バナナチョコカスタードのクレープを3つ

こめかみにニキビができた。潰そうとするともっと大きくなる感じがして、駄目だと分かっていても、気づいたら指で撫でてしまう。初めて皮膚の表面に白い粒を見つけたきっと12歳くらいの頃から、ずっとお母さんに触ったり潰したら駄目と言われてきたのに、こんな大人になってもつんつんしてしまう癖が直らない。少し情けない。

月に一度くらいの頻度で、アパートの隣に住んでいる大家さんが大量の卵を差し入れしてくれる。一人暮らしでは到底平らげられないくらい、紙のパックいっぱいのそれを私は謎卵と呼んでいる。

一体、どこで、いつ、どうやって手に入れた卵なのか、謎卵の真相を、妙齢の大家さんに聞くに聞けないでいる。夕方頃、玄関のチャイムを鳴らして、ドアを開けた私に微笑みかけながら大量の卵を贈る大家さん。結構な量なので、どうにかして食べようとは思っているものの、なかなか難しい。それでも、なんせお隣に住んでいるから、消費しきれず丸のままの卵たちをゴミに出す決断はできない。

この前、謎卵の消費に大成功したのはカステラだった。『ぐりとぐら』に出てきそうな、ふかふかの大きなカステラが1台(単位は1台って感じだった。体育館倉庫に置いている高飛びとかで使うマット見たいな立方体)焼け上がった時は、朝ごはんも昼ごはんもおやつもカステラをつまみ、私の体の半分がカステラになるんじゃないかしらと思ったくらいだった。

型を作ったり工程に手間がかかるので、頻繁にはカステラを焼けず、茹で卵にしたり、目玉焼きにしたり、毎日どうにかしてやりくりしている。最近は卵3個でカスタードクリームをこしらえた。砂糖70グラムと卵黄を白っぽくなるまですり合わせて、薄力粉30グラムを入れてさっくり混ぜ、沸騰直前まで温めた牛乳を少しずつ注ぎながら、なめらかになるまでかきまぜる。茶こしでこして小鍋でゴムベラを使いながら煮立たせ、もったりしてきたところで火から下ろし、氷水で粗熱をとって容器に移し、冷蔵庫でひんやりするまで冷ます。

そのあいだに、卵一個で薄いクレープ生地を焼き、カスタードクリームを塗って、スライスしたバナナと砕いたミルクチョコレートを一緒に巻いたやつを一気に3つ食べる。勢いそのまま、脳味噌が糖分にやられて卒倒するように15分ほど気を失ったように眠る。

大家さんのおかげもあって、近頃はスーパーで卵を買うことがなくなった。卵について考えることが多くなった。実は卵をそんなに好きでないので、実は使っても使っても減らない謎卵にはいつも圧倒され、実は苦心しているのも、実を言うと正直なところだ。アレルギーとかはないけれど、どうしても卵のちょっと生臭いのが苦手でもある。でも、とても優しい大家さんが贈ってくれる目に見えるタイプの大量の優しさを、お隣さんとしてこれからも無碍にできそうにはない。

大家さんから借りている部屋は、お世辞にも広いとは言えないワンルームだけれど、エリアの割には落ち着いていて、ベランダから見える空も広くて、気に入っている。ミニマリズムとは程遠い、雑貨やら雑誌やらが転がっている雑然とした空間で、夜更かししながらぽちぽちキーボードを打つのも嫌いでない。夜(それは大抵金曜とか週末の)、ベランダの窓を開けると、たまに近くからかぼそい女の人の声で「ごめんね…ごめんね…寂しいね…」とか、かすかに聞こえてきたりもするけど、住んでいる今の部屋は好きだ。

最近、友達が地元に帰ったまましばらく帰ってきていない。大学で知り合って、卒業してからもっと頻繁に会うようになった友達。これまでにない寂しさを感じている。友達と毎日会っているわけでも、毎日連絡をとっているわけでもないし、どちらかというと私の勝手な都合ばかりで会ったり、会わなかったりしてきたけど、ひょんなことから友達が東京にいないことを知って、いてもたってもいられないような気分になっている。

これは、遠距離恋愛をしていた時も、実家にいる家族にも感じたことがない寂しさだ。ちょっとびっくりした。頑なに「それでも私は東京で暮らすんだ」と思っていたのに。友達が地元にいるってだけで、冗談で「移住するわ」とLINEが来ただけで、「じゃあ私も東京いる意味ないなあ」という心持ちにまでなっている。

私にとって、友達と遊ぶための場所が東京なのかもしれない。もし、本当に友達がどこか遠くに行ったら、その子のことを追うまではしなくても、私も東京をでて、どこか好きなところへ飛んでいってしまうかもしれない。それだけ友達の存在って大きかったんだな。と今更思ったりしている。あんまり気持ちを入れ込みすぎないようにしなきゃ、っていつ何時も何に対しても気をつけたい性質なので、友達にも今回思ったことはあんまりばれたくないけど、情けないくらいその友達と今は離れたくないんだなって、自分勝手に頼っている私がいることはよく分かった。率直に、こんなことバレたら恥ずかしいである。見ないでほしい。

以前、その友達に大家さんの謎卵の写真を見せたら、友達は大いに羨ましがっていた。友達は卵が好きらしい。スーパーに行くと買うらしい。毎日食べても飽きないと言っていたし、私なんかより謎卵をよっぽど上手に料理すると思う。

でも、友達は牛乳が嫌いだ。アレルギーとかではなく、生臭いのが苦手で、私にとっての卵みたいなものらしい。たとえば、私が美味しそうにミルクココアを飲んだりすると、友達はちゃんとやな顔をする。可愛い飲み物のむな!といいながら、豆乳を飲んだり水を飲んだりしている。

今だってもっと近くに住んでたら、卵も牛乳もはんぶんこするのになあといつも思う。謎卵は私にとって大家さんとの繋がりだけじゃなく、友達との繋がりも想起させられる代物らしい。だから、こうやってその友達がどっか遠くに(どっかではなく友達の地元なわけだけど)いるときに大量の謎卵をもらってしまうと、意味わからないくらい私の哀愁が炸裂してしまうのかもしれない。

ジップロックの容器にたっぷり詰まった、クレープの残りのカスタードクリームをスプーンですくって食べ、友達が東京に帰還する週末には新大久保に行って一緒に何を食べようか考えつつ、会えるまでまた頑張ろーと思いながら今日は寝る準備に入ることにする。

謎卵はあと11個くらいある。今回のカスタードはちょっと牛乳くさい。