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melodrama


友人と食事をとった後バーへ寄った。店内にはポピュラーなジャズが流れていて私たちの他に中年のカップルがいた。男はこの近くに住む社長だそうでなるほど、歳の割にハリがあって身なりも綺麗だった。女は隣の県に住んでいるらしく上品に痩せていた。窪んだ目元には濃いめのアイシャドウ。頭の先から手先まで良く手入れされていて、年相応の美しさがあった。

後でどんな関係か当てるゲームをしようという友人のアイデアのもと、私たちは世間話をしながら彼らの話に聞き耳を立てた。

だんだんと男の声が大きくなり言葉遣いも荒くなり、「そろそろ帰ろう」と女が言うと「クソババア!気持ち悪いんだよ!」と突然男は自分のしていた時計をバーカウンターの中へ投げた。
そこから男は何やら怒鳴り女の顔を殴った。
「あらぁ」と友人と顔を見合わせる。
店員に押さえられた男は勝手にしろだのうざいから帰れだの女に怒鳴る。
上品に痩せた女は私の顔はいくらでも殴って良いからお店に迷惑かけないで!って叫んだりクソババアで結構。さようならと言って荷物をまとめたり、愛してる大丈夫よって抱きついたりと忙しそうだった。

男は30分ほど怒鳴っていたが、酔いが覚めると次第に落ち着き2人は熱く抱き合った。それからお店と私たちに丁寧に謝ると、タクシーに乗って帰って行った。

まさに、雨降って即、地固まるだった。

一番不憫なのはその間ずっと男を押さえてた店員さんだとおもった。

台風の去った店内をデイブ・ブルーベックのテイクファイブが小気味よく5拍子を刻む。
本人達は大変そうだったけど側から見たらレコードから流れる音色も相まって、安いメロドラマみたいだった。


親ほどの歳でみっともない酒癖を披露する男も、それに付き合う女も、一生懸命でそれぞれに自分のことしか見えていないのがかわいらしい瞬間だった。

他人の修羅場というのは純粋にたのしくてそれからまだまだ人生ここからだなと思った。

それから側から見た他人の愛の激情は安っぽくてこの程度ってわかったのが今のわたしにはとってもよかった。
他人の人生の熱い一幕を俯瞰してみたのは初めてのことだった。

友人は私を殴っていいから!と叫んだ女の異常さに「恋はお砂糖だから、他もバランスよく、程々にしないと病気になっちゃうね。何にせよ暴力はいけない。」と言いバーテンダーは「酔ってなければ良い人なんだろうね」と笑った。

わたしはしばらく静かにハイボールを飲みながら幕を閉じた物語の余韻に浸っていた。

今この瞬間もみんな自分の大切な人生を、側から見たらチンケなメロドラマを、一生懸命に生きてると思ったらなんだか気持ちが軽くなって、悲観的にいたり自死を考えるのが勿体無いような気がした。つらい方が多くなったら、その章を終わりにすれば良い。その事実は今はくらっとするほど寂しいが、いずれ大丈夫になっていくのだろう。

コツコツお金を貯めてそれからどこかぴったりな国を見つけて少し住んでみたい夢を思い出した。

花束を隠してインターホンにうつるにやけた恋人のかわいらしさや一緒に過ごす時間の暖かさは大切だけど自分のこともそれ以上に大切にしなくちゃいけない。

お砂糖だけじゃなくってビタミンもタンパク質もバランスよく摂っていこう。心身共に豊かで美しく吐く言葉も豊かで美しいおばさんになるためにね。

今夜の出来事でそう思った。

店を出ると外は寒くて、風が肌を突くようだった。

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