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「我、邪で邪を制す(周處除三害)」についてのメモ

香港人監督が撮って、台湾で賞レースを賑わせ、中国でも大ヒットしている『周處除三害』。日本では『我、邪で邪を制す』という邦題となりNetflixで配信がスタートしました。

イーサン・ルアン(阮經天)演じる陳桂林は黒社会の殺し屋で指名手配犯。唯一の肉親だった祖母を亡くし自分が余命わずかと聞かされると自首を決心。しかし、自分が指名手配リストNo.3と知ると、自首する前にNo.1と2を殺してこの世に爪痕を残していこうと考えます。

ボスへの忠義心も兄弟への義理人情もないが、守るべきプライドだけはある一匹狼が戦い、女性を助けて去っていく。こういうのってなんだっけと思ったら、そう、“マカロニ・ウエスタン”。
監督が『ベルベット・レイン』のウォン・ジンポー(黄精甫)というだけあって、『ゴッドファーザー』や『アンタッチャブル』のように髭剃りシーンが登場したかと思えば、『キル・ビル』のユマ・サーマンよろしく棺桶を蹴破って地中から生還、『ジョン・ウィック』のキアヌ・リーヴスほどではないけどバンバン人を撃ち殺して……と、マフィア映画らしい流儀を感じさせる演出がちりばめられていて、金馬奨を獲得したアクション演出にもこだわりと迫力が感じられました。

ちなみに、原題の『周處除三害』は中国の故事。
周処(236年—297年)は英雄のつもりで村人が恐れる虎と大蛇を退治して「二つの害」を取り除くも、村人にとっては自分が「三つ目の害」だったと気づき、最終的に改心するというお話です。
なお、この映画で指名手配リストNo.3の陳桂林がNo.1と2を殺して名を上げようとするのは「三害と言っても人々に記憶されているのは周處だけ」という理由からでした。

さらに、英題の『The Pig, the Snake, and the Pigeon』は豚、蛇、鳩の意味。
これは劇中で言及される仏教の三毒「貪・瞋・痴」を表しているのだそう。
陳桂林の腕時計は「豚」=「痴」(道理を理解せず迷い悩む)
No.2の腕の刺青は「蛇」=「瞋」(嫌いなものを憎み嫌悪する)
No.1の背中の刺青は「鳩」=「貪」(好むものを貪欲にむさぼる)
つまり、三害である三人は三毒を象徴する存在でもあり、三人が死ぬことでこの物語は完結するわけですが……

実は、本作の犯罪者たちには実在のモデルがいるとのこと。
陳桂林のモデルは台湾マフィア・竹聯幫(当時の親分は確かバロン・チェンのお父さん)の殺し屋だった劉煥榮です。

黒社会で恐れられる非情な殺し屋だった劉煥榮は逃亡先の日本で逮捕され台湾で服役、1993年に死刑が執行されました。
彼は獄中で改心して多額の寄付を行ったというエピソードのほか、死刑執行前にテレビカメラに向かって「中華民国万歳」と叫んだことでも有名ですが、彼の人生を語る上で忘れてはならないのは眷村(国民党軍の軍人とその家族の居住区)で育った外省人だったという点。
かつて「鬥魚」というドラマでも描かれた通り、眷村→黒社会という人生コースは台湾の歴史と切っては切り離せないところですが、この映画においてはそういった歴史や文化的背景は描かれません。
そのため、どんな人が見ても普遍的な物語として観られるようになっていると言えるかもしれません。

陳桂林は生存本能と承認欲求が強い一方で自分なりのイデオロギーも人生の目的もありません。そもそも自首を決意したのも、ポエ占いをして、これが逃れられない天の意思だと思ったから。
周處という役回りを演じて彼が人々の記憶に残れたかどうかも定かではありません。
ただ、記録の上では極悪非道の殺人者となる彼がごくごく普通の人だということ、彼の銃撃シーンにある種の爽快感すら覚えてしまうことに、観ているこちらは居心地の悪さを感じることに。

実際に銃を手にして人を撃ち殺すまでは行かなくても、誰もが「貪・瞋・痴」に毒されて人を攻撃する可能性があると気づかされるのが、この映画の一番の怖さなのかもしれません。

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