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【AZアーカイブ】使い魔くん千年王国 第二十二章&二十三章 日常非日常&二つの銅像

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【第二十二章 日常非日常】

「面目しだいも、ございません」
ルイズは王女の前に平伏する。眼は泣き腫らし、肌や髪はなかなか落ちない黒い煤で汚れたままだ。

深夜の王城、秘密の謁見室。シルフィードで浮遊大陸アルビオンから帰還し『水のルビー』と『風のルビー』を衛兵隊長に見せて裏口から入城したルイズは、アンリエッタ王女に詫び続けていた。
「面を、あげなさい」
アンリエッタが涙をこらえ、窓の外の双月を見ながら言う。

ウェールズ皇太子の形見と遺言は受け取ったが、愛するウェールズは、親友の許婚であり自分が護衛につけたワルド子爵の裏切りで殺された。件の手紙も『レコン・キスタ』の手に渡った。もうゲルマニアとの同盟は叶わないのだ。「この不始末は、私の首で」

「ルイズ、私のお友達。あなたまで死に急がないで。ウェールズ殿下のことは、覚悟していました。母君マリアンヌ太后も、御義兄君ジェームズ1世陛下を亡くされた事になる」「姫様……」
「不始末というなら、私の方。結局、私の軽佻な行為の尻拭いをさせ、あなたを苦しめたのです。そして、我がトリステインも、アルビオンのように…私の、せいで」
王女は大きな瞳いっぱいに涙を溜めていた。王族としての責務が彼女に重く圧し掛かる。

「全くその通りです、姫殿下。そして手紙というのは、これのことですか」
窓の外から子供の声。魔女のホウキの上から松下が謁見する。
「ま、マツシタ! あんた姫様になんてことを……って、手紙?」
松下は、ボロボロの封筒に入った手紙を手にしていた。その封蝋にあるのは、トリステイン王家の紋章。

「無用心な御主人様に代わって、ぼくが管理しておいたのだ。奴に取られたのはダミー・トラップさ。今頃は手を火傷しているだろうね。ケセラセラ」
続く松下の報告では、ニューカッスル城にいた人々の多くには死相が出ていて、どうしようもなかった。ただ、脱出船に乗った子女数人に金品を渡し、密かにトリステイン側の諜報員にしておいた。一般人だからあまり期待はしていないが、新生アルビオンの噂話程度は聞けるだろう、との事。

王女は彼がルイズの使い魔であることを思い起こし、ほっとする。しかし松下から手紙を受け取り、涙をハンカチで拭い去ると、毅然として言い放つ。
「有難う。では、この手紙も焼き捨てます。本物でも贋物でも、そもそもあってはならない物です」「姫様! でも……」
「もう皇太子はこの世にはおられません。私はゲルマニアに嫁がねば。さてルイズ、ご苦労様でした。休息を充分に取ったら、またあなたに頼みたい事があります。オールド・オスマンから三日後には連絡が来るでしょう。それまでお休みなさい」

王女の言葉に、松下は口を尖らせる。

「おや、ただ働きとは都合のいい。彼女は友情で働かされても、ぼくは褒賞を要求しますよ。慈善事業ではないのだから、治療費と交通費と使用秘薬代と危険手当、それにマジックアイテムとカネですかな。今回は爵位と領地があるなら、それでもいいですよ。どっち道、戦争が始まるのだから懐具合は厳しかろうが、貰えるものは今のうちに」

「……マ・ツ・シ・タああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」KA-BOOOOOM!

ぶち切れたルイズが松下に爆発魔法を放ち、深夜の王城は「テロリストか!」と騒然とした。

「御主人様、お帰り。姫様からの御用件は何だったのだね?」
「ふ、ふん、あんたが知る必要ないわよ! 姫様から褒賞にマジックアイテムとか貰ったんでしょ」
「きみも水のルビーを貰っていたな。王城に出入りするのが楽になる」

ルイズが仰せつかった新たな任務は、今日正式に発表される、アンリエッタ王女とゲルマニア皇帝アルブレヒト三世の結婚式の巫女になる事。その儀式のため、王家に伝わる『始祖の祈祷書』が貸し出された。始祖ブリミルが書いた秘宝だとか。

「……でもこれ、白紙を束ねたボロボロの冊子じゃない。儀礼だからっていいのかしら」「言い知れない魔力は感じるが、ぼくにも何も見えないな。そもそも『読む本』ではないのかも知れん」
それより、これを持って式で詠み上げる荘重な詔を作るのに、ルイズは四苦八苦していた。

結婚式まで一ヶ月。それに先立ち、両国間に軍事同盟が締結される。つい先日、トリステインと不可侵条約を締結した新生アルビオンとは、互いに準備が整い次第、当然の如く戦争になるだろう。ともあれこうしてハルケギニアには、表面上の平和が訪れた。

「モンモランシー! きみに伝えなかったのは悪いと思っている。心から謝るよ。だが僕は国のために任務を果たしただけで、決してルイズやキュルケとの浮気旅行じゃもぐらっ
食堂の外で、ギーシュがまたモンモランシーにボコられている。一応彼も、酒場で油を撒いて傭兵たちを撃退したり、フーケの目を砂煙で晦ましたり、使い魔の鼻でルイズの持つ『水のルビー』を嗅ぎつけたりと活躍したのだが……まあ、いつものことだ。近くでキュルケが面白そうに見物している。タバサは本を読みながら、はしばみ草のサラダを食べている。

「……何かしら、この黒い煤玉? 最近物陰に溜まってるのよね。田舎のお祖父さんが言ってた、ススワタリとかいうモノかしら」
掃除中のシエスタが呟く。なんとなく煤玉に『眼』がある気もしたが、気味悪いので焼却してしまうことにした。

「さ、掃除終了。休暇も貰ったし、久しぶりにタルブ村に帰りましょう。そうだ、我らのメシヤもご紹介しなきゃ。きっと信者になってくれるわ」
シエスタは光のない瞳にぐるぐる渦巻きを浮かばせ、そう言って薄く笑う。
厨房の人々は、松下がいない間、彼女がうつろな表情で『空の鍋』をかき回しているのを見て戦慄したという。

《タバサのマツシタ観察日記:某月某日》より

今日の彼は、ホウキに乗って王都トリステインに出かけた。裏路地のチクトンネ街へ行くと、『ビビビンの秘薬屋』へ入る。聞いていれば、粗悪品を真正品と偽って何度か売りつけられたらしい。しばらく言い争う声がする。やがて街中から無数の野良猫が集まってきて、店の中へ突入した。数百匹はいただろうか。四つん這いでリボンをつけた、猫っぽい顔の少女もいた。激しい猫の鳴き声と男の悲鳴が聞こえ、静かになった。そっと店の窓から覗く。

「もうきみには店を任せられないな。この店と秘薬の流通ルートは、ぼくが選んだメイジたちに管理させる。ついでに隣の武器屋もだ。こちらは信頼できる元傭兵連中に任せよう。きみはクビだ」
店から無数の野良猫が出て行く。それに乗せられて店の主人だったらしい、みすぼらしい男が出て来た。猫たちはズタボロになった彼を乗せて、路地裏の暗い方へ去っていった。

「山の彼方の異世界には『猫の国』というのがあって、そこでは連れ去られた人間が何十年と修行して猫になりきり、猫の国の市民権を得るのだとか。でもあいつは『ねずみ男』だから、餌になって終わりかな」
そう言ってマツシタも出てくると、こちらに歩み寄ってきた。
「やあ、ミス・タバサ。いいところで会ったね。きみは確かガリア出身だろう? そちらにも商品流通ルートを開拓したいから、協力してくれないか」

私は少し震えたが、母様の病気を治せる薬が手に入るかもしれない。そう思い、差し伸べられた手を、取った。

学院に帰還後、ギーシュの肥沃な菜園に『はしばみ草』の種を播いておいた。収穫と食欲の秋は楽しみだ。近頃ギーシュの顔に茶色い毛と口髭が生え、鼻が尖ってきた気もするが全力で無視する。指の爪が長く伸びていようと、蟲が好物になっていようと全力で無視する。

私の隣を、最近肌がぬるぬるして黄色くなり、黒い斑点が浮かびだしたモンモランシーが、四つん這いで跳ねていく。
当然、無視する。

ガリアとゲルマニアの国境付近。そこの最高級の宿に、一人の老貴族と使い魔が泊まっていた。
「やれやれ、ガリアの方はどうにかなりそうだ。次はゲルマニアだな、少々急がねば。アブラカダブラ・アブラカダブラ、ほいっ!」

卓についた老人が呪文を唱えて手を返すと、ぽあっという音とともに出来たてのホットケーキが皿に乗って出現した。
「うむ、やはりこれを食べんとな。おい『こうもり猫』、紅茶をもう一杯」
「そっちも魔法で出しゃあ、いいんじゃあないですかねぇ……はいどうぞ、ベリアル閣下」

人間大の直立した黒猫が、ベリアルと呼ばれた老人のティーカップに紅茶を注ぐ。背中に蝙蝠の皮翼が生えている。
「でも閣下、どうしてあんな小童を貴方様が警戒なさるんです? 確かに魔法は使えやすが、まだ餓鬼ですぜ」
「ふん、お前はまだ若いから知るまいがな、奴は『東方の神童』という悪魔族の大敵なのじゃ。人類という奴は、今でこそ大部分が脆弱な下等動物に過ぎないが、何千年何万年という昔には、恐ろしい奴らであった」
ベリアルは上等な紅茶を啜りながら、太古の事を語りだした。

「人類の祖先アダムは、創造された時は凄まじく大きく、素晴らしい力と知恵を授けられておって、天使であった頃のわしらも羨むほどの存在じゃった。堕天して地上に住むようになってからも、なお強かった。その子孫の一部は光の子と呼ばれ、当たり前に空も飛べたし強力な魔法も使えた。まあ、天使が神に背いたのも、一因は奴らの美しい娘どもに誑かされたが故よ……わしもそのクチでな」

「だんだんと地上になじみ、わしら悪魔に誘惑されて罪を重ね、人類は悪知恵がついた分弱くなった。じゃが、神はお気に入りの人類を助けるため、たまにメシヤ(救世主)を遣わすのじゃ。そう、アブラハムやモーゼ、ナザレのイエスといった聖者の連中がいた頃、我ら悪魔族は震え上がっておった。奴らには忌々しい神がついておって、悪魔や妖怪を奴隷にさえしおった!」

ベリアルは過去の屈辱に顔を歪める。慌ててこうもり猫が話題を変える。
「いよっ、閣下!大統領!そのメシヤが、あの餓鬼だってえんですかい?」
「そうじゃ。様々な予言や星辰の動きがそう告げておる。しかし、奴は四十年以上も前に殺されたはず。神が甦らせたというのか……このわしが、この世界で安楽に愉しんでいるのを、邪魔しようというのか?」

「で、でも閣下、賢いようでもまだ小童ですぜ。へへへ、まさか」
こうもり猫が得意の追従笑いをする。

「いやいや、あやつの知力はまだまだ進む。もう十数年もすれば、わしさえ脅かしかねんじゃろう。人間の頭は大体同じように作られておって、天才や英雄でもそこらの凡夫とそう違う頭の構造はしておらん。じゃが時々、数段高い構造を持った『奇形』が現れることがある」「奇形?」

「奇形というのは、『並でない、普通でない、異常なもの』という程度の意味じゃ。おそらく先祖がえりで、太古の優秀な人類の才能が開花するのじゃろう。しかし今の人類の社会は凡庸の徒が集まり調和を保っておる。そこへ奇形が現れた場合、神ないし自然は、または人間社会は、速やかにそれを排除して死を与えていた。あまりに飛びぬけた頭脳の子は、母胎から出ると間もなく、安らかに死んでしまうのじゃよ」「はあ……」
「じゃが『東方の神童』は、神が殺し損ねたのじゃ。むしろ生かしておいたのかな? そういった奴らがメシヤとなり、悪魔や妖怪を奴隷にして、選ばれた人間どもの千年王国を作る……そのように予言されておる。じゃから恐ろしいものは、芽のうちに摘むことじゃ」

ベリアルは語り終えると、ホットケーキをほおばり、紅茶で流し込んだ。
「うむっ、ヒック……ぐっ、シャック、うぐっ、咽喉に詰まってシャックリが出おる! おいこうもり猫、水をコップに入れ、割り箸を上に乗せて持って来い! ヒック」
「だから、そういうのも魔法でどうにかならねえんですかい!?」

【第二十三章 二つの銅像】

婚姻の式典で朗誦する、荘重な詔の案をルイズが練り始めて、二週間ほど経った頃。松下の休暇の願いは唐突だった。都合一週間ほど休みを取りたいと言ってきた。

「はぁ? シエスタの故郷の村に行く? なんで?」
「戦力の増強がてらだ。フーケやワルドとの戦いで、やはり火力不足を痛感してな。彼女の故郷、タルブ村の山奥に火竜の巣があるらしい。ミスタ・コルベールも一緒だし、ちょっとルーンで操って何頭か乗騎にしたい」
この間の港町ラ・ロシェールにわりと近いところで、馬で三日かかるとか。ホウキならもっと早いだろう。

「その間、きみの身の回りの世話はこのメイドたちがする。モット伯が解放した人たちだ」
「マツシタ、モット伯とかチュレンヌ徴税官とかが破産したって本当? どれだけカネを搾り取ったのよ」
「要る分だけ貰って、あとは奴らが絞り上げた領民に返した。庶民的な慎ましい暮らしができるくらいは残したよ。それ以上の贅沢を望んで破産したなら、自業自得さ」

松下は、王侯貴族が嫌い、というわけではない。貧乏人や平民だから好き、というわけでもない。『己のために多くの不幸な人を作り出し、権勢の上に胡坐をかいてふんぞり返っている奴』が大嫌いという事らしい。たまたま王侯貴族にそういう手合いが多いだけである。というか普通それを王侯貴族という。容赦なく叩きのめし、ついでに世界征服の軍資金を供出させよう、というのがなければ、正義の味方なのかも知れないが。そしてこいつに人のことが非難できた義理か。

「ふーん。ま、いいわよ。式典は二週間後だから、それまでには帰って来なさいね」
ルイズはあっさりOKした。先生もついてるし、火竜相手にどうこうなるような奴でもなかろう。多分。なにやら物騒なマジックアイテムを姫様から頂戴していたし、戦力の増強というなら火急の用でもあった。それにルイズ自身は、詔の作成で手が離せない。
「留守中何かあったら、このカードに話しかけてくれ。通信用のマジックアイテムだ」

眼を怪しく輝かせて喜ぶシエスタと、コルベールが同行する。いくつかのマジックアイテムを携えて松下たちは出発した。
「ではきみたち、この香油を体に塗り、この草を煎じて飲むのだ」
馬を出させようとしたシエスタに、松下は何かを取り出して告げた。

「っきゃあ! メシア、私こんな乗り物初めてです! ど、どうやってスピードを抑えれば」「といいますか、何なんですかこれは!?」
「『魔女のホウキ』だ。量産化がようやく始まった。まだ家内制手工業レベルだが、スポンサーになった王女と貴族たちに感謝せねばな。試作品の試乗の心地はどうだね?」
「う、馬より早いです! まるで鳥やメイジになったみたい!」
「こ、これは『風』の先住魔法といいますか、結構操縦が難し、ぶがっ!」

平民のシエスタが、ホウキに乗ってはしゃぎながら空を飛ぶ。その後を松下が追った。コルベールは木の枝にぶつかりながらもついて来る。
「このホウキが普及すれば、一気に交通・流通革命が起きる! 平民でも個人で飛べるとは!」
「ええ、独占して販売すれば、ゲルマニアを全部買えるほどの大金持ちになれるでしょうね。環境にも優しい」

電化製品系大企業の社長の御曹司である松下は、機械工学とオカルト魔術の融合も目指している。無論、経営学もお手の物だ。ただ、美しい環境のハルケギニアに公害をもたらしたくはなかった。三人は後になり先になりしながらタルブ村へ飛ぶ。この調子なら、きっと明日の昼には着くだろう。

見晴らしのいい大きな草原と、良質の葡萄畑。タルブの村は、ラ・ロシェール近郊にある小村であった。
「うわあ、久しぶり! 見てください、あれが私の村です!」
シエスタが黒髪を風に靡かせ深呼吸する。学院では見ないようないい顔だ。

そう言えば気にも留めなかったが、学院では彼女だけが黒髪の『黄色人種』だ。やや混血しているようだが、白人種のルイズたちやマルトーとも少し雰囲気が異なる。貴族は皆が白人種、というわけでもなかろうが……少し探ってみるか。

「シエスタ、きみの家族はどんな人たちだ? それと、先祖に有名な人でもいないかな」
「みんないい人たちですよメシヤ。少し貧乏していますが。先祖ですか……そういえば私の曽祖父は、なんでもどこかの国の軍人だったらしいんです。若いときにふらっとここにきて、何かすごい手柄を立てて、すぐいなくなったとしか。子供の頃、亡くなった祖父に少し聞いて……でも余り覚えていません。名前はムラ、とかなんとか」
軍人と聞いて、少しコルベールが反応した。

しばらく歩くと、村のはずれに、二つの等身大の銅像が並んで建っていた。しかも村の内側や道に背を向け、火竜がいるという山に体を向けて、各々片手で山頂を指差している。一つは、杖をついた髭もじゃの老人。もう一つは二十歳ぐらいの青年だが、奇妙な事に左腕がない。はずれ落ちたのではなく、最初から作られていないようなのだ。服装も少し村人と違う。

「ああ、そうだわ!確かこの若い人の方が曽祖父の像だって聞きました!」
「ほう、きみの……だが、山を向いているのはなんでだろうね?」
それにこの老人の像は、やや見覚えがある。

村内に入り、村人に聞いて回るが、若い人は知らないようだ。家の前でぼんやりしている七十過ぎくらいの爺さんに聞いてみた。
「んん? ああ、あの銅像の人らつのことかや。年寄りどもはよーう覚えちょうよ、話しちゃろうぞ。おらがそう、あんたぐらいの、ほおんにこげな子供の頃の事じゃがのい……」

どうも方言が独特だが、爺さんはゆっくりと昔語りを始めた。

そう、まあ、今から六十年以上も前になあわいのう……。

若者の方は、森の奥で行き倒れちょうのを、村の娘が見つけて連れてきたんじゃが、左腕が吹き飛んだげな酷い怪我で、そこが化膿しちょったし、疫病に罹ってか高熱が出ちょってな。関わり合いになあのはまずいけん、いっそ殺そうかと皆が思ったがの、たまたま村に火竜の調査に来ちょった、ファウストちゅうメイジの老人が、物好きにも治療してやったんだわ。

村から離れた山小屋に寝かされて、半月ぐらいは人事不省じゃったわ。その後、村人らつが来ておずおず食事を与えただわ。そげしたらめきめき治り出してのう。最初言葉は通じんかったども、がいに陽気で人交わりが良うて、絵と笑い話が上手い。だんだんと、身振り手振りを交えて、簡単な会話は出来いようになったと思わっしゃい。

名前を聞いたらムラシゲルと答えて、どこの衆(し)かやと聞いても『忘れた』しか言わん。だども、えつまでも片腕の半病人を置いてはおけんが。そのうち追い返そうと思っちょった矢先、火竜が襲ってきた。まだ割と小さい奴じゃが二頭おった。火を吐いて家屋敷・田畑を焼き、家畜を攫う。とおても村人に敵いはせん。

そげしたらな、その若者は「恩義に報いる」と言い出してな、老人と協力して火竜どもを山へ追い払ったげな。何をどげやったのかは分からんだども、以来奴らは村里に降りて来んやになり、二人は村の英雄になったと。

ほんで、村の鍛冶屋が火竜除けのマジナイに山に向けて置いたのが、その、あの衆らの像じゃわ。えつぞや国に金属供出されての、今は二代目じゃがな。あんま似ちょらんわ。

「で、その若者も老人も、えつの間にかいなくなってしまったども、村娘の一人が彼の子を孕んじょった。そおが、あんたの祖父さんじゃわいな、シエスタさんや」「そ、そうだったんですか……」

「その衆のおかげで、祖父さんの代は土地持ちになって羽振りが良かったども、親父さんが悪い奴に騙されてのう。ほんにまあお前さんも苦労しんさって、魔法学院の使用人などにならんでも、この村で養ってやらんでもねえだに。おうい婆さん、お菓子でも持って来うだわ! お客さんだけん! まあずけ、気の利かん」
「有難うございます、お爺さん。とりあえず家族は養って頂いているようで、感謝いたします。でも今日はこの方々の御用事をお手伝いに来ましたので、これで失礼いたします」

爺さんの長話は終わった。例の火竜に関連する人ではあったらしい。
「ムラシゲルとやらが何者か知らないが、ファウストはぼくの師匠だ。火竜を調べに来たといったが、他にも何か残しているかも知れない。この占い杖のようにね」
「はい、でもメシヤ、ひとまず私の家においで下さい。家族に手紙も行っているはずです」「そうですな、そろそろ昼食にいたしましょう」

三人はシエスタの小さな家に行き、大家族と団欒しながら昼食をとった。鶏と野菜のスープに加え、赤飯と大きなボタモチが出たのは驚いたが、ムラシゲルが教えてくれたものだそうだ。

「夜中に来て頂いたら蛙の目玉と人魂の天ぷらもお出しできたのですがね。ひひ」シエスタの母親はそう言って奇怪に笑った。「まさか、夕食は蛙の目玉が出るんじゃあないでしょうねえ!」コルベールはぶるぶる震えた。

奥ではちーん、と金属音。鉢を鳴らして父親が先祖の祭壇にお祈りしている。今日はオヒガンとかいうらしい。お彼岸? これも彼が伝えたのか?

四方山話や宣教をするうち、占い杖がぶるぶると震え、山の方に倒れた。
「おお、反応があるようだ。明日の朝にでも火竜の山へ行ってみよう」

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