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【つの版】日本建国13・大国主神

ドーモ、三宅つのです。前回の続きです。

スサノオが出雲に天下ってから長い年月が流れます。その六世代後に、次の主人公が登場しました。大国主神です。

古事記 上卷-3 天照大神と須佐之男命
http://www.seisaku.bz/kojiki/kojiki_03.html
古事記 上卷-4 大國主神
http://www.seisaku.bz/kojiki/kojiki_04.html

◆逃◆

◆若◆

国引き

『古事記』によると、スサノオとクシナダヒメの子をヤシマジヌミ(大八島=日本列島の主君)といい、オオヤマツミの娘コノハナチルヒメを娶ってフハノモヂクヌスヌ(持国の主)を儲けました。彼がオカミの神(水神)の娘ヒカワヒメ(斐伊川の女神)を娶って儲けたのがフカフチノミズヤレハナ(深淵の水が流れ始める)。彼がアメノツドヘチネ(水路が集まる)を娶って儲けたのがオミヅヌ(大水の主)です。

この神は『出雲国風土記』において八束水臣津野命(ヤツカミズ・オミヅヌ)として現れ、大地を出雲国に引き寄せて島根半島を形成する「国引き」を行ったことで有名です。すなわち新羅から出雲大社のある杵築を、隠岐の島から佐陀と闇見を、高志の都々(珠洲)から美保関を引いて来たといい、各々の土地を引いた綱は園の長浜(稲佐の浜)や夜見島(弓ヶ浜)になりました。また国引きを終えて杖を突き、「おう」と息をついた場所が意宇(おう、松江市南部)となり、後に出雲国府が置かれたといいます。

この神話は記紀に記されませんが、出雲の勢力が新羅・隠岐・北陸にまで及んでいたことを表します。この神がフヌヅヌの娘フテミミを娶って儲けたのが、草薙剣をアマテラスに献上したアメノフユキヌで、彼がサシクニワカヒメとの間に儲けたのが大国主神(オオクニヌシ)です。

当初はオオナムチとして登場しますが、これも「大きな名(国)の貴人」という称号です。別名をアシハラシコオ(葦原中国の強い男)、ウツシクニダマ(現世の国の魂)といいますが、どれも称号で、個人名ではありません。

彼の兄は八十神(大勢)いましたが、スサノオ以来の領土を受け継いだのは彼だけでした。なぜなら次のような事件があったからです。

因幡の白兎

ある時、八十神たちは「稲羽国(因幡国、鳥取県東部)のヤガミヒメに求婚しよう」と計画し、出雲から東へ旅立ちました。目指すは今の鳥取市南部の河原町付近(八上郡)で、鳥取砂丘を形成する千代川を遡ったところです。求婚するのに八十人で連れ立っていくのも妙ですから、まあ武装して攻め込んだということでしょうか。この時オオナムチは兄たちに侮られており、荷物を背負う従者として後からついて来るよう命じられます。

先へ進んだ八十神らが気多(けた)という岬を通りかかると、裸のウサギが砂浜に伏せ倒れています。ウサギが服を来ているはずはありませんが、毛皮が剥がされて傷だらけのズタボロ、という状態です。ウサギは起き上がって八十神に「助けて下さい」と言ったようですが(神代なので動物は普通に人語を話します)、八十神は面白がって「海水を浴び山の上に行き、風を浴びれば治る」と誤った医療情報を教えます。言われるままにそうすると、ウサギは傷口に海水が染みて痛がり、苦しんで泣き伏してしまいます。

そこへ遅れてオオナムチが通りすがり、「どうした」と声をかけます。ウサギが答えていうには「私は隠岐の島からこの地へ渡ろうとしましたが、手立てがありませんでした。そこで海のワニにこう言いました。『私と君の一族は、どちらが数が多いか比べてみたい。君は一族を呼び集めて、この島から気多まで並べてくれ。私はその上を踏んで数えよう』。

するとワニたちが集まり、私はうまくここまで渡って来たわけですが、上陸する時に『お前はおれに騙されたのさ』と言ってしまいました。すると最後のワニが怒って私を捕らえ、毛皮を引っ剥がしてしまいました。痛くて泣いていますと、さっき八十神たちが来てこう言ったものですから、言われる通りにやったら痛くてたまらず、泣いていたのです」

同様の話はインドネシア(子鹿と鰐)、アフリカ(ウサギと鰐)、シベリア(狐とアザラシ)にもあります。他の神話ともども東南アジアから伝来したのでしょう。ワニは日本には滅多にいないのでサメともされますが、サメだと背中を踏んで渡りにくそうな気がします。

因果応報だとは思いますが、オオナムチは話を聞くとウサギを責めたりせず、いい治療法を教えました。「水門(みなと、河口)へ行って淡水で体を洗い、そこに生えているガマの穂(蒲黄)を取って地面に敷き並べなさい。その上を転がれば、お前の皮膚は元通りになる」。ウサギが言われる通りにすると、たちまち傷ついた皮膚が治り、毛皮が復活しました。

キリタンポめいた形状のガマの穂は、黄色い花粉(蒲黄)を出します。これは止血に効果がある漢方薬として、チャイナの本草書にも書かれています。オオクニヌシはそうした薬学知識を持っていたのでしょう。正しいエビデンスのある医療行為でしたが、常人は即座に皮膚が再生したりはしません。神代のおとぎ話ですので鵜呑みにしないで下さい。

大喜びしたウサギは「八十神はヤガミヒメを得られません。あなたのものです!」と予言を残して去っていきます。果たしてヤガミヒメは八十神に靡かず、心優しいオオナムチの嫁になると答えたのでした。ウサギがヤガミヒメの仕込みだった可能性もありますが定かではありません。

死と再生

めでたしめでたし、とはならず、怒りと嫉妬に燃える八十神はオオナムチを殺そうとします。出雲への帰り道、伯耆国の手間山(米子市南部の手間要害山)の麓に差し掛かった時、八十神はオオナムチにこう言います。「この山には赤い猪がいるという。我らが登って下へ追うから、お前は下で待って捕獲しろ。待っていないと、お前を殺すぞ」。

こう脅しつけて山に登ると、八十神は猪に似た大きな岩を火で灼いて真っ赤になるまで熱し、力を合わせてオオナムチめがけて転げ落とします。オオナムチは赤く焼けた岩に押しつぶされ、即死しました。ギリシア神話のアドニスも猪に殺されています。カリュドーンの猪と関係があるのでしょうか。

出雲で帰りを待っていたオオナムチの親神(御祖命)は、息子が死んだと聞いて嘆き悲しみ、高天原へ昇ってカミムスビにすがります。そこでカミムスビはキサガイヒメ(アカガイの女神)とウムギヒメ(ハマグリの女神)を遣わしました。キサガイヒメが貝殻をすり潰して粉にし、ウムギヒメが白いハマグリの汁と混ぜて塗りつけると、オオナムチはたちまち蘇生します。

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火傷を治すための民間療法です。異説ではウムギヒメが母乳を出したとしますが、ハマグリと関係がありません。両神は『出雲国風土記』にも登場し、キサガイヒメは島根半島の海蝕洞・加賀の潜戸で佐太大神(佐太神社の祭神)を産んだことで知られます。ウムギヒメは法吉鳥(ほほきどり、ウグイス)に変化して島根郡(松江市北部)に飛来し、法吉郷の地名由来となりました。いま法吉神社に祀られています。タカミムスビが高天原の長として天津神に関わるのに対し、カミムスビは出雲系の国津神と結びつきます。

八十神はオオナムチが蘇生したのを見て、今度は欺いて一緒に山へ入り、大きな樹木を伐り倒します。そして楔を打って裂け目を作り、オオナムチにそこへ入らせ(「工具を落としたから拾ってくれ」とか言ったのでしょう)、上半身を突っ込んだ時に楔を外しました。オオナムチは木に挟まれて即死しますが、親神が泣いて願うと木が折れ、あっさり復活しました。

少年漫画の主人公めいてちょくちょく死んでは復活しますが、死んで再生する神は豊穣神として世界中にいます。それでも限度はあるようで、親神は「このままでは八十神に滅ぼされる」と心配し、木の国の大屋毘古神のところへ逃しました。『古事記』では神産みの初期に産まれた家宅六神の一柱ですが、『日本書紀』の一書に「スサノオの子五十猛神は天下に植樹を行い、紀伊国に鎮座した」とありますから、彼のことでしょうか。

たぶん出雲から紀伊までではなく、単に樹木が生い茂る山奥へと逃げたのでしょう。さっき樹木に挟み殺されましたからその繋がりです。八十神はオオナムチを殺そうと木の国まで追跡し矢を放ちますが、大屋毘古神は木の俣を潜り抜けさせて逃がし、「根の堅洲国におられるスサノオのもとへ行け」と告げました。木の根を伝って地下世界、根の国へ行くとの連想です。

逃げ上手の若君は、こうして地底の異世界へと逃げ込みました。そう言えばオオナムチの子タケミナカタも出雲から諏訪まで逃げていますし、甲賀三郎も諏訪の地下世界へ入っていますね。

根の国

根の国は、黄泉国よりは現世寄りっぽい地底の異世界です。スサノオは『日本書紀』にも「已而素戔嗚尊、遂就於根國矣」「然後、素戔嗚尊、居熊成峯而遂入於根國者矣」とあり、生きたまま母の住む根の国へ赴いたようです。イザナミと出会えたかどうかはわかりませんし、彼女は出てきません。

オオナムチが異世界へ赴くと、スサノオの娘のスセリビメと出会いました。ふたりはたちまち恋に落ち(爲目合而相婚)、スセリビメはスサノオの元へ戻ると「甚だ麗しい神が来られました」と報告します。ヤガミヒメの件といい、オオナムチはモテモテの女たらしとして有名です。スサノオ共々なろう系主人公めいていますが、やはり逃げ若でしょうか。

隠居していたスサノオは、可愛い娘が余所者のイケメンにたぶらかされたのでへそを曲げ、ぬうっと出てきて「こいつは葦原の醜男(地上のブ男)だ」と言い、家の中に招き入れて寝室に案内しました。クシナダヒメはおらず、娘と二人暮らしだったようです。スセリビメの母はわかりません。

しかし、寝室には蛇の群れがうようよしていました。陰湿な嫌がらせです。スセリビメは愛する夫を助けるため、蛇の比礼(ひれ、肩掛けの布)を渡して「蛇が噛みつこうとしたなら、これを三度打ち振りなさい」と教えます。オオナムチがそうすると蛇は静かになり、ぐっすり寝ることが出来ました。

翌日、スサノオはオオナムチが無事なのを見て、別の寝室に案内しました。今度はムカデと蜂の部屋です。完全に殺す気ですが、前のようにスセリビメが比礼を授けてくれたので無事でした。相変わらず大人げない神です。

翌日、スサノオはオオナムチを連れて外へ行き、鏑矢を空中へ射て草原へ落としました。そして「取って来い」と命じ、彼が探している間に周囲に火をつけます。遥か後にヤマトタケルがひっかかるアレですが、オオナムチには剣も火打ち石もなく、このままではまた焼け死んでしまいます。

するとネズミがオオナムチの足元に来て、「内はほらほら、外はすぶすぶ」と伝えます。謎かけを理解した彼が足元を踏みつけると、地面がズボッと陥没して野ネズミの巣穴に落ち込みました。「内は広々、出入口はすぼまっている」という謎掛けだったのです。見事なドトン・ジツで窮地を脱したオオナムチに対し、探していた鏑矢もネズミが運んできましたが、矢羽根はネズミの子らが齧っていたといいます。

たぶんムキムキねずみの先祖です。ネズミとはまさに「根に棲む」存在で、ニンジャもよく使役しています。

スセリビメは夫が死んだと思い、喪の準備をして嘆き悲しみましたが、オオナムチはひょっこり姿を現し、スサノオに鏑矢を奉りました。スサノオは彼を家の中に招き入れ、大広間に座り込むと、「わしの頭のシラミを取れ」と命じます。しかしオオナムチが彼の頭髪を見ると、シラミどころか多数のムカデがうごめいており、うかつに手を出せば噛みつかれそうです。

スセリビメはムクノキの実と赤土を夫にそっと手渡し、口に入れて吐き出すよう(身振りで)教えます。彼がそうすると、スサノオは「ムカデを噛み殺して吐き出しているのか」と勘違いし、可愛いやつじゃと思って寝入りました。するとオオナムチはスサノオの長い髪を部屋の椽(たるき、屋根を支える木材)に結びつけ、五百人引きの岩で家の戸を塞ぎ、スサノオの家から大刀や弓矢や琴を盗み、スセリビメを背負って逃げ出しました

ところが、逃げる途中で琴が樹木に触れ、大きな音を立ててしまいます。スサノオは驚いて跳ね起きますが、その拍子に椽を髪の毛で引っ張ったため、家はガラガラと崩れ落ちました。この程度で死にはしませんが、堅く結ばれた髪の毛はなかなか解けず、この間にオオナムチは遠くへ逃げます。

スサノオは根の国と現世の境である黄泉比良坂まで追ってきましたが、既に相手は遠く、もはやこれまでと大声で呼びかけます。「お前の持つ武器で、八十神どもを追い払え!お前はオオクニヌシの神、またウツシクニダマの神となり、わしの娘スセリビメを正妻とし、ウカの山(出雲大社の北の弥山)の麓にどでかい宮を建てやがれ!この野郎めが!

この捨て台詞を最後に、スサノオは神話から姿を消します。オオナムチ改めオオクニヌシは試練を克服して真の男となり、スサノオの霊力が宿った刀や弓矢、カラテやジツで八十神を蹴散らし、山麓や川辺に追い詰め屈服させ、出雲(葦原中国)の王になったのです。

まあオオナムチ・オオクニヌシがスサノオの子孫というのは後付でしょう。六世前の先祖の娘を正妻に迎えたというのも神話とはいえ妙な話で、スサノオの娘婿となったから地上の支配権を得たというのが元の話と思われます。

なおスセリビメを正妻としたため、前に婚約したヤガミヒメは彼女を恐れて離縁しました。彼女は子を産んでいましたが、これを木の俣に挟んで返し、因幡へ帰っていきました。それでこの子を木俣(きのまた)神といい、また御井(みい)神といいます。『出雲国風土記』出雲郡条に御井神社があり、出雲市斐川町直江に現存します。もとは井戸の神だったようです。

後世、大国主神は仏教の神・大黒天(マハーカーラ)と習合しました。今は福神として福々しい姿ですが、本来は大いなる暗黒の破壊神、死と時の神です。何度も死んで蘇生し、根の国から帰還したオオナムチはネザーのパワーを身に着けていたのでしょうか。大黒天がネズミを使いとするのは、オオナムチの根の国での話がもとでしょう。またヴェーダにはインドラの敵として魔神ナムチがいますが、たぶんオオナムチとは関係ないと思います。

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◆奈◆

◆落◆

この一連の神話は、『日本書紀』には一書も含めて全く現れません。しかしオオナムチ=オオクニヌシによる国造りの話は、記紀にも各地の風土記にも記されています。彼は天孫でも天皇でもありませんが、それに先んじて地上に自らの王国を築き上げていた、と記紀に書かれているのです。

【続く】

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