青色迷路

こんな夢を見た。気づいたら私はひとり波打ち際にいて、海の反対側を振り返ると巨大迷路の入口があった。波がゆるやかに高くなってきて、その場にいても仕方なさそうなので、巨大迷路に入ることにした。ハリーポッターとかシャイニングで出てくるような、自分より大きな壁で覆われた迷路。その全貌は、まったく分からなかった。

ただ、歩いていてそこまでの恐怖心はなかった。波の音が案外近くに聞こえて、風もそよいでいる。たまに能天気なカモメの声も聞こえる。観光地のひまわりの迷路と違うのは、奥が見通せない真っ白な壁が続いているところくらいだ。地中海の建築物みたいな壁の折れ曲がる道なりにそって、てくてく歩いていく。不思議なのは、進んでいくなかで、迷路なのに行き止まりがない。行き止まりこそないが、ゴールも特にない。

だんだん不安になってきた。このまま気持ちの良い道を散歩し続けて、どこに向かうんだろう。ずいぶん歩いてきたはずなのに、海の音が遠ざかっていく感じもない。陽気も特に変わらなくて、時間の移り変わりもよく分からない。

何もかもよく分からないままずっと歩き続けて、私は気が狂ってしまうのかな?と思い始めた。でも、私の足は止まらない。次々見えてくるコーナーに沿って歩みつづける。着ていたパーカーのポケットに手を突っ込むと、スマホと有線イヤフォンが入っていた。イヤフォンを耳につけてスマホを開くと、音楽を再生する画面だけが写っていた。海の音に飽きそうだったので、プレーヤーを再生する。

ピアノのイントロから始まって、サックスがたおやかに混じり込み、徐にUAが歌い出した。私はこの名曲カバーを気に入った。真っ白な迷路はまだ終わりそうにない。どこかで休憩しようかと思ったけれど、足は全く疲れていなかったので、歩き続けた。

そのうち、壁に右手をそわせて、子どもが梯子型の塀で手を遊ばせるようにしながら歩くことにした。壁は見た目よりも触り心地が良くて、気も紛れた。素焼きの陶器みたいな壁のマットさと、ひんやりした感じを好きになった。

それでも、だんだんと歩いていくことに飽きていった。

もうやめようかな、と思った瞬間、私は迷路ではなく波打ち際にいた。元の海に戻ったのか、それとも別の場所なのか分からない。分からないけど、迷路みたいに視界が限られた空間に飽き飽きしていたので、目の前がどこまでも真っ青に広がっている、海のあるこの世界に一生居たいなと思った。そしたら、私の隣に友達が現れた。中学の同級生や、大学の友達や、会社の同期も居た。みんな海の方を眺めたり、誰かと話したり、ちょっと遠くでは海に入って遊んでいる人もいた。それを不思議な気持ちで眺めていた。みんな楽しそうだ。

みんな楽しそうだ。と呟いた。隣の友達には聞こえていないようだった。いや、もしかすると聞こえていて、聞き流されたのかもしれなかった。どちらにせよ、友達はぴくりとも動かなかった。ただずっと、水平線の向こうを見つめている。風で顔の周りの髪が少し揺れていた。私は、さっきまで白い迷路にいたことを友達に話してみた。友達はこちらを見なかったが、ふふふと声もなく笑った。友達には声が聞こえているようだった。

友達は、ここにいるのが心地いいんだな、ということに気づいたので、私は退屈しのぎにあたりを見回してみた。

背後に巨大迷路があった。今度は真っ青で、今まで迷い込んでいたやつと全く同じ形の入り口が目の前にあった。もう一度、海のほうを向き直ってみた。海辺はにぎやかで、海を見つめる友達の後ろ姿はおだやかだった。友達は、私に気づいていなかった。笑ったのも、偶然だったのか。

友達に気づかれていないことを言い訳に、私はもう一度こっそり迷路に入ることにした。青い壁と壁の間に一歩踏み入れると、背後に広がる海の景色はもうどこかに消えてしまった。友達の気配も消えてしまった。ただ、今度は波の音と一緒に、子供たちのはしゃぐ声や、波を蹴る音が微かに耳に届いている。風もどこからか私の身体を通り過ぎていく。依然として、心地は悪くなかった。私は、青色の巨大迷路の道を歩き出すことにした。

迷路を歩き続けていくなかで、あることに気づいた。私の足元から少しずつ、壁と同じような青色に染まっているのだ。膝下のあたりで肌色と青色がグラデーションのように混ざっていて、さっきの海辺を思わせた。私はそのまま迷路を突き進んでいく。途中でまた、壁に左手をそわせながら歩いていく。そのうち左手、左腕へと、末端から順番に壁と同じブルーに染まっていく。肩のあたりにきたときに、一気に首元までブルーが迫ってくる感覚があった。私はなぜか心の中で紅潮した。身体の芯がツーンと熱くなる感じがした。全身がブルーに溶け出し、背中に羽が生えたみたいに重力を感じなくなるまで、私はひたすら迷路の中を進み続けた。