【FGO EpLW ユカタン】第〇節 特異点(シンギュラリティ)
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ぼんやりと、視界が曖昧になり、震える。効いてきた。いい感じだ。飛べる時は、こんな感覚だ。
飛べる、飛べる、飛べる……ほら、飛べた。
やろうと思えばなんでもできる。なんにでもなれる。全能感に包まれ、俺は薄明るい虚空を飛翔する。
上を見ても下を見ても、前後左右どこを向いても、虚空しかない。だがそこに、満足感が充実している。
この世界には、俺しかいない。俺だけが飛んでいる。俺の意識だけが。
やがて、遥か前方に何かが見えてきた。はて、俺以外に何かが存在するとは。俺は許可した覚えがないぞ。
それとも俺のことだから、知らないうちに何かを創造しちまったか。
「――――……NEW……――――TE:3……12:……dimension……1.2..……――――」
囁くように聞こえる声を、ぼやけた意識が受け取る。意識は吸い込まれるように、真っ直ぐ前へ飛ぶ。
目の前に、真っ白に光り輝く巨大な物体。途方もなくデカい。
月じゃない。月が四角いもんか。
自転する、白い立方体だ。表面には物凄い速度で、文字列や数列が現れては過ぎ去っていく。
………………無数の魂……存在……運命………………
中で何かが、身をもたげたようだ。俺はビビって、離れようとする。
立方体の表面に、大きな一つ目が出現した。
観(み)られた。危(やべ)ぇ。
目が、目が回る。俺の意識が回転している。墜ちる。堕ちる。落ちる。
遥か下の方、荒涼たる地獄を、不格好な化物が駆けていくのが垣間見えた。
それから、視界が真っ白になって―――――
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人理継続保障機関、フィニス・カルデア。
その中枢、中央管制室で『カルデアス』の観測を続けていた職員たちは、その日、新たな『特異点』を発見した。
「間違いない、亜種特異点ですね……またですか。休憩中のダ・ヴィンチさんたちに報告を」
「アレらと比べれば、そうたいした数値じゃない……けど、拡大してる。ほっとくわけにもいかないな」
「座標は……西半球の……もうちょっと倍率あげて」
◇◇◇
『カルデア』のキッチン。併設の、食料庫。
なにしろ、辺鄙というもおろかな場所だ。標高6000mの極地の地底。そして業務は、人類が存続する限り続けねばならない。当然、長期間多数の人員が居座れるだけの備蓄食料はある。相当数の殉職・重傷者を出してしまったので、悲しいことだが余裕があった。
が――――サーヴァントが随分増えてしまったためか。色々ありすぎた余波か。想定外の速度で備蓄は減りつつあった。
菜園や農園はあるものの、人員が足りないので管理は行き届いていない。暇なサーヴァントが世話をしてくれてはいるが。レイシフト先から食料を調達してくるのも、不可能ではないが、ごく限られた量でしかない。
とは言え、食生活の不備は職員の健康と士気に関わる。贅沢は出来ないが、栄養を考えて食事が作られている。魔力を食糧に変換する宝具を持つという、あのサーヴァントさえいれば、劇的に食糧事情は改善したのだが……贅沢は言うまい。
そして「人理焼却事件」の後、ようやく外界から物資が届き始めた。投下された物資を、職員数人とサーヴァントが手分けして分類し、医薬品は医務室へ、食料は食料庫へ運んでいく。もちろんテロや盗聴を防ぐため、科学・魔術両面でしっかりチェックはしてある。
「トマトに唐辛子、と。パスタが作れるな。そっちは?」
「ジャガイモとサツマイモがどっさり入ってます」
「チョコレートとかぼちゃが来ました。来年もイベントが開けるね」
「おお、ピーナッツとカシューナッツだ。ツマミが増えた」
「こっちはアボカド、パプリカ、インゲンマメ、これはパイナップルの缶詰……」
暇なサーヴァントが多かったため、早々と片付いた。彼らも飯は食えるが、電力で補える。生身の人間が最優先だ。手が空いた職員の一人がキッチンから出て、喫煙室へ向かう。先客がいた。サーヴァントではなく職員だ。少しホッとする。
「そこ、いいかい」
「はい」
後から来た職員が、先程のことを思い出し、ぽつりと呟く。
「――――そういや、あれみんな、『新世界』のもんなんだよな。このタバコも」
「え?」
「いや、『アメリカ大陸』か。16世紀まで旧世界、もとい『アフロ・ユーラシア世界』には、ほぼ存在しなかった」
先客が、タバコから口を離し、しげしげと見る。そういえば、そうだ。
「まだある。パパイヤ、ヒマワリ、キャッサバ、バニラ、コカ、栽培種のオランダイチゴ、アメリカ栽培綿、天然ゴム、チューインガム、コチニール虫……」
「『コロンブス交換』ですね。アフロ・ユーラシアからは家畜や作物やキリスト教、それに軍隊、銃砲、奴隷、数々の疫病……」
「あちらの住民には、世界の終わりのような災厄だ。文明が滅ぼされ、文化が否定され、土地が奪われ、何千万という人が死んだんだからな。お返しに梅毒だけじゃ割に合わん。凄まじい犠牲の上に、俺達はその恩恵を享受してるってわけだ」
彼は苦笑いし、タバコをふかす。職業病的発想だが、その時代が『特異点』になったって、何ら不思議はない。否、なってしかるべきだろう。地球規模での人類史の重大な転換点だ。いや、なられても困るが。
「良いか悪いかはともあれ、そうなった。16世紀以後にな。……ん、緊急招集だ。やれやれ、また特異点かよ」
◇◇◇
中央管制室。ダ・ヴィンチ、マシュ・キリエライト、藤丸立香ら主要なメンバーが集まり、レイシフトの準備をしている。
「年代は、A.D.1000ちょうど。第一千年紀(ミレニアム)の末です。座標は『ユカタン半島』」
「ユカタン半島……メキシコの?」
一同、簡単にデータを確認する。並行して、連れて行くサーヴァントも決められていく。一番縁が深そうな彼女らは生憎いないが、向こうで会えるかもしれない。
「当時の現地は、マヤ文明の時代だな。『古典期』と呼ばれる広域王国群の繁栄の時代が終わり、中小都市が群雄割拠する『後古典期』へ突入する頃だ」
「何があったんでしょう?」
「諸説ある。人口過剰、森林の過剰伐採による環境破壊、飢饉、災厄を鎮めるための神殿造営、そして戦争……ま、いろんな要因が重なって悪循環したわけだ。同時代のヨーロッパはヴァイキングが暴れまわってたな。日本も半世紀ほど後には、仏教で言う『末法』に突入だ」
「同年にレイフ・エリクソンが到達した『ヴィンランド』は北米だろ? カナダのランス・オ・メドー。俗説を含めても、ユカタンまで行ったなんて話は……」
ダ・ヴィンチが目を閉じ、深呼吸して目を開く。人類全体の歴史からすればさしたる変動でもなさそうだが、なにしろ特異点。何があってもおかしくない。
「ま、御託はいい。やることはいつもと同じだ。行って、拠点作って、調べて、戦って、勝つ。こっちはサポートする。油断せずに行こう」
二人が頷く。
「はい。じゃあマシュ、サポートよろしく」
「はい、先輩」
◇□◇
アンサモンプログラム スタート。
霊子変換を開始 します。
レイシフト開始まで あと3、2、1……
全工程 完了。
アナライズ・ロスト・オーダー。
人理補正作業 検証を 開始 しま
・・・・・・・・?????
ザーザーザーザーザリザリザリザリ・・・・・・
ブツン。
プー・・・・・・ピポパポパピピポピポ
ピーピーピーピーヒョロロロ ピーブピブーピー
ガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー・・・・・・
10000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000001000
亜種特異点
人理定礎値:??
A.D.1000 新聖至福千年紀 ユカタン
つのにサポートすると、あなたには非常な幸福が舞い込みます。数種類のリアクションコメントも表示されます。