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【AZアーカイブ】新約・使い魔くん千年王国 プロローグ クロムウェルの時代に

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アルビオン王国改め、神聖アルビオン共和国。ハルケギニア大陸を見下ろし、天空に君臨する浮沈空母。そして、人類を『聖地』へ導く方舟である。

司教が君主となり、始祖ブリミルの教えに則る政治を行うと標榜したから『神聖』。数千年の王制を廃し、貴族連合の議会による共和政治を行うから『共和国』。神聖皇帝の称号も、『神の名の下に選ばれた元首』という程度の意味である。まあ、そうやってローマ共和国も帝政になったわけだが。

「信じられん、信じられん、信じられん……」
「クロムウェル閣下、いや陛下! いい加減にお立ち直り下さい」
首都ロンディニウム、ハヴィランド宮殿にて。その神聖皇帝オリヴァー・クロムウェルは、タルブ村での敗戦のショックから立ち直れずにいた。敗戦?むしろ、アレは……そう、自然災害だ。ただの火山噴火か超巨大台風が、偶然艦隊を襲ったに過ぎない。艦隊を襲った黒雲のような悪魔どもなんて、嘘だ。寝ぼけた人が見間違えたのさ。大体悪魔は私の味方だ。私が『虚無』の力で操っている奴隷のはずだ。私は人類を導く救世主、メシヤだ。こんな事があっていいはずがない。いいはずがない。

「陛下! 確かにアルビオン艦隊の多くが失われ、第一次トリステイン攻略作戦は失敗しました。しかし、アルビオン本土まで侵略され、失ったわけではないのです! お気を確かに!」
黒衣黒髪の美女、シェフィールドが叱咤する。彼女はガリア王国から遣わされた、『東方』出身の人間だ。その額には妖しいルーンが刻まれていた。

(全く! 情けない男だ。ガリアはこいつが東を騒がせている隙に、勢力圏を広げる手筈だったのに)

「シェフィールド殿、何か、何か良い手はござらんか」
憔悴した顔で、クロムウェルが女を見上げる。あちらもあれだけの事をしたのだし、早々に侵攻してくるほどの戦力も整ってはいまい。だが、相手は『東方の神童』とやらだ。時間稼ぎでもいい、奴らの準備を妨害せねば。

「そうだ、ベリアル閣下はまだ戻られんのか!? ああ、しかしこの大敗、どう彼に報告しろと……」
「わしならここにおりますぞ、クロムウェル陛下。ご無事で何より」
闇の中からふらりと老貴族、悪魔ベリアルが現れた。悪巧みにかけては人間以上の存在である。何かいい策略を示してくれるのではないか。

「噂は聞きましたぞ。やはり東方の神童と虚無の担い手、末恐ろしい。今のところガリアは味方、ゲルマニアもひとまずは内紛続きで、トリステインの王女との縁談もお流れでしょう。ロマリアは、わしのような存在がうろちょろする所ではありませんしな。とは言え、ああした聖職者の方が地獄に近いのは、何処も同じ……いやいや」
ベリアルが飄々と情勢を語る。世界の混乱を分析する彼は、なんとも嬉しそうだ。

「閣下、情けない事でした。しばらく聖地侵攻は諦めざるを得ませんが、当面の目標はトリステインの征服。国内の急進派の粛清や、要塞並びに軍事都市の建設も始めます。引き続きご協力のほどを……」
「ベリアル閣下。我がガリア王国は、表立っては中立。情勢が整い次第、アルビオンの侵攻をバックアップします。私が『指輪』を使って、陛下のサポートをしてもよろしいが……」
シェフィールドはベリアルを眺め、黒髪を掻き揚げる。

彼女の額に刻まれたルーンは『虚無の使い魔』の一つ、『神の頭脳・ミョズニトニルン』の証。メイジでない彼女でも、あらゆるマジックアイテムを自在に使いこなし、主に勝利をもたらすことができる。ただし、彼女の主人はクロムウェルではなく、ガリアにいる。

ベリアルはニヤニヤ笑っている。シェフィールドが沈黙を破り、口を開く。
「……そうですわね陛下、この間生き返らせた『奴』がいるでしょう。彼をトリステインへ送り込み、まずは国内を混乱させてやりましょう」
「お、おお、そうだ! 正面からダメなら搦め手から!トリステインの清純なお姫様アンリエッタ王女を、売国奴のビッチとして辱めてやりましょう!愚者ども、我が『虚無』の力を思い知るがいい! わは、わはははは」

クロムウェルが生気を取り戻し、いつもの狂気に取り憑かれる。傍らの二人は目を合わせ、肩をすくめる。何が『虚無』だ、道化の偽メシヤめ。

トリステイン王国の南に広がる大国、ガリア王国。その面積はトリステインの10倍、人口は1500万にも達する。首都リュティスの人口は30万。その王が住むのは、広大なヴェルサルティル宮殿である。

当年45歳のガリア王ジョゼフは、美形で精悍な顔つきと体格にも関わらず、非常に内向的性格であった。加えて魔法の才能がないため『無能王』と呼ばれているが、密かに野心を抱いている。ハルケギニア最大の王国の、王の野心である。大陸統一、まさか世界征服だろうか。

いや違う。彼は世界を混乱させるのが愉しいのだ。自分の策略で国王や諸侯が慌てふためき、戦争が起きて人が死ぬ。それがなんとも面白い。エルフだって恐れられてはいるが、つきあってみれば人間どもとそう大きくは変わらない。そして、その心の奥底には闇が渦巻いていた。

「おお、シャルルよ……我が弟よ。お前さえ……ぶつぶつぶつ……『ミューズ』よ、ならば……」

今日も、暗い王宮の奥で、無能王は黒衣の女の人形に囁きかける。その澱んだ青い双眸は、『虚無』を宿しているのであろうか……。

「ほっほっほっほーーーっ、景気良く負けたもんじゃわい」
再び舞台はアルビオン。大怪我をして治療中のワルドのもとを、ベリアルが訪問していた。ワルドは両目に包帯を巻き、白髪で老人のように痩せこけていたが、少しずつ失われた力を蓄えている。彼の寝るベッドの周りには魔法円が描かれ、生命力を与えるため四つの生首が供えられていた……。

「その声は、ベリアル老……やはり、東方の神童と虚無の担い手は、恐ろしい存在ですな」
「そりゃあ、あのバエルを始め、地獄の悪魔軍団を一時的にしろ召喚して、操るのじゃからのう。その上、あやつは『地獄の門』と契約を結びよった。悪魔族は宿命的に、メシアには逆らえん……」
「では、どうするのだ。このままアレの奴隷となり、神を讃えて生きろというのか?」
ワルドが激昂し、身を起こす。彼の中には西洋妖怪の首領バックベアードがいるのだ。

「まあ待て、ベアード。神は人間贔屓じゃが、人間も善良な奴は少ない。あらかたは悪人じゃ。そうした奴らを地獄へ導くため、神はメシヤに対抗する偽メシヤ、つまり『反キリスト』を遣わすことになっておる。こちらはとりあえず、わしら悪魔や妖怪の味方じゃ。毒を以って毒を制するというわけじゃの。もしも偽メシヤがメシヤに勝てたなら、次のメシヤが来るまで、悪魔族が地上を支配できるといわれておる。まずは、そいつを探すとしよう」
ベリアルはにやりと笑う。心当たりがあるようだ。しかし、ふと嘆息する。

「さて、時間はあまり残されておらん。滅びのラッパの音が聞こえてくる。
東方の神童がこの世界の『聖地』に足を踏み入れれば、その時最終戦争が起きるじゃろうて……人間は、選ばれた14万4千人しか生き残れぬ。悪魔は地獄から出て暴れまわるが、メシヤと天使の軍勢に破れ、千年の責め苦を受けてから消滅する。少なくとも地球での予言、黙示はそうなっておる。わしらは神による『罪深き人類殲滅作戦』の、露払いに過ぎんのじゃろうよ」

ベアードが横たわったまま、愚痴を吐く。
「神も、我侭なことだ。自分の園の葡萄が悪しき実をつけたとて、それは木の責任なのか? 刈り取って焼くのは分かるが、手入れを欠かした園丁も悪いに決まっている。称賛して欲しくば、従順な天使どもに取り巻かれて、永遠に変わらぬ天国に引っ込んでおればいいのだ」
「アダムとその子孫は、世界の園丁に任じられておる。責任能力(知恵)を与えたのは、神であり悪魔じゃ。たまに来るメシヤは、園丁どもの監督代理というところかのう。……まあ、神も暇なんじゃろうの。完全に『善』とは言い難いしのう、あやつも。不完全な人間や悪魔を見ておると、馬鹿ばかりやらかして愉しいのじゃろう。ふん」
「神を倒そうとは思わんが、迷惑なことだ」

悪魔と妖怪の神学論争は、深夜まで続いた。

ガリアより南、アウソーニャ半島に位置する聖なる国、ロマリア皇国

始祖ブリミルの弟子が国を建て、いつしか神とブリミルを崇める宗教の総本山となった。ハルケギニアに広く存在する全ての聖職者の首長、『教皇』の御座が置かれる場所である。いまは都市国家並みの小国だが、隠然たる権威と権力を保っているのだ。

その大伽藍の門前に立つのは、身長175サントほどの、黒髪の薄くなった中年貴族。鼻の下にちょび髭を蓄え、体格はやや貧弱。見るからに神経質そうだ。背中には長剣を負い、左手に手袋をはめている。
「ゲルマニアの貴族、アドルフ・ヒードラー・フォン・ブラウナウ伯爵だ。教皇聖下に拝謁するため参上した。約束はしてある、お取次ぎ願いたい」

二十歳そこそこの若く美しき教皇、聖エイジス32世。本名はヴィットーリオ・セレヴァレ。その心は優しく平和を愛するが、聡明にも『強大な力と権威こそ平和を保つ』という現実をよく理解していた。
「やあやあ、ようこそ伯爵。トリステイン王国の様子はどうでした?」
「戦争が始まりましたよ、聖下。掘り出し物もありましたし、いろいろと面白い噂も聞けました。なんでもトリステインの貴族が、ラ・ロシェール近郊に降下してきたアルビオン艦隊を、何かわからん力で壊滅させたとか」
「ほうほう」
「聞きまわってみると、魔法学院の女学生と、まだ子供のメイジだそうで。しかも子供の方が曲者で、なんと『タルブ伯』におさまっているのだそうですよ!」
「子供を伯爵に!なんだかきみのようではないですかね?ブラウナウ伯爵」

ゲルマニアの中年貴族、アドルフ・ヒードラー・フォン・ブラウナウ伯爵。その姿がぐにゃりと歪み、縮む。やがてその場に現れたのは、贔屓目に見ても12~13歳という小柄な少年だ。金髪白皙だが目は細く吊り上り、いかにも傲慢そうに口をへの字につむいでいる。服装は軍服、それも地球の、ある時代のある国のもの。頭頂部からはアホ毛が三本、ピンと突き立っている。
「父の姿ならば、違和感はありますまい。それに僕は、こう見えても50年以上生きているのですよ」
「失礼しました、ダニエル・ヒトラー閣下。不老の秘術とその魔力、いや恐ろしい!」

少年は教皇を前に全く気圧されず、軽く笑う。
「ははは、我が父アドルフも、『あちら』の教皇庁とは親しくしていましたからねえ。何かのご縁でしょう、僕も貴方の神聖なる野望に協力いたしますよ。手土産に、ゲルマニアの財閥をいくつか買収してきました。もうじき大戦争が始まります、軍資金は多いほどいい」
「まったくです。エルフから『聖地』を奪還するため、我々は一致協力せねばならない。聖戦を起こすのは、平和なる世界を、そう『千年王国』を築くための方策! けれど必要なのは資金よりも、『力』です。いかなる争いも収められる、圧倒的な力なのです」

ダニエルはふと思う。千年王国。あの少年もそんな事をほざいていた。山田真吾。悪魔メフィストを従えた幼きメシヤ。父と我が神シーレン様を殺した怨敵。何か分からん力を振るう、子供か。まさか、彼なのか?
「聖下。気になる事がございますので、トリステインへもう一度、僕を遣わして頂きたい。その子供の件ですよ。僕と同類なのかも知れない」
「きっとそうさ、ダニエル閣下。きみの予感は恐ろしいほどよく当たるのだから」

彼の名は、ダニエル・ヒトラー。かつて世界を裏側から支配した少年であり、アドルフ・ヒトラーの息子。悪魔の帝王たる七つ頭の龍、邪神シーレンの祝福を受けて産まれた、もう一人の『精神的奇形児』であった……。

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