神保町で会いましょう

体があいたから、気になる展示に行ってみた。平日だったのでネットの予約優先チケットを買わずに美術館を訪れたら、かなりの混み具合で、チケット売り場には20分待ちの札がかかっている。携帯を見ると、ちょうど1時間後からの入場予約に空きがあったので、チケット販売窓口には並ばずにネット予約し、近くで1時間ほど暇をつぶすことにした。

歩いて15分のところに、喫茶店を見つける。美術館を離れて少しすると、川が流れていて、西陽のきらきらを眺めながら橋を渡り、お店を目指す。

喫茶店は古き良き空気が流れていた。ドアチャイムがくくりつけられた扉を開くと、店内にはBGMの代わりに店内奥に設置されたブラウン管テレビでドラマの『相棒』が映されている。打ち合わせ中のサラリーマンが、相棒の音声に負けじとはきはき商談をしている。巻いた黒髪にミントグリーンのエプロンをしたおばあさんが、おしぼりとお冷やを渡してくれる。私はホットコーヒーをひとつ注文する。コーヒーを待っていると、卸業者が店に入ってきて、開口一番に「大変申し上げにくいのですが、弊社の豆の価格がこの度値上がりすることになりまして…」と、カウンター奥のマスターに頭を下げている。その後出されたコーヒーはほんのり炭火焼のような香りがして、苦味がしっかりとしていた。私はなんとなく、居心地がいいなあと思った。

一服を済ませ、入場時間が近づいてきたので、美術館に戻る。あまりに混んでいたのと、展示の写真を撮ろうとする若者たちの気力に押し負けて、喫茶店にいたよりも短い時間で展示を見終わってしまう。美術館を出たお客さんにまぎれてとぼとぼメトロを目指す。今回は、喫茶店を訪れるために出かけたような気分だった。でも、不思議と満足していた。

帰りは、家の最寄りから3駅離れた乗り換え地点から歩いた。少し日が伸びてきたなあ、と思う。最近は、とつぜん雪が降ったり風が強くて冷たかったりするけれど、少しずつ新しい季節がやってきてるなあ、とも思う。アメリカの青春映画を見ていると、彼らの別れの季節は夏の終わりで、暑い時期にプロムをやったり派手に出かけたりしている。日本の青春と別れの季節は冬の終わりで、まだ肌寒い、けどこの暖かさの気配が少しだけ近づいてくるような時に、離れ離れになる友達とカラオケに行ったり、髪を染めたりしていたなあ、と思い返す。

公園の横を通り過ぎている時、友達から連絡があった。友達とは、12歳の頃に、受験会場で隣の席だったきっかけで知り合った。受験の最終選考が抽選という超絶ヘンテコな学校で、彼女はその前段階の集団面接のグループで一番輝いていた人だった。グループで抽選選考に残っていたのは私たちだけで、小学6年生だった見知らぬ私たちは、控えめにお互いが合格したかどうかを確かめあい、周りの不合格したかもしれない人に気を使いながら、未来の親友の入学を祝福しあった。

その後、同じバレーボールチームに所属して3年間戦った。戦った、というのは相手校という意味だけではなかった。私と友達は、同じポジションを巡って文字通り本当に戦っていた。お互い、全力だった。3メンで彼女が私の両手の間を打ち抜けば、負けじと私も次のスパイクを友達側のコートに叩き落とす。私にとって、彼女はすごくかっこいいプレイヤーだった。だからこそ負けたくなかった。多少、周囲に緊張感を走らせるくらいには、私たちはいつも凌ぎを削っていた。でも、ジャージを脱いで制服に着替えたら、いつも二人で駅まで自転車を漕ぎながら何事もなかったように屈託なく、先生の物真似や恋愛話に花を咲かせていた。

中学で部活を引退してからも、私はそのまま進級する高校でバレー部を選んだ。彼女は陸上部を選んだ。それでも二人は朝、駅で集合してチャリンコを漕ぎ、帰りは部活のでかいバッグを背負って駐輪場で落ちあった。しばらくして、彼女はバレー部に戻ってきた。今度は別のポジションで、大学受験を控えた引退までコートで一緒に戦いぬいた。体育の体力測定では、万年学年女子2位だった私の前にいるのはいつも彼女だった。部活を引退してからは、職員室前の自習ブースに集合した。なんだかんだ、いつも一緒だった。

大学は離ればなれになったけれど、20歳の夏には彼女の誘いで山形へ免許合宿に行った。就職してからは、また会える距離に住むようになった。たまに会うと、中高のあるあるネタや思い出話でバカ話をする。何も変わったつもりはないけど、彼女といると心から学生の頃の私に戻ってしまう。そんな彼女に対して、去年の秋に私の不手際によって会う約束を破ることになってしまい、叱られて、謝って以来、連絡が取れないでいた。そんな彼女が、連絡をくれていた。「話すこといっぱいある、聞いて。会おう」とだけ。いやあ。本当にごめんーーー。実は、この期間に夢に何度か彼女が出てきていた。何事もなかったように喋ったり、許してくれる様子だったり。私は久しぶりに年甲斐もなく、外で泣きそうになってしまった。

集合は神保町で17時。15年前とは会う場所も時間も変わった。でも、私たちは昔から何も変わらない。