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【AZアーカイブ】使い魔くん千年王国 第二十六章&二十七章 審判の日&悪魔くん

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【第二十六章 審判の日】

黒雲と雷雨の中、地水火風は再び激しく変動する。大地は揺れ動き、あちこちで稲妻と竜巻が起こる。

「「「「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム……」」」」

地下の魔法陣、いや『地獄の門』の周りでは、救出された村人たちが手を繋ぎ、口々に怪しい呪文を唱えていた。まるで気が触れたかのように、村人の叫びは大きくなる。

「おらの連れ合いを奪った奴らに、死を!」「父ちゃんを返せ!」「姉さんを返して!」「熱い! 火傷が痛い!」「あたしの子供を、家を返せ!」

地上では、シエスタとコルベールに支えられた松下が、残る魔力を振り絞って。空の上、タバサの駆る風竜シルフィードの背では、キュルケに支えられたルイズが、溜め込んだ魔力を振り絞って。互いの口はシンクロして動き、同一の呪文を紡ぎ出す。門を開くための禁断の言葉を。

EL ELOHIM ELOHO ELOHIM SEBAOTH
ELION EIECH ADIER EIECH ADONAI
JAH SADAI TETRAGRAMMATON SADAI
AGIOS O THEOS ISCHIROS ATHANATOS
AGLA AMEN

天と地の間で呪文が完成し、地獄の門が大地を突き破って、暗黒の地上へと浮かび上がる。そして、聞いた者の魂を削り取るような轟音と共に、ゆっくりと開く。

第五の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると私は、一つの星が天から地に落ちてくるのを見た。……そして、『底知れぬ所の穴』が開かれた。穴から煙が大きな炉の煙のように立ちのぼり、太陽も空気も暗くなった。その煙の中から『蝗』が地上に出てきたが、地の蠍が持っているような力が彼らに与えられた。彼らは、地の草や全ての青草、また全ての木を損なってはならないが、額に印のない人たちには害を与えてもよいと言い渡された。
―――『ヨハネの黙示録』第九章より

何万という戦車のような、激しい響きがした。羽音だ。それは虚無の深淵、すなわち地獄から沸き起こる、無数の悪魔どもの羽音であった。

灼熱の黒雲が、地獄の門から沸き出す。そしてアルビオン艦隊へ、まっしぐらに向かっていった。

騎兵の数は二億であった。……乗っている者たちは、火の色と青玉色と硫黄の色の胸当てをつけていた。それらの馬の頭は獅子の頭のようであって、その口から火と煙と硫黄とが出ていた。この三つの災害、すなわち彼らの口から出て来る火と煙と硫黄とによって、人間の三分の一は殺されてしまった。
―――『ヨハネの黙示録』第九章より

黒馬に跨る獅子頭王ヴィネが、毒蛇を纏わせた腕から嵐と雷を放つ。松明を掲げ空飛ぶ大蛇に乗る火炎公アイニが、三つの頭から地獄の業火を吐く。黒い天使の姿をした浴槽の公爵ピュセルが、氷の剣を振るって吹雪を巻き起こす。赤黒い毛皮を持つ豹公フラウロスが、爆炎を放って竜騎士を撃墜する。黒い大鳩の姿をした死と破滅の伯爵ハルパスが、嗄れ声とともに浮かぶ魔剣を振り回す。大蜘蛛の体と三つの頭を備えた東の王バエルが、巨大な脚で戦艦に跳び移る。さらに、さらに、さらに。

暗雲と日蝕の闇の中、松下とルイズによって虚空に開いた地獄の門から、名も知れぬ無数の悪鬼が黒雲のように沸き起こり、全長200メイルの巨大軍艦レキシントンに取り付く。アンドバリの指輪で魂を失った敵兵の肉体を噛み千切り、貪り、両断し、焼き尽くし、凍結し、押し潰し、爆砕し、屍山血河を作る。ばらばらと木片や肉片が降り注ぎ、地面を朱に染めた。貴族も平民も、人間もオーク鬼もトロル鬼もオグル鬼も、火竜も風竜も平等に、おぞましき死の手に渡される。

「……うはははははは、やりおったな『東方の神童』に『虚無の担い手』!
ならば、この私が相手だ! かかって来い悪魔ども!」
ワルドが武者震いして嘲笑い、空中に飛び出すや黒い煤煙が全身から噴き出す。そして大気と大地が震え、虚空に巨大な魔眼が現れた。バックベアードである。

魔眼のひと睨みで弱い悪鬼は吹き飛ばされるが、地獄の貴族たちには効果が薄い。バックベアードは無数の触枝と手足を伸ばし複数の悪魔と渡り合う。さらにワルドの姿の『遍在』も出すが、こちらも悪鬼を蹴散らすのが精一杯だ。マンモンとメルコムは、逃げるが勝ちと悪魔の群に合流する。

「陛下、脱出を! このままでは、墜落します!」
「しぇ、シェフィールド殿……余は……余は……」
フードを被った黒髪の女がクロムウェルに叫ぶが、彼はあまりの事に放心している。「ええい、早く! 行け、鴉よ!」
翼長10メイルはある大鴉が、シェフィールドの背中から飛び出し、クロムウェルを鉤爪で攫う。その背中に飛び乗り、彼女もフネから脱出する。

「妖怪よ、立ち去れっ!」
松下の腕から祝福されし銀の槍が飛び、魔眼をどすりと貫く。
「「ッぎゃああああああああああああああああ!!!」」
絶叫と共に『魔眼』は煙のように掻き消え、白髪で老人のように痩せこけたワルドが地上に落下する。それを、先程の大鴉がさっと拾い、ついでに飛び降りたフーケも乗せると、いずこかへ飛び去った。松下は、ぐったりとシエスタの胸に寄り縋る。

ズゥ………ン、ズゥ………ンと、黒雲に包まれた戦艦が次々に墜落していく。

敵艦隊、殲滅。生き残りなど、いるのだろうか。いまや村も草原も、炎と死肉とフネの残骸に溢れている。

「この世の、終わりじゃ……」「おお……始祖ブリミルさま、どうかお慈悲を……」「わしもつれていってくだせ、わしもつれていってくだせ」
逃げ延びたタルブの村人たちが地上に出ると、眼下には文字通り地獄が広がっていた。コルベールの顔色も、蒼白だ。
「メシヤ。全て、落ちましたよ」シエスタは松下の小さな体を抱きかかえ、至極冷静に、戦艦の数を数えていた。

松下は右手を上げ、天を指す。ざあっと黒雲が左右に開き、黒く翳った太陽と二つの月が姿を見せた。日蝕の闇の中、夜宴は終わりを告げる。

無数の悪魔たちは、何万もの雷鳴のような物凄い響きとともに天高く舞い上がり、日蝕が終わろうとする太陽と月の影へと吸い寄せられていく。そこへ地獄の門が飛び上がり、悪魔たちと地上の残骸を吸い込んでいく……。

永劫とも思える時が過ぎ、悪夢の日蝕は終わった。黒雲は消え去り、暖かな日差しが廃墟と化した地上を照らす。

ルイズと松下は精魂が尽き果て、同時にばったりと倒れ伏した。

【第二十七章 悪魔くん】

「こ……これは、何事です!? 何が、ここで起きたのですか!?」
翌日の午後。アンリエッタ王女は、ユニコーンに跨り魔法衛士隊を率いて、ようやくタルブに到着した。そこで彼女が見た物は、完全に焦土となったタルブの村であった。その跡地にいくつか天幕が張られ、生き残った者たちが治療を受けていた。キュルケが彼女の姿を見かけ、声をかける。

「あなたはアンリエッタ王女! よくぞお出で下さいました! あの、あちらでルイズたちが治療を受けています」
「ええっ、ルイズが!? な、なぜ、どうしたのですか!?」
「彼女たちの活躍で、アルビオン艦隊は跡形もなく全滅したのですよ。お見せしたかったといいますか、ご覧にならなくてよろしかったといいますか」
あの光景を見たキュルケの顔は、なお蒼白だった。

王女は急いで馬を降り、教えられた天幕へ駆けつける。そこには、力尽きて昏睡しているルイズと松下がいた。
「あ、ああ……ルイズ! それに、使い魔さん!」
「いいえ、彼はメシヤですわ、王女様」
傍で看護している少女が、毅然とそう言った。
「あの……貴女は、どなた?」
「お初にお目見えいたします。トリステイン魔法学院の使用人、シエスタでございます」

王女は戸惑った顔を見せたが、魔法衛士隊や追って来た重臣たちを集めると、アルビオンとの緒戦に勝利した事を力強く宣言する。
「我々は、彼女たちの活躍と始祖ブリミルの加護により、奇跡的に敵艦隊を追い払う事に成功しました。とりあえず、今回の戦いで犠牲になられた方々に、黙祷と哀悼の意を捧げます」

丁重に王宮に運ばれたルイズと松下は、三日三晩昏睡状態にあった。そして四日目の朝、二人は同時に目を覚ました。
「ふわぁぁあああああ、ああ、よく、寝た」
「ええ、よおおおく寝たわ。かつてなくバッチリの気分よ!」

付きっ切りで看護していたシエスタや信者、タルブの村人は、歓呼の声を挙げる。
「メシヤ! ああ、我らのメシヤが復活されたわ!!」
「「メシヤ万歳!! 千年王国万歳!!」」
「「AMEN!! AMEN!! AMEN!!」」

「な、何? いきなり吃驚するじゃない、シエスタ」
「ああ、きみたちか。どうやらアルビオン艦隊は殲滅出来たようだね。だがきみたち、今日のところは『トリステイン王国万歳』と唱えたまえ。これでアルビオンも、しばらくこの国に手を出そうとは思わないだろうから」

騒ぎを聞きつけ、アンリエッタ王女もいそいそと駆けつけた。
「ああ、ルイズ! ミスタ・マツシタ! やっとお目覚めですね! 本当に……心より感謝いたします。あなた方は、『救国の英雄』ですよ!」
「姫様! わ、私……無我夢中で、何がなんだか、さっぱり」
「姫殿下、ご無事でなにより。今度の褒賞はこの国でもよろしいですか?」
松下は相変わらず、松下だ。

その翌朝。
論功行賞の結果、ラ・ロシェールの町の収入の十分の一がルイズに、タルブの村一帯の領地が松下に与えられた。もっとも両方とも手ひどく破壊されたため、復興が急務である。なにより国防最前線の軍港として、もっと大きくする必要もあった。松下は地図を貰い、シムシティ気分で大張り切りだ。

「早速、復興事業を始めよう。発注業者の入札制度はあるようだ。ほとんどの家屋と森林が失われたから、かえって再建が早くなるな。貴族から絞り取った余剰資金を投入しよう。住民は今回の件の難民に加えて、国内の商人やあぶれメイジや盗賊・傭兵などを掻き集め、厳しい法律と教義で鍛えて、ぼくの私兵集団とする。税金はしばらく免除だ。ラ・ロシェール空港のバックアップも行えるようにして、将来は国際的なハブ(主軸)空港としての役割を担わせる。竜や『魔女のホウキ』の発着場も作っておこうか?」
お付きの文官連中を率い、8歳の領主さまは様々な青写真を描く。

「役所をここに建てて、軍港にふさわしい施設と、銀行に病院に、歓楽街。ファウスト博士とムラシゲルの銅像も、地域の功労者として立派な物にしてやろう。そうだ、今回の記念に、ぼくやルイズやシエスタ、ミスタ・コルベールや火竜たち、それに『地獄の門』の銅像も建てておくかな。慰霊碑と戦勝記念碑も必要だ。記念館もあとで建てよう」

「それで、結局何がどうなったの? そろそろ説明してよ」
「ぼくは地獄の門を呼び出し、きみと協力して悪魔の大群を召喚したのだ。ちとやりすぎたかな。悪魔が十数体程度で良かったのだが、きみの潜在魔力は予想外のものだったよ。やはりきみの系統は、失われた『虚無』だったのだ。ぼくを呼び出しただけのことはある。流石にあれほどの大軍団は召喚できないだろうが、幾柱かの悪魔とはコンタクトが可能になった。……もっとも、いちいちタルブの山奥まで行かねばならないから、もっとコンパクトな召喚方法はないか、と思っているがね。連れ歩くのも面倒だし」

数日後、タルブの村に復興の槌音が響き始めた。松下が陣頭指揮を取り、ルイズが呆然と眺めている。王女も前線基地を視察に来た。
「やあ姫殿下、ご機嫌麗しゅう。時に今回、あつかましくももう一つお願いがあるのですが」「まあ、何かしら? ご恩には報いなければなりませんが、この国は差し上げませんよ」
コロコロと王女が笑う。腹黒さではいい勝負かもしれない。

「ははは、流石にまだ早いですよ。戦争も始まったばかりですから。そこでお願いなのですが、戦争に勝利したら、アルビオン全土をぼくに下さい。ぼくでダメなら、誰か高名で誠実な無能者をアルビオンに立てて頂けばよい。不肖このぼくが、その者の黒幕としてかの地を支配しましょう。ルイズなどはどうです?」

王女も絶句する。ここまで図々しい『お願い』があるか。

「……ふふ、考えておきますわ。でも、アルビオンはそのうち王政復古をさせたいのです。レコン・キスタとの戦争が終結すれば、その国内に貴族として封建するかも知れませんが、何年かかるやら」
「それでもよろしい、言質はとりましたぞ。あと、ぼくはトリステイン王国にではなく、今のところは『ルイズに』仕えているという事をお忘れなく」
互いににこやかに笑い、会談は終了した。

「マツシタ! まさかあんたまた、姫様に変なお願いしたんじゃあないでしょうね!」ルイズが鋭く感づき、松下に詰め寄る。
「大体あんた、とうとう領地なんか貰って、これからどうする気?」

松下は、至極冷静に、今後の活動方針を語る。

「そうだなあ、手始めにアルビオン全土を掌握して、やがてはトリステインから正式に独立し」「それから空軍力でガリアを辺境から蚕食するか、戦力が充実していれば直接王都を空襲して降伏させ」「ガリアの有力貴族やゲルマニアは、賄賂や手紙やこの魔酒で結束を弱めておき」「各地に諸侯を分立させ、国内がガタガタになるほど揺さぶった後」「平民や下級貴族たちには宣教と白い粉で革命に賛同させて、流言蜚語で上層部を混乱させ」「そして悪魔の力で一気に無政府状態を作り、最小限の流血を以って、汎大陸人民革命を成就させる」「ぼくはメシヤとなり、きみは『聖母』となるだろう!」「なあ、ぼくの忠実なる『第一使徒・ルイズ』よ」

ルイズは、がっくりと崩れ落ち、頭を抱えた。

ああ……やっぱりこいつ…………『悪魔』だわ。

【第一部・完】

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