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70年代 AMラジオで聴いた北京放送

私が中国からの影響を受けたのは、ブルース・リーと京劇。
ブルース・リーは香港だったけどね。
中でも京劇はめちゃくちゃハマった。
祖父の代からのお付き合いをしていた広東料理(架橋)のお店が有り、
そこに貼り出された京劇の日本公演のポスターを貰ったりもしたなぁ。

その当時ラジオにもハマり、ラジオ製作などの電子工作にもハマった。
13~14歳くらい(1979年頃)だったと思うが、海外の放送が聞ける短波ラジオを
親にねだったことも有る。ちょうど日本でもエアチェックなる言葉が流行り、
短波も受信できるラジオのCMが流れてたりした。
ナショナル(現パナソニック)のクーガー、ソニーのスカイセンサーなどは
憧れのラジオだった。このブーム自体は2年ほどだったように思う。
これ以降はFM放送、FM放送専用の雑誌なども活発となっていく。

話は戻って、カセットレコーダー付きのAM、FMラジオ(モノラル)を
姉からお下がりで譲ってもらい、暇さえあればラジオを聴く習慣ができた。

夜になると電離層の影響もあって、遠方のラジオが聞けたりするのがわかった。
リード線をラジオのアンテナに巻きつけ、物干しに逆の端を結わえて、
ラジオの感度を上げたりと試行錯誤もしていた。

ある時、ゆっくりとチューニングを回すと、中国の音楽が聴こえてきた。
しばらく聞いていると、放送はすべて日本語。正直驚きましたね。
海外の日本向け放送って、短波ラジオでしか聴けないと思ってましたから。
日本人もいたようですが、中国人のアナウンサーもいました。
きれいな日本語を喋っていましたね。

中国で起きた事件というよりは、北京の日常みたいな紹介が多かったかな。
19時から24時までの放送だったと思います。
聴いていた時代は毛沢東亡き後の時代。華国鋒から鄧小平への移行期ですかね。
政治的な報道はあんまり聴いた覚えはなかったな。
そこから聴き続けて、高校生になって聴かなくなったかな。

今は北京放送と言わずに、中国国際放送というらしい。HPもありますね。

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