に陥れている地獄の悪鬼よ!!
 陰気なる棲家を去りて、三途の川の此方へ来たれっ!!」

地下の魔法陣の中の大地が鳴動し、生臭い空気がたちこめる!コルベールとシエスタの眼前で、円形の魔法陣の中の大地は、ドロドロの溶岩のように廻り出した!松下に誘導された生霊は、物凄い音とともに魔法陣の中へ飛び込む! ずるり、とその中から、人間の形をしたものがせり上がる。いや、さらにその下にも……。

「おおっ」
召喚されたのは、いくつもの彫像が刻まれた、巨大な青銅の門であった。その上には松下しか読めない文字で、こう書いてあった。

Per me si va ne la citta dolente, per me si va ne l'etterno dolore,
per me si va tra la perduta gente. Giustizia mosse il mio alto fattore;
fecemi la divina podestate,la somma sapienza e 'l primo amore.
Dinanzi a me non fuor cose create se non etterne, e io etterno duro.
Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate' 

すなわち、

我を過ぐれば憂ひの都あり、我を過ぐれば永遠の苦患あり
我を過ぐれば滅亡の民あり。義は尊きわが造り主を動かし
聖なる威力、比類なき智慧、第一の愛、我を造れり
永遠の物のほか、物として我よりさきに造られしはなし
しかしてわれ永遠に立つ
汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ

……と。

翌朝。トリステイン魔法学院にも、早くも急報は伝わっていた。
「たたた、大変だ! 戦争だ! 諸君! アルビオン軍が攻めてきた!
「「ええっ!?」」
生徒や教師の間に、動揺が広がる。

「ラ・ロシェールとタルブの村を奇襲で占領して、戦艦が次々と降下しているらしい」「やっぱり! レコン・キスタは最初からトリステインを攻める気だったんだ!」「でもゲルマニアからの援軍は間に合いそうにない……けど、どうなるんです?」「うむ、それで、アンリエッタ姫殿下が、おん自ら軍を率いて出陣するとかしないとか」「姫様が!?」「マザリーニ枢機卿はお止めしたらしいけど……」

タルブと聞いて、ルイズは飛び出す。
「タバサ! シルフィードを出して! タルブの村へ行くわ!」「了解」
「私も行くわ。マツシタくんも行っているんでしょ?」
いつもの面々が集まり、空へ。しばらくすると、ルイズのポケットから声が聞こえてきた。松下から預かっていた、遠隔通話用のマジックカードだ。

『ぼくだ、ルイズ!松下だ! タルブにアルビオン艦隊が攻めて来た!』
「ええ、知っているわ! 今、タバサの風竜でそっちに向かっているの! 無事でしょうね!?」
『今は山奥の寺院にいる! 村人のいくらかはここに避難させた。これからぼくは悪魔を召喚し、艦隊にぶつける!! なるべく離れていろ!』

簡潔に用件を伝え、通話を終える。松下は全身の力を使い果たし、ぐったりしている。
「め、メシヤ、この『門』は何なのでしょう……」
La Porte de l'Enfer……これは『地獄の門』だよ、シエスタ。これを開けられるのは罪と死か、神とメシヤかだ。今からこれを開け、悪魔の力でアルビオン艦隊を滅ぼしてやろう。肩を貸してくれ」

「今の、マツシタくんから?」
キュルケが問い、ルイズは肯く。シルフィードに乗り、最大速度でタルブへ向かう。早くも煙と炎、そして巨大な艦隊が平原に集まっているのが見えてきた。黒雲から雷雨が降りしきっているが、炎が弱まる様子はない。

「私たちにはできることもなさそうね。それとも艦隊に突っ込んでみる?」
「あるわよ、できること! 村人だって生き残りがいるでしょうし、多少の損害を与えて足止めとか……」
「焼け石に水ね。とりあえずマツシタくんと合流しましょう」「同意見」
冷静なキュルケとタバサに、トリステイン人のルイズは激昂する。山の方に寺院らしき建物が微かに見える。あそこにマツシタたちがいるのだろう。
「さ、行くわよ。『ゼロ』のルイズに、何ができるっていうの」

ッッッ! ツェルプストー! 馬鹿にしないで! 私は、私は、『ゼロ』なんかじゃ……!!」
その時、ルイズの脳に直接声が響く。指にはめた『水のルビー』が輝き、『始祖の祈祷書』と共鳴し始める。白紙のページに、文字が浮かび上がる。

《否、お前は『ゼロ』だ。偉大なる『ゼロ』なのだ》
《おお、『虚無』よ。大いなる『虚空の蔵』よ》
《万物の最小の微塵は汝のものなり》
《開け、その力で『虚無の門』を開くのだ》
―――『ゼロ』という二つ名もそう悪いものでもない。『東方』でゼロは『0』と書くのだが、これはプラスにもマイナスにもなる無限の可能性を持った円環であり、未分化の力であるウロボロスの蛇を象徴する。また無尽蔵の扉である時空間の子宮でもあり、仏教における……
……だから現代量子力学における『ゼロ』というのは、無限大と無限小の……
エネルギーがどこから湧き出すかと言えば、つまりさっき説明した次元間の断裂が……―――

地上で詠唱される松下の呪文にあわせ、トランス状態になったルイズは……『虚無の門』を開く呪文を唱え始めた。

「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり……」

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