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【AZアーカイブ】新約・使い魔くん千年王国 第一章 世界図説

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タルブでのアルビオン艦隊殲滅から、数週間が経った。

あの日、侵攻して来た『レコン・キスタ』の大艦隊は、謎の天変地異によりほぼ全滅。僅かな生き残りは、元旗艦艦長のボーウッド卿に率いられ、トリステインに降伏した。変事を聞いて駆けつけたアンリエッタ王女とマザリーニ枢機卿らは、何が起きたのか分からないまま後始末に尽力。この際、枢機卿の政治的判断により、王女は国家を救った聖女として祭り上げられる。

この頃ようやく目覚めた『救国者』松下を、論功行賞の結果、仮にタルブ周辺の領主『タルブ伯』に封じ、ルイズにはラ・ロシェールの町の収入の十分の一を与えた。

しばらく宮廷内は混乱が続いたが、大勢は王女に戴冠させて国民の結束を固め、アルビオンに対抗する方向に決する。アンリエッタ王女は前線基地となったタルブを視察して松下と密談したのち、ようやく戦勝記念パレードが催され、母である太后マリアンヌより王冠を受け取り女王として即位した。

「アンリエッタ万歳(ヴィーヴ・ラ・アンリエッタ)!!」「トリステイン万歳(ヴィーヴ・ラ・トリステイン)!!」

民衆の熱狂と歓呼の中、戴冠式は恙無く終了し、同時にゲルマニア皇帝との婚約も解消された。いまや、トリステインは共和政の暴風からハルケギニアを護る《聖女の王国》となったのだ。

「なるほど、貴女は……ルイズ・フランソワーズは、始祖の力を受け継ぐ『虚無の担い手』。そしてミスタ・マツシタは、貴女を護るべき使い魔、『ヴィンダールヴ』であると……いうことですね」
王都トリスタニアの王宮。アンリエッタ女王陛下は、ルイズと松下をにこやかに迎えた。
「退屈は二倍、窮屈は三倍、そして気苦労は十倍よ」と言いながら、彼女は始終笑みを絶やさない。王族としての習い性か、生来の性格か。……あるいは、女王陛下という仕事が気に入ったのか。その御前に立つルイズも、幼馴染の放つ威厳に、自然と身が引き締まる思いであった。

「始祖ブリミルは、その三人の御子と一人の弟子に王家を築かせ、各々指輪と秘宝を遺しました。我がトリステインには『水のルビー』と『始祖の祈祷書』を。今は二つとも貴女のもの。始祖の力を受け継ぐ者は、王家に現れると言い伝えられていますから」
「わ、私は、王族ではございませんのに」
「いいえ、貴女のラ・ヴァリエール公爵家の祖は、王の庶子。立派に資格はありますよ」

「けれど姫様もとい女王陛下、あまり表向きに褒賞をお授けになるのは……私たちの功績、つまり『虚無の力』が国内外に知られ、危険なのではないでしょうか……特に、マツシタ!」
ルイズはクルリと向き直る。松下は欠伸を噛み殺していた。
「このような何処の馬の骨ともわからない、危険で悪魔じみた不愉快な8歳児に『タルブ伯爵』だなんて。本人の前で堂々と言わせてもらうけど、あんたはイカレているわ! 絶対に危険人物よ!」
「随分言うようになったな、『ご主人様』サマ。ミスタ・イチロウ・マツシタ・ド・タルブ伯爵と呼びたまえ」
「クソガキで充分よ! このヒョウタン頭!」
二人が険悪な空気を纏うのを制し、女王は答える。

「確かに、それはあまりにも強大であり、一国でさえ持て余すほど。敵に知られたら間違いなく狙われるし、味方に知られても私欲のために利用しようとする者が必ず現れましょう。ですから『虚無』の力は基本的に秘密です。今回は特別に褒賞を授けましたが、みだりに使うことはなりません。……けれど、いずれこの私と国家のため、ひいてはハルケギニアの安寧のために、その大いなる力を振るって頂くことになるでしょう。『利用すべきものは親兄弟でも使え』、それがマザリーニ枢機卿、そして私の座右の銘ですから」
ふふふふふふふふ、と笑う女王に、ルイズは慄然として跪いた。

ともあれ『祈祷書』を与えられたルイズは、女王直属の女官に任命され、女王の権利を行使する許可証を渡された。王宮を含む国内外へのあらゆる通行と、警察権を含む公的機関への使用を認められている。つまりは某ご隠居様の印籠だ。
「貴女がたにしか解決できない内密の事件が持ち上がったら、必ずや相談いたします。表向きには、これまで通り魔法学院の生徒として振舞って頂戴。では伯爵も、公務にお戻り下さい」

「ふむ。かなり高等な文書も読めるようになり、このハルケギニアについても、大分理解できたぞ……」
タルブ伯・松下は忙しい公務の傍ら、世界征服に向けて知識を集めていた。知恵で武装したゴジラの異名は伊達ではない。彼は母親の胎内で基礎教育を終え、幼稚園に入る頃には博士課程を1ダース程修了してしまう程の超天才児なのだ。それこそ人間の子供の姿をした悪魔か何かだと考えた方がいい。

40年以上死んでいたので、その後の地球の情勢については時々蛙男に霊夢で教わっている。ソ連が崩壊する事は予測していたが、相変わらずあちらも紛争が絶えないようだ。日本を襲った長期不況、コンピュータや携帯電話の爆発的普及、過激派イスラム教徒の相次ぐテロル、台頭する資本主義中国。人々の混迷と心の闇、破滅的な新興宗教、蔓延する鬱病と自殺……。千年王国はまだまだ遠い。それも問題だが、まずはこの世界、ハルケギニアを救わなければなるまい。地球千年王国の雛形として。

この世界の文明レベル……社会、国家体制、宗教観、思想、経済、医療技術などは、魔法うんぬんを抜きにすれば、ぼくがいた世界『地球』の近世、西暦17世紀中葉の西欧に酷似している。始祖ブリミルは偉大な最初のメイジ、文明の祖として崇められているが、唯一神はその上にいるようなので、彼はイエス・キリストと同等の存在と言える。降臨は六千年以上前だから、むしろ人祖アダムだろうか。

「今年は始祖降臨暦6242年か……実は歴史情報が改竄されていて、降臨が1600年ほど前だということはないかな?」1年は12ヶ月だが384日で、1ヶ月32日、8日で1週間。月日や曜日には北欧のルーン文字の名が用いられているようだ。

アルビオンが英国に当たるなら、ここトリステインはベルギー・オランダから北仏のフランドル地方。ガリアはそのままフランスで、その南部はスペイン・ポルトガルや南イタリア(ナポリ・シチリア王国)か。ロマリア皇国はローマ教皇領で、南の半島(イタリア)にはヴェネチアなどの都市国家が割拠しているわけだ。帝政ゲルマニアは神聖ローマ帝国(ドイツ・オーストリア)にポーランドやロシア帝国をミックスした感じである。これらに並ぶ強力なバルト帝国スウェーデン、海上帝国デンマークはどこか分からないが。

すると東のエルフが住まうサハラは中近東で、イスラーム系のオスマン帝国やサファヴィー朝イラン。始祖ブリミルが降臨した『聖地』は、すなわち聖都イェルサレムの事だろう。それとも『神の門』バベルだろうか。さらに東方にはモンゴル系諸王国やムガル帝国、シナ征服直後の大清帝国、江戸初期の日本などがあるはずだ。タージ・マハル霊廟は建設中で、第三代将軍・徳川家光はそろそろ病死するだろう。タイにはアユタヤ王朝、インドネシアには国家に匹敵するオランダ東インド会社が成立し、フィリピンはスペインの総督が支配している時代だ。

ならば、『西方』に行けば南北アメリカ大陸があり、移民や西欧諸国が植民地を経営しているはずなのだが……どうも海外については資料が手に入らない。フネだってあるし、六千年間文明が停滞していたわけでもあるまいに。「始祖ブリミルかエルフが、移民制限の呪詛結界でも作ったのか? 単に海外進出する力が足りないためか?」亜人やモンスターが数多く、冒険航海はできても航路は開拓できないということか。

先頃のクロムウェルの革命は、地球では1642~49年に起きた清教徒革命だ。この戦いで国王チャールズ1世は捕らえられ、処刑されて10年ほど英国は共和政となる。ゲルマニア……ドイツはハプスブルク家の帝国だが、1648年に終わった三十年戦争でスペインともども衰退する。その北のホーエンツォレルン家のプロイセン公国が、英主フリードリヒ・ヴィルヘルム大選帝侯のもと勢力を伸ばし、のちのプロイセン王国、すなわち『ドイツ第二帝国』の基礎を作る。

そしてオランダ・フランス・英国が次々と覇権を争い、植民地帝国たる世界の列強として台頭する。特にブルボン朝フランスはリシュリュー枢機卿、続くマザラン(マザリーニ)やコルベールが重商主義を推し進めた。ロマノフ朝ロシアはバルト海とカザークの騎馬兵を抑え、東シベリアの開拓を進め、やがては清や日本と接触するだろう。

重要なのは、ルネサンスも終わり国家間戦争が続き、新教と絶対王政が成立するこの時代、国際法、市民革命論、社会契約論が現れる一方、魔女狩り異端審問の猛威が欧州に吹き荒れていたことだ。

プロテスタントとカトリックの対立はしばしば政治絡みで虐殺にも発展し、悪徳聖職者やゴロツキの傭兵が横行する。イエズス会などの海外宣教も盛んな反面、悪魔学も前世紀から盛んになり、王侯貴族は頽廃的趣味に耽溺。さらに世界的寒冷化による飢饉や、新大陸からの疫病が打ち続き、民衆の間には終末思想が流行する。それこそメシヤを自称する連中や千年王国思想は山ほどあったのである。この世界のこの時代に召喚されたのも、案外偶然ではないかも知れない。フランス革命まではあと140年もあるが。

天文学ではケプラーやガリレイが既に出て死んでいるが、怪しげな占星術や錬金術もなお盛んだ。シェークスピアやベーコン、ジョン・ディーやベーメやグロティウス、セルバンテスにエル・グレコにルーベンスは死んでいる。ニュートンはぼくと同じ年頃だろう。デカルトはそろそろ死ぬし、ロックやスピノザやライプニッツはまだ子供だ。

ホッブズやパスカル、ヘンリー・モアに当たる人物がいれば、出会えるかもしれない。ボイルやホイヘンス、バニヤンやモリエールやレンブラント、ベラスケスにも。おお、ラ・ロシュフコー公爵は? スウェーデンの道楽女王ことクリスティーナは? クエーカー派の教祖フォックスや詩人のミルトンはクロムウェル側だ。マザリーニ枢機卿とも対話したいが、何かと理由をつけて面会してもくれない。警戒されてしまったな。ミスタ・コルベールも、また研究室に篭りきりだし……。

「ま、どこまで地球の歴史や人物をなぞっているやら分からんが、やはり異世界。あくまで参考程度に考えておいた方がいいな。メイジだの幻獣だのがうろちょろしている世界だし」
それが賢明であろう。萌えラノベの二次創作にそんなの求められても困る。

「さて、やはり手に入れるべきなのは、やがて世界帝国を築く英国、いやアルビオンか……。海軍力は知らないが、空軍力は充実している。艦隊も、その運用技術の蓄積もあるはず。しかし艦砲外交はともかく、奴隷交易や阿片を用いて土人を分割・征服し、圧制的大帝国を建設するのは、いまいち千年王国の理想に反する。いや『魔酒』や『白い粉』はあるのだが……。この際スウィフトのラピュータ島作戦で行くか? 彼も英国人、いやアイルランド人だったな」

ちなみにスウィフトは1667年の生まれだ。浮遊大陸アルビオンを動かせれば、文字通りの空母になる。ただトリステインの大きさはほぼオランダとベルギーを併せた程(7万平方リーグ)、つまり北海道(7.85万km2)より小さい。ガリアはその10倍(70万km2)で、人口1500万。ほぼフランスと北スペインを併せた大きさだ。トリステインと同じ大きさのアルビオンを取ったところで国力が段違いである。

「それに産業革命か啓蒙革命を起こすにしても、社会がそれを受け入れられるだけ成熟していなくてはどうにもならん。新しい葡萄酒は新しい革袋に入れよ、とナザレのイエスも言っているからな。いかに僕が一万年に一人の大天才とはいえ、世界征服と世界政府の運営には、優秀な協力者が必要だ。政治的・思想的・技術的、また魔法面での……やれやれ、前途多難だな」
さしもの松下も、ふうっと溜息をついた。第二使徒シエスタの淹れた紅茶を啜る。

「エリ・エリ・レマ・サバクタニ(神よ、神よ、何ゆえ我を見捨てたもうや)か」

それから少し後。新都市タルブに建設された、マツシタ伯爵の執務室兼書斎に、ルイズがばーーんと飛び込んできた。
「マツシタ! 探したわよ! ホウキで飛んでくるのに手間取ったわ」
「何だね、ルイズ。景気はどうだい」
「ぼちぼちね。それより! モンモランシーとギーシュを、さっさと元に戻しなさい!!」
涙目でキレるルイズの剣幕に、松下も重い腰を上げ、二人は魔女のホウキで学院に舞い戻った。

件の二人は、すっかり変貌を遂げていた。

モンモランシーは、肌が黄色くヌメヌメして、黒い斑点が浮かび、四つん這いで跳ね回るようになった。目は大きく飛び出して口は裂け、腹は不健康に突き出し、指の間に水掻きができ、脚が大きく長くなった。水辺にいると安心するらしく、一日の大半は使い魔のロビンと水中で気持ちよさそうにしている。

ギーシュは全身が茶色い毛に覆われ、口は突き出し硬い髭が生え、目は退化し始めた。手足には強靭な爪が生えて地面を掘り進み、日中は使い魔のヴェルダンデと穴の中に篭ってじっとしている。菜園の野菜や蟲などを食べ、宝石を求めて地上をうろついたりもするらしい。

「従順なる使徒『蛙女』と『モグラ男』に転生させようと、脳内にベースを入れて実験台にしてみたのだが……これは、やはりまずいな。外見がベースとなった動物に近くなりすぎた。これでは人間社会に溶け込めない」
「そおいう問題じゃあ、ないでしょお! ちゃんと人間に戻してあげて!」
蒼白になったルイズの肌を蕁麻疹が覆う。いつの間にこんな事に。やはり召喚から二日目の、あのアレからか?

二人の変貌を見て、学院の生徒たちも改めて驚愕する。
「ああっ、いつの間にこんなことに!?」「あまりに自然すぎて、変化している事にさえ気づかなかったわ! なんて事なの!」「そう言えば、最近欠席が多いかなとは思っていたが……」お前らの目玉は金平糖か。

松下がため息をつく。
「しょうがない、元に戻してやろう。このままではちと不憫だ。しかし、戻すには『秘薬』がいるのだ。心身の変成を起こす、かなり高価な秘薬がね。話では、南の『ラグドリアン湖』に棲む精霊から手に入れた物らしいが……もう国内では品切れなんだ」
「よおし、早速そこへ行くわよ! 反論は認めない!」

かくしてルイズと松下は、トリステインとガリアの国境にあるラグドリアン湖へ向かう。改造怪人と化したギーシュとモンモランシーを連れて……。

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