酸化した月のクレーターみたいな踵

この間、誕生日を迎えてやっと「最もよく言われる年齢」に同期した。ただ一度30歳と言われたこともあって最近の関心事はとっくに30代なので、実感することはあまりない。

おろしたてのブーツを履いていたら靴擦れして、両足のかかとがすりむけた。酷かったのは左足の内側で、皮がむけてぷりぷりのピンク色のまましばらく治らなかったのだけれど、こういう時いつも綿矢りさの「ピンクグレープフルーツ」を思い出す。ルビー色の果肉と靴擦れを重ねた表現が高校生の頃からお気に入りだった。お風呂でめちゃくちゃしみるけど。

傷の表面から水分が抜けて、痛みも感じなくなったなあと思ってみてみたら、意外にもほったらかしにしていた右足に驚いた。かけ始めた月のクレーターみたいな形に色素沈着している。この後、かさぶたになってするんと落ちたらいいけど、このまま残ったらタトゥーと間違えられそうなくらい綺麗な出来栄えだ。ところで、自分の体が成長を終えて、酸化しはじめている。誕生日よりこういうやつのほうが年齢を実感しやすいかもしれない。

素敵な何人かの人々が、この日を覚えていてくれて、一人が私に「私らしい一日を過ごせますように」という言葉を贈ってくれた。私らしい一日とはなんだろう、と考えながら、コンビニに行ってクリスマスの売れ残りで安くなった2ピースのケーキを買い、家に戻って1つ食べ、仕事の合間を縫って日記帳を開いた。

この日記帳には、誰かに読まれたら私が死ぬタイプの呪いがかかっている。大学生の頃からずっと続けていて、毎日ではなく書きたいときに、文字だけじゃなく絵を描いたり、そのまま仕事のメモに使ったり(学生時代は全講義の書き込みノートだった)、ネタ帳としても常備している。

けっこう本気で肌身離せなくなっていて、もしどこかで無くしてしまったら多分本当に落ち込むだろうし、自分より先に誰かが見つけたとしたら必ず発狂すると思う(そういう呪いがかかっているので)。一度、たくさん本棚があるパブリックスペースで、本が並ぶ棚の隙間に置き忘れて、手元にないことに気づいたときにはゾッとした。

日記帳は、罫線も何もないプレーンな白紙ページのノートを使っている。ノートを新調するときは白紙か、グリッドがいい。罫線が引かれていると、自分の好きなように行を詰めたり、絵を描いたりしづらく感じてしまう。

そういえば、前に友達に「君は恐ろしく文字をまっすぐ書くよね」と言われたことがある。紙に横向きで文字を書くとき、やや右上がりになっていくのが小さい頃すごくコンプレックスだったので、すごく慎重に書くようになっていたのを、指摘されるまで忘れていた。今もまっすぐに文章を書くのが好きで、でも意識からは外れていたので、気づかれたことに驚いた。

久しぶりに定規のまっすぐを使いたくなったので、今回は1ページにいくつかの長方形を並べてみた。そしたら漫画のコマになったので、各コマに好きなように絵を描いてみた。さらに吹き出しを描いてボールペンで全部なぞり、消しゴムで綺麗にしたら、漫画っぽい何かになった。

セリフも何も考えずに適当に作ったので、吹き出しの数も計算外だったけれど、なんとなくセリフを入れていった。そしたらちゃんと落ちて、我ながらまずまずな感じに出来上がったので、ちろっと友達に見せてみた。彼女がとてもいい具合に褒めてくれたので、私はとても満足して何度か読み返した。

寝る前にまた読み返しながら(ほんと満更でもなかったみたい)、その時に聞いていた音楽を流した。トラディショナルなアーティストのコンピで、ジャケを一目見たらとにかく可愛くてはまってしまったやつだ。そのアルバムに、ちょうど漫画で描いたみたいな話の曲があって、こっそり嬉しくなった。

今年はそんなような誕生日だった。なかなかいい誕生日だったのではないかと思う。