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【AZアーカイブ】ゼロの蛮人(バルバロイ)第十四話

さしもの『破壊の車輪』も、崖下に潜り込んだ敵までは石弾を飛ばせない。トラクスたちは必死に風竜を飛ばし、魔法で飛翔して、どうにかそこへ到達した。マチルダのゴーレムは雨霰と石弾を浴びるが、まだ立っている。

「いヨおし!まずは第一関門突破だ。オレとトラクスと、残りが10人か……中には敵が100はいる気配だな。手強そうなのはまあ、せいぜい20ってところだろうが」
「一人が9人殺せば済む。並みのメイジなら、俺は10人は殺せるだろう」
「並みじゃあなさそうだ。脱走した風のトライアングルの小娘もいる。この体温と気配は、感じた覚えがあるんだよ。おそらく例の『ワルド』って風のスクウェアやら、火のトライアングルのゲルマニア女もいるだろうな」
ワルド。俺の顔にこの傷をつけた、あの髭の貴族か。腕の一本でも貰わねば気が済まない。女子供でも、立ちはだかるなら容赦はすまい。戦場にいるのだから。

「ワルドって奴はトリステインの魔法衛士隊、『グリフォン隊』の隊長ですぜ。先遣防衛隊として、そいつらが来ていてもおかしかあねえや。こりゃ、手強そうだ」
長髪を後ろで結んだ、30がらみの傭兵が呟く。
「臆病風に吹かれたか?セレスタン。オレはどんな奴でも物怖じしないぜ。焼けば同じ、灰になる。塵は塵に、灰は灰にってな。おっと、『土くれ』が土くれに戻ってもらっても、困るか」
「罠があれば、踏み潰す。まずはここの連中を黙らせるのが先決だ。遠慮はいらん、皆殺しだ! なにしろこれは、侵略戦なんだからな!!」

洞窟へ突入するメンヌヴィル隊。すぐに迎撃するグリフォン隊と戦闘になり、魔法が乱れ飛ぶ。
「来たわね蛮人! さあタバサ、迎え撃つわよ!! 情けは無用!」
「……分かってる」
「ルイズ、きみはこの部屋に潜んでいてくれ。大丈夫、今度こそ奴の息の根を止めてやるさ。我々はこの階で奴らを待ち構える。ここまで来れたらの話だがな」
「けれど……この洞窟では、『風』の力は振るい難いのでは?」
「こっちにも少し、策があるのさ。魔法だけが戦いではない、知恵や技術が趨勢を決める。僕はそう思う。この『破壊の車輪』を見て、つくづくそう感じたよ……」

グリフォン隊は、宮廷と王族護衛のため組織された精強なる近衛兵。その戦力は並みではない。それも自軍の要塞の中にいて、襲撃者を殲滅するのだ。傭兵たちは其処彼処で追い詰められ、討ち取られる。だが、トラクスとメンヌヴィルは違う。一方が魔剣を振るい、他方が炎弾を放って、確実に敵を殺していく。奥へ、奥へ。この『烙印』が導くままに。

おおルイズ、俺の主人よ。俺に剥がされた、頭の皮の具合はどうだ?
俺を鞭で叩いて足蹴にしてくれた事を、昨日の事のように覚えているぞ。
今、迎えに行くからな。この蛮人トラクスが。

アルビオン艦隊が本土に接近しているとの報告を受け、トリステイン王国軍は迎撃に出陣する。しかし乗り組んだ旗艦『メルカトール』の上で、アンリエッタ王女は激昂していた。
「枢機卿! これは……『虐殺』のための、機械です! あまりの威力に恐怖したトリステインの王が、二度と使用する事のないよう、永久に封印したと記されているではありませんか!!」

マザリーニ枢機卿は、無表情に返答する。ロマリア人でありながら国政を執る彼は、ロマリアの風に従う。
「然様、兵器とはそういう物でしょう。『使えるものは何でも使う』のが、政治と兵法の常道ですぞ。これさえあれば、我が国はアルビオン艦隊を撃退できるのですからな。国のため、使う他に道はない。そう判断いたしまして、グリフォン隊隊長のワルド子爵と先遣防衛隊に使用許可を出しました」 「なっ…………!」
「お嫌なら、この皺首を刎ねられよ。トリステイン王国のアンリエッタ王女殿下」
ウェールズ皇太子は王女の傍らに立つが、無言で目を閉じる。正しいか正しくないかは、歴史が決める事だ。

そこへ、折りもよく伝令が飛び込んできた。

「両殿下! 枢機卿猊下! 急報にございます!」
「何だ。簡潔に報告せよ」
「本日昼過ぎ、ラ・ロシェール及び近郊のタルブに、アルビオン艦隊が降下! ワルド子爵は『破壊の車輪』を起動させてこれを迎撃中です! 我が軍の損害は極めて軽微! 敵艦隊は大混乱に陥り、次々と墜落しておりますぞっ!」

枢機卿はにんまりと笑い、二人を見返る。
「いかがですかな? 両殿下。古の兵器『破壊の車輪』の威力は! 惜しいものですな、これがフネに積み込めれば、硫黄を用いずとも強力な砲弾が撃てるでしょうに。戦闘が終結したら、もう一度アカデミーの者たちを連れて行って研究させましょう」
「……国を護るため、かの『車輪』がタルブから移動できない事に感謝します。願わくはこの優れた技術が、より平和な世の中で役立ちますよう……」

瞑目するアンリエッタの肩に掌を置き、ウェールズは口を開いた。
「まあよい、絶好の戦機だ! すぐにこちらの艦隊を進め、残存兵力を無力化せねば!ここで我らが圧倒的強さを見せつけ、敵を叩いておくべきだ!」
「は、ウェールズ殿下。今度の戦が終わりましたら、凱旋式と両殿下の結婚式、加えて新アルビオン王とトリステイン女王の戴冠式を行います。まだまだ、忙しくなりますぞ!」
《トリステイン・アルビオン王党派連合》空中艦隊は、ラ・ロシェールへと急行する。

「『レコン・キスタ』より国土を回復すれば、僕の子供たちは始祖の血統を受け継ぎ、次代の両王国を治めるわけだ。もう『車輪』が使われる事もないのだよ、愛するアンリエッタ。平和が訪れたその時にはね」

入り組んだ要塞に血路を開き、前へ前へ、奥へ奥へ。
気がつけば、トラクスの傍らにはメンヌヴィルとセレスタン、他3人ほどしか残っていない。
「半分になったぜ、相棒! 俺様はもう15人以上殺しているが、まだまだいけそうかァ!?」
「オレは10人目ってとこだな。ああ、人間が焼け焦げるいい香りだ。なんだか轟々ってすげえ音がするが、あの投石機の音か? 金属がギリギリ擦れるみたいなひでぇ音だぜ!」
「この階段だ。この上の階に、ルイズがいる。ワルドたちもそこだろう」

用心深いセレスタンが先頭に立ち、盾を構えて洞穴に掘られた階段を上る。殿はメンヌヴィルだ。半ばまで上ると、上から大きな岩が転がってきた。
「岩かよ! なら、『錬金』!」
仲間の土メイジが、『錬金』で大岩を砂に変えた。砂煙を潜り、魔法の矢を放ちながら上る。上からも迎撃があるが、これまでより少ない感じだ。投石機を動かすのに手一杯なのか。ようやくトラクスたちが上り切ると、階段のあった洞穴が背後で崩れ落ちる。

「退路は絶ったぞ蛮人ども。僕の『遍在』を背後に控えさせ、風で崩した。わざわざここまでお出で頂き、まことに感謝する」
正面に控えた羽帽子に黒マントの青年貴族が、恭しく挨拶する。間合いは数十メイル、やや遠い。

「ワルド! 久し振りだな、ウェールズはどこだ?」
「皇太子殿下に、貴様ら下賎な輩の相手はさせぬ。ここで『レコン・キスタ』の艦隊ともども、殲滅されろ!」
「私もいるわよ、トラクス。貴方のお仲間に相応しい、荒くれ者の傭兵を連れて来たものね。貴方の英雄叙事詩は、ここで終幕よ。主演女優はこの『微熱』のキュルケ」
「……トラクス」
キュルケとタバサも、その後ろから姿を現す。

おお、タバサ。俺の故郷に興味を持った、物静かな娘よ。お前と戦わねばならぬとは。杖を持たないマジナイ師(メイジ)はただの人間だが、杖を持てば超常の力を振るう存在となる。あれらの放つ力は、この国でも上位に入るものだ。それが三人。さらにワルドは分身まで操る。情の移ったかもしれんタバサが手加減してくれればよし、さもなくば……。

最上階を警備している隊員が集まるが、ワルドは手を挙げて無言で制し、持ち場に戻らせる。余裕の表情だ。メンヌヴィルがずい、と進み出る。

「風が二人に、火が一人か。この洞窟じゃあ風は吹かねえぜ! そこの熱の高い小娘は、オレが殺る! サー・トラクスはワルドと決着をつけな!」
「必然的に、このセレスタンはあの青い髪のお嬢ちゃんかよ。見かけよりゃあ強そうだがね……。よし、てめえら3人はサポートに回れ。大将首を取ったら、そこの窓をぶち破って脱出だ」

「もう一つ聞こう、ルイズはどこだ? 俺の奴隷の『烙印』が、さっきから疼くんだ。この階のどの部屋にいる? あいつを迎えに来たんだ」
「お前が知る必要はないな、蛮人! 迎えに来るのは、お前の『死』だ!」
ワルドが端正な顔を歪め、構えを取って呪文を詠唱する。空気が彼の周囲に集まる。トラクスもデルフを構え、気息を整える。手強い事は分かり切っている。

その左右では、キュルケとタバサが各々の敵と対峙する。
「オレは傭兵隊長、『白炎』のメンヌヴィル。よろしく頼むぜ、『微熱』のキュルケさんよ」
「噂は聞いているわ。火の系統の本質は破壊と情熱。実戦を講義してもらおうかしら」
微熱と白炎、雪風と熱風。『破壊の車輪』の轟音が重く響き心臓を揺らす。
「俺は元ガリアの『北花壇騎士』、セレスタン。知っているかい? ガリアのお嬢さん。風も使うし火も使う。お前の風で俺の火が吹き消せるかな?」
「……手加減はしない」

じりっ、とトラクスが間合いを詰めた。瞬間、ワルドが魔法の竜巻を放つ。
「『ウインド・ブレイク』!!」
トラクスは跳躍して避け、牽制の風を切り裂いて敵へと迫る。
それを機に、左右でも戦いが始まった。

ワルドは魔法でトラクスをあしらいつつ、奥へと誘導する。『遍在』も出さない。タバサは押し気味だが、キュルケは劣勢だ。火と火ならば、魔力の強く戦いに慣れた方が勝つ。やがて二人は協力し、メンヌヴィル隊5人と渡り合う。

「おおい相棒、でえじょうぶか!? あいつの事だ、何か企んでるぜェ!」
「あいつを殺さずとも、ルイズを奪い返せばいいだろう」
「随分ご執心だね、惚れたかァ? あの色気も可愛げもねェ小娘によォ」
「馬鹿言うな。ワルドが泣いて悔しがると思うからさ」

走るワルドが壁を蹴ると、天井から無数の槍が降り注ぐ。しかし難なくトラクスは避ける。
「けっ、これが秘策かァ? ば~~~~っかじゃねえの!?」
大岩が転がり陥穽が開き、槍衾が壁から飛び出し、弩が放たれ、縄が足元に張られる。だがトラクスは『ガンダールヴ』の鋭い感覚でそれらを見抜く。殺傷のために作られたならば、罠も立派な武器だ。

潜んでいたグリフォン隊の衛士たちが襲ってくるのを斬り捨て、短刀を投げて咽喉を貫く。一室に追い詰めたワルドに背後から一太刀浴びせると、それは『風』となって消えた。

「うっ!? これは『遍在』じゃあねえか! こっちが策かよ!」
「だが、ルイズは近いぞ! デルフ、壁を切り裂け!」
崩れ落ちる部屋の壁を切り裂き、廊下に脱出してひた走る。逆方向へ誘い込まれていたようだ。
「この部屋だ! ワルドと、ルイズが一緒にいる!」
デルフで開錠するとバアンと扉を蹴り開け、切り込む。
中ではワルドが、杖を構えて待ち構えていた。

「ほう、流石だな、蛮人(バルバロイ)。いやさ、トラクス。しかしルイズは渡さん! 『破壊の車輪』も壊させん!」

どうやら、投石機――『破壊の車輪』と呼ぶらしい――のすぐ傍の部屋のようだ。轟音が耳を聾する。杖から電撃が飛び、トラクスを部屋の外へ吹き飛ばす。デルフを盾にしても凄い衝撃だ。それでもトラクスは接近戦に持ち込み、ワルドと互角の剣戟を繰り広げる。

ルイズは呆然と、いや陶然と二人の死闘を見ていた。

「欲しい……」
思わず、唇から言葉が漏れる。それは恋ではなく、欲望だった。
「欲しいわ、あの蛮人……この私の使い魔に相応しい、いい暴れ振りよ。あの男を従えて、居並ぶ敵を片っ端から吹き飛ばして、蹴散らすの。きっといい気分だわ!!」

ルイズは、その考えにすっかりはまり込んでいた……。

「さあ、追い詰めたぞトラクス。その上等な甲冑とマントのおかげで、命は助かっているようだがな。傭兵どもも苦戦しているようだぞ。ここで貴様を討ち、僕は全てを手に入れる!名誉を、妻を、爵位を、豊かな領地を!! ふふっはははは!!」

息を荒げながら、ワルドは勝利を宣言する。強力な魔法を使い過ぎて疲労困憊だが、トラクスも満身創痍だ。右手は電撃を受けて引き攣れ、風の刃で片耳が横に裂け、肩や脚には大きな刺し傷が出来ている。お互いに立っているのがやっと。それでもどうにか、メイジであるワルドの方が勝っていたようだ。だが、この『車輪』を背にしている限り、ワルドは思い切って攻撃できまい。

『けぇッ、こんなところで相棒とはおさらばか! 短ぇ付き合いだったな!』
『もう少し、お付き合い願おうか。ちょっとした策がある』
トラクスとデルフは、久し振りにスキタイ語で会話する。

『車輪』の熱くなった車軸管を背後に、トラクスは風すら凍りつくような笑いを浮かべる。無造作に左の掌を、青銅の管に押し付ける。ジュッという皮膚の焼ける音がした。その瞬間、トラクスの脳裏に『破壊の車輪』の全体像、概要、使用法が浮かぶ。

そこへ、桃色の髪を揺らしてルイズが駆けて来る。トラクスが叫ぶ。

「おおルイズ! 俺の『ご主人さま』! よくも俺を犬ころ扱いして、散々に撲ってくれたな! 迎えに来たぞ、この蛮人(バルバロイ)のトラクスさまがなァ! 今度は顔の皮も剥いでやる! 手足の腱を切って、馬小屋に繋いでやろうか? それとも目玉を潰して、一生石臼を挽かせようか? 俺の奴隷としてだ!!」
トリステイン語が上手くなって、こんな悪口も次々と吐ける。

「どうした? 男の後ろに引っ込んで、お前はなんにもしないのか? 何も出来まい無能者! 爆発しか起こせないのだろう! 何もない、『虚無』め! この世界では『ゼロ』と言うのだったな!!」

ルイズは怒りのあまり、ぶるぶると震えながら笑う。杖を振り上げ、呪文を唱える。トラクスはマジナイのかかったマントを頭に被り、両耳の穴に粘土を詰め、デルフで後ろ上方の青銅管を切り裂く。シューッと噴出する高熱の蒸気に紛れ、姿勢を低くしたトラクスが、ふらつくワルドに全速力で迫る。 あとは、運だ。

「死になさい、こンの………馬鹿犬ゥーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!」
「!! や、やめろ、やめるんだルイズ!!!」

閃光、爆発、誘爆。そして相次ぐ轟音。
タルブに隠された巨大兵器『破壊の車輪』は、敵も味方も巻き込んで、地上から消滅した。

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