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島根県奥出雲町「たち花」

コロナによる外出自粛要請の隙間を狙い、島根県奥出雲町にある「たち花」を訪れた。

東京の友人が紹介してくれたのだが、比較的近くにこんな店があることを知らなかっただなんて、僕の情報網はまだまだ弱いと痛感させられた。

予約時にお願いしたのは奥出雲懐石コース。
奥出雲の食材を使った料理だ。
朝からしっかり運動し、お腹を空かせ、期待して店に向かった。

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暑い日だったので、最初に供されたのは自家製のコーラ。
甘さがすっきりして、スパイスの風味が強め。
薬膳の勉強もされているようだ。

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料理は茶懐石の作法で進む。
折敷と呼ばれる膳に料理が並べられ、箸置きはない。
まずは煮え端のご飯と汁、向付はアユの酢じめに味噌を添えたものだった。
奥出雲は中国山地の中にあるので、このコースでは海の幸を使わない。
もちろん、アユは地元の川で獲れたものだ。
このアユも素晴らしくおいしかったが、僕が驚いたのは汁の実のズッキーニ。
食べ慣れた食材だが、特殊な品種なのか?と思うほどおいしい。
訊くと衣をつけて揚げ、その衣を剥がして汁の実に使っているとのこと。
なるほど、程よく水分が抜け、そこに油分が加わり、ズッキーニの旨さが凝縮されていたのだ。

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椀盛りは素朴な椀に盛られ、写真では隠れているが、スッポンの真薯がメインになっていた。
吸い地はもちろん一番出汁。
淡い味付けで、そこに青々とした力強い夏野菜の風味が少しずつ広がる。
夏らしくていい椀だなぁと思いながらスッポンの真薯を崩すと、一気にスッポンの味が広がった。
うわ、こんな仕掛けが!と驚きながら食べていると、左下にある茶色の具が香ばしくて、素晴らしいアクセントになる。
店主に確認すると揚げた芋とのことだった。
いやはや一椀にこれほどたくさんの驚きが隠れた料理はちょっとない。

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刺身は右から時計回りに、アユ、奥出雲サーモン、ヤマメ。
奥出雲サーモンは、広島サーモンと同じで養殖されたもの。
そのため、地元の食べられる川苔を泡状にして野趣を補ってあった。
この創意工夫が凄い。
養殖だから使わないという拘泥ではなく、それもまた奥出雲の味と考え、そこから前進しないと生まれない発想だ。
その他にもヤマメの皮を焼いて添えてあったり、地元の見事なワサビが使われていたり、旨いのは前提として、それ以上に驚きと楽しさがあった。

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この焼き物が最も感嘆した料理だった。
真ん中に塩で描かれているのは地元の川で、右上が上流になっている。
最も上流にイワナが置かれ、ヤマメ、アユと続き、最も下流は左上に置かれたウナギになる。
地元の川の幸を、生息域まで含め、これほど明瞭に示した皿なんて見たことがない!
単なるキレイな盛り付けではなく、思想が伝わる皿だった。
もちろん味にも驚きがあり、アユは一度揚げたものを焼いてあった。
それによりアタマも骨も内臓も、全て香ばしく食べることができ、添えられた本物の蓼酢がとてもよく合った。
ウナギも天然とのことなので、とても貴重な陸封型と思われる。
太いウナギだったようだが、脂よりもしっとりした身の旨さが印象的だった。

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魚介が続いたところで箸洗い的な野菜料理はトマトとジュレ。
トマトの上は地元で養殖されているチョウザメから作ったキャビアとのこと。
サーモンもそうだが、広島と似た取り組みが行われているようだ。
甘いだけでなく酸味もしっかりある地元産のトマトが口をリフレッシュしてくれて、次の肉料理への準備が整った。

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使われている肉は奥出雲和牛。
中国山地は黒毛和牛のルーツということもあり、そこら中に地域の名を冠した牛肉があるのだ。
確か一度揚げて、それを焼いたと言われたように思う。
脂っぽくない部位で、噛み締めると和牛らしい旨味と香味が溢れてくる。
肉の素性が素晴らしい上、火入れも素晴らしい。
しかし、頭の中はソースに占領されてしまった。
いやむしろ、このソースを味わう土台として奥出雲和牛があった。
肉は四切れ、ソースは四種類。
一切れで一種類のソースを堪能する格好だ。
どれも甲乙つけがたい旨さだったが、上にある白いソースは米を発酵させたものがベースになっていて、滋賀県の「徳山鮓」で同じ印象の料理を食べたことを思い出した。
すると「徳山さんとは一緒に仕事をさせていただく機会があり、影響を受けています」とのこと。
考えてみれば、お互い淡水(川と湖)と野山の恵みで日本料理を作られているので、刺激し合うところがあるのだろう。

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湯桶と香物は、スッポンの雑炊、キュウリの大地漬け、豆腐でタクワンを挟んだものが出た。
スッポンのダシが効いた雑炊が旨いのは言わずもがな。
味付けも淡めで品がいい。
しかしここで驚いたのは大地漬けだ。
初めて聞く漬物だなと思ったら「この辺りの畑は真砂土で地力は弱いけれど、ウチの野菜はそんな中で肥料を最小限に抑え、野菜の生きるチカラを伸ばす栽培方法で育てています。その土を食べてみたら旨かったんです!だからこれを使って料理が作れないか?と考えました」とのこと。
土をぬか床の代わりにして、漬物を作っているのだ。
実際、土はミネラルが豊富であり、土食文化は世界各地にある
日本でも「ヌキテパ」で土のコースが食べられる他、広島市でも「ヌキテパ」で修業した「キヨコラージュ」で土のパンが提供されている。
しかし、店主はそれらを知って大地漬けを始めたのではなさそうだった。
自分で土を食べて発見したのだから凄い。
まだ最近、始めたばかりのようで浅漬けだったが、状態をしっかり管理できるようになれば古漬けもできるのではないか。
ぜひともいつか、古漬けを食べてみたいと感じた。

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最後はデザート的な料理になるのかな?
酒粕を使ったジェラートとグラスに入った透明な液体だった。
この液体の正体を当てさせるのが店主の趣向なので、ここでは明らかにしない。
実際に食べて挑戦してほしい。

地方の名店には大きく二種類あり、全国から優れた食材を取り寄せて提供する店と、地元の食材を使ってその魅力を引き出す店がある。
どちらの店にも大変な努力と苦労を強いられるため、ほとんどの店が中途半端になるが、例えば前者であれば、優れた食材は原価が高く、どうしても提供価格が高くなる。
そうすると、支払いできるそれなりの客を掴み続けなければならないし、彼らを満足させ続けなければならない。
比較対象になるのは首都圏で同じように全国から食材を取り寄せている店になり、生半可な努力ではキャッチアップできない。

後者であれば、地元名物を定番の料理に仕立てただけでは評価されず、新たな魅力を提案し続けなければならない上、地元の優れた生産者と人間関係を構築し、常にメンテナンスしなければならない。
あの店は高いから地元の人は行かないんだと言われてしまうと溝が生まれる。
良い品を回してもらうためには、祭りなどのイベントに参加するなど、地域コミュニティーに対するケアが必要だろう。
この店は後者だ。
この地で生まれ、親もこの地で飲食店をやり、自らもこの地に骨を埋める覚悟だからこその仕事と感じた。

また、店主は農林水産省が主催する料理人顕彰制度「料理マスターズ」を受賞している。
ウエブサイトを見ていただければわかるように、受賞者には我が国最高レベルの錚々たる料理人が並ぶ。
僕は我が国におけるミシュランやゴ・エ・ミヨの評価には様々な違和感があり、全く気にしていないが、この受賞者リストにはリスペクトする。
とはいえ、僕は店主が料理マスターズ受賞者だから料理に感心したのではない。
料理を食べて、この錚々たる受賞者リストに名を連ねるだけの料理人だと感じたから、参考として最後に付記した。

ただし、より高い次元の口中快楽だけを求める人にはお勧めしない。
料理を通じて店主の想いや哲学を感じたい、アートのように楽しみたいと思う人であれば、訪れることを強くお勧めする。

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