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談義④ 「破壊的ファシリティマネジメント」 ー 企業に破壊的イノベーションをもたらすFMー

0 破壊的イノベーションの必要性

 近年大きな企業であればあるほど、「破壊的イノベーション」にも取り組み、既存のワークフローに留まらない自分達の新しい市場価値を提案していく必要に迫られている。「破壊的イノベーション」とは、クレイトン・クリステンセン氏が著書『イノベーションのジレンマ』 で提唱したイノベーションモデルである。

イノベーションのジレンマ

*クレイトン・クリステンセン
(Clayton M. Christensen、1952年4月6日 - 2020年1月23日)

 著書の中でクリステンセン氏は、持続的イノベーションと比較して既存の事業の安定した状況に対して”破壊的(desruptive) ”な展開を起こし、事業内容や業界構造を転換させて、新たな価値体系に企業を導く破壊的イノベーションの必要性を、企業の成長ジレンマと合わせて提示した。

 この談義では、経営における破壊的イノベーションの必要と、その経営基盤のひとつとされるファシリティマネジメントとを掛け合わせて、「破壊的ファシリティマネジメント」という考えを妄想した場合、既存のさまざまな社会の動きに対してどのようなFM視点を得られるのかについて論考してみたい。

1 強く尖ったFMのアイディア

これまで「建築デザイン」と「FM」を繋ぐという大きなテーマのもと、いくつかのNOTE談義を繋げてきた。その中の談義②「発注者は建築の諸要件をどう決めるか。 ー要件整理プロセスの悩みと違和感ー」にて、”尖ったアイディア” と ”丸いアイディア”という言葉が話題になった。(下記談義②での図4.2)

丸くなるアイディア

 この「FM×建築デザイン」企画の談義メンバーのうち、発注者側の経験側のあるひとりは、建物の企画段階でのFMにおいて、アイディアが社内での合意形成をくり返すプロセスによって「丸くなっていく」ことへの違和感を感じていた。

 このときの「丸い」というのは、感覚的に用いた表現であるが、多方面からの関係者との合意形成をとるプロセスを経て、「意図せずして一般化・普遍化されてしまった」アイディアというような意味での「丸い」を話していた。石で例えるならば、山頂で崩れ落ちた角ばった石が、河川に流れ込んで下流へと下るプロセスの内に、水や他の石との衝突など多種多様な外力を受けて「丸く」なっていく様子に近い。
 一方でその対照例として表現した「尖った」については、「まだ丸くなっていない」という否定的な意味を想像していた。しかし、議論を進めるな感で、その尖った状態には社内の様々な合意形成のプロセスを経たあとも持続的に「尖っている」ことにも、ある一定の”良さ”があるのではないかという感覚が全体に漠然とあることを感じていた。
 この談義では、この持続的に尖っているもの(多種多様な外力を受けたプロセス後も丸まらないもの)を「強く尖ったアイディア」と仮定し、それこそが破壊的ファシリティマネジメントであると言え、かつこれからの建築とFMとが繋がった世界において重要なものでないかと仮定している。

1-1 経営基盤としてのFMとイノベーション

 ある企業における経営的な価値判断の中で、ステークホルダー間の合意形成のプロセスを経てアイディアが受動的に収束していく(丸くなる)ことのみで経営するデメリットを見たものが、クリステンセン氏の『イノベーションのジレンマ』とも考えられうる。
 クリステンセン氏は、”アイディアが全体で共有されたときに多方面からの意見を聞き、そのアイディアを個人の理解から、一般解へと摺合せしていく持続的イノベーションだけでは、外部の市場からきた別の組織に淘汰される事態を様々な企業の経営変化や倒産等から説明した。

 一方でFMにおいては、PDCAサイクルを適切に運用し、事業を安定的かつ持続的に支えることが求められる。ここで一般に求められている安定性や持続性は、クリステンセン氏が掲げる破壊的なものとは少し異なる。FMは事業を支える”経営”の基盤とされているのにも関わらず、クリステンセン氏の掲げるこの”破壊的”な側面と、相対する取り組みだけで果たして良いのだろうか。

4つの経営基盤

 JFMA(日本ファシリティマネジメント協会)ではFMを、”経営基盤”の4つのうちの有力な一つとして掲げている。経営基盤としては、①人事、②ICT ③財務 ④FMの四つを位置づけている。


1-2 経営の今後はFMの今後?

 FMが経営基盤の一つであるならば、経営にとって昨今重要とされる”破壊的”な手法はFMにおいても重要となるのではないだろうか。大きく話が飛躍しているかもしれないが、私はクリステンセン氏の掲げる「破壊的」なものとという考え方と、これまでの談義で話題となってきたFMで暗に貴重と感じている「強く尖った」ものは、非常に近い状態のように感じている。

 クリステンセン氏が指摘したイノベーションにおける持続的と破壊的の違いは、下記のような図によく示される。

破壊的イノベーション

 クリステンセン氏が研究対象としたビジネスモデルの多くは、比較的大きい企業のもので、既に構築した自社のマーケットや慣習が、ビジネスの方向を暗示するような、外部からの力が経営に直に影響を与えるモデルが多い。モデル(またはシステムバウンダリー)が大きくなればなるほど外力が大きくなる中で、経営を持続させるためには、その外力に受動的であるのみならず、外力自体の構造をも変えてしまうイノベーションを生む必要性とその難しさについて述べている。
 既存の事業の安定した状況を越えて、技術革新やアイディアによって打ち破ることで、価値構造自体を変えてしまうイノベーションを「破壊的イノベーション」と呼んでいる。これは談義②で発注者が、建物を企画する際に経営上のステークホルダーからの多様な外力に対して受動的になるのみでなく、企画や経営自体も大きく変えてしまう、FMの「強く尖ったアイディア」と近しいと理解できないだろうか。


2 破壊的イノベーションの方法から考える

 「破壊的イノベーション」の重要性はクリステンセン氏の著書を読むと理解できるが、実際にどのような方法で「破壊的イノベーション」を起こせるのだろうか。まだ一般に共通認識される方法論は無さそうだが、そのヒントが『両利きの経営』に垣間見えた。

2-1 両利きの経営  知の「深化」と「探索」

両利きの経営

チャールズ・A・オライリー,マイケル・L・タッシュマン 著 入山章栄 [監訳・解説] 冨山和彦[解説] 渡部典子[訳]『両利きの経営』東洋経済新報社, 2019

 この本で著者は、クリステンセン氏の掲げる「破壊的イノベーション」の価値の再確認とともに、それを実際に実現する難しさを語る。そして、その手法論として、特に「知の探索」と「知の深化」という二つの行動のコントロールを重要なマネジメントとして掲げ、その行動を持って取り組む企業のイノベーションをマッピングしている。

2-2  市場の新旧と組織の新旧に基づくイノベーションストリーム

 『両利きの経営』では、第一章で破壊的イノベーションの必要性が広く認知された今日において、両利きの経営(「知の探索」と「知の深化」のバランスが取れた経営)によって”イノベーション・ストリーム”をマネジメントする重要性が述べられている。”イノベーション・ストリーム”とは、図2.3のように、組織能力と市場・顧客を二軸にとったそれぞれの方向性において従来型から新型へと経営を進めることを可視化したものである。

イノベーションストリーム


  ”イノベーション・ストリーム”では、既に慣れ親しんだ市場や既存の組織能力から取り組むコア業務から、領域①へと進むことを漸進型イノベーションといい、領域②へ進むことをアーキテクチュアルイノベーション、領域③へ進むことを不連続型イノベーションと呼んでいる。また本著には、領域③へと進むアーキテクチャルイノベーションが、破壊的イノベーションを意味するというコメントもある。

 「探索」と「深化」の行動にコントロールして業務を進めることは、FMにおいても同様に必要であろう。この談義ではむしろ、FMにおいてその二つのコントロールによってどんな”ストリーム”が生まれるかについて考えたい。

2-3 ファシリティマネジメント・ストリーム

 1章でも議論したように、ファシリティマネジメントは経営基盤の一つであり、FMの進むべき方向性は、経営と照らし合わせていく必要がある。その経営で必要とされるイノベーション・ストリームの図を、[イノベーション→FM ]として置き換えて考えると、図2.4のような考え方ができないだろうか。

ファシリティマネジメントストリーム

 各語におけるイノベーションをファシリティマネジメントに読み替えた。また、経営でのイノベーション・ストリームは、①組織能力 と、②市場・顧客 の軸で四象限を構成しているが、FMにおいてこれらは、①FMサプライ(供給できる技術・能力・情報) と、 ②FMデマンド(FMサービスに対する要求や社会的ニーズ) と捉えられないかと考えている。 

2-4 両利きのFM

 ”両利きの経営”を実現し、イノベーション・ストリームをマネジメントすることが経営に重要であるように、FMでも図2.4で考えたファシリティマネジメント・ストリームを上手にコントロールしていく重要性はあるのではないだろうか。

 ちなみに、2-3では無理矢理イノベーション・ストリームの二軸に合わせて、FMに関わる2軸を作ったが、一般的にFMにおいては、実際の管理項目として、(品質)(財務)(供給)の三項目が掲げられてきた。

両利きのFMの多様な道筋

 そのことを強引に紐づけるならば、ファシリティマネジメント・ストリームは本来図2.5のように書くこともできるかもしれない。図が複雑化したため一つ一つについて考察するのは今後とするが、先に挙げた二軸に通ずる品質(デマンド)・供給(サプライ)に加えて、財務を加えると、3次元的なFMの展開が眺められる見方もありそうである。

3 破壊的ファシリティマネジメント

 2章ではイノベーション・ストリームというマップ化の力に頼って話を進めた。改めてFMでは、図の2.4にある、①FMサプライ と、②FMデマンド の切り口から、既存と新規の状態を具体的に考えて行動することに価値ががありそうである。この章では、もう少し具体的な例や要素技術にフォーカスしながら、どのような行動があるかについて考えてみる。

3-1 既存のFMデマンドと既存のFMサプライ 

現在のファシリティマネジメント

 FMデマンドもFMサプライも既存の状況におけるFMに関してあまり深堀することはしないが、既存業務継続型のファシリティマネジメントである。既存業務のファシリティマネジメントもまた多様なので、今回の談義でのある視点を定めるならば、JFMAが掲げるFMの3つのレベルにおける管理レベル・日常業務レベルのFMとして今まさに行動されているものと考える。

FMの3つのレベル

 管理レベル・日常業務レベルにおいて行われていることは、①実際のビルメンテナンス作業として行われている修繕工事や、清掃工事、②それぞれのファシリティを管理化するためのデータ化作業、③データをもとに所有しているファシリティに対して異常等がないか確認する作業、などきりがないが様々なFMが行われている。経営レベルのFMを意図的に外した理由は、経営レベルにおいては基本的に将来のビジネスや将来の自分たちのファシリティといった”既存”でないものを扱うことが多いためである。しかし、経営レベルのFMの中にも、既存業務継続型の行動として行われているものもあるだろう。

3-2 新しいデマンドの発掘 (漸進型ファシリティマネジメント)

漸進型ファシリティマネジメント


 FMデマンドだけが既存から新規になる漸進型ファシリティマネジメントにはどういった事例があるだろうか。”FMデマンド”とは、”FMを必要とする人が、ファシリティに求めたいあるサービス”であり、また必要とする人が不特定多数であれば社会的なニーズとも呼べるだろう。

 そのため、FMデマンドが新規になるとは、FMのサービスに対する要求や社会的なニーズが、新しい価値段階やマーケットに移ることを起点に、FM全体が変化していくことと捉えられる。そうした事例をいくつか考えた。

 〇自動車メーカー・電力会社
 自動車メーカーをどことは特定しないが、FMサービスに対する要求が新しくなったことで社内FM自体も新しくなる事例は、自動車メーカーにおいては想像しやすい。自動車メーカーは、数万種とある部品のサプライチェーンに支えられており、多様な工場における可能性とリスクを一体で管理する必要がある。そうしたFMに日々取り組みつつも、昨今では過去に一般的であったガソリン車の生産フローを最も効率化・安定化させるFMから、電気自動車中心へとシフトする状態にある。自動車の供給の安定性は継続して求められつつも、ガソリンから電気へへと変化するサプライチェーンに適応する必要とともに、れまで支えてっくれてきたガソリン車の産業や就業人員の生活も支えていく必要による構造転換に迫られている。
 また大手電力会社にも同様のFMの変化が見られる。大手電力会社の場合は、エネルギー源の変化がFMに大きく影響を与えており、これまで原子力も含んだ施設の中長期実行計画を建ててきたが、社会的なニーズとして原子力発電に対する強い非難の声もあり、廃炉と他熱源化にむけたFMの変化が著しい。

 〇公共施設ファシリティマネジメント
 また公共施設ファシリティマネジメントにおいても、社会的なニーズの変化によって新しいFMに移るという事例が想像しやすいのではないだろうか。長期的かつアバウトに見れば国内の公共施設のFMは、2005年の国内総人口が本格的に減少に転じるときまでは、とにかく床面積を増やし公共サービスを総量として増やしてきた。しかし、実際にそのサービスをうける市民の減少に伴って、必要とされるサービス総量は減り始めた。一方で、造り続けてきた建物の維持費が問題となり、社会的な公共FMに対するニーズに大きな価値転換が起きたのである。結果として実際には各地でFMの見直しがおき、まずは2000年台から各地方において公共施設白書や総合管理計画の見直しが行われている。また先駆的な地方では、以前にはあまりされてこなかった新しい型の管理委託方法や、施設活用例が生まれている。

 本談義ではこれらを一旦”漸進型ファシリティマネジメント”と呼ぶ。こうしたFMに求めらえるサービス価値自体が変化していくことによって、FMは継続的に変化していくのが間違いなさそうだ。

3-3 新しいサプライの発掘 (破壊的ファシリティマネジメント)

破壊的ファシリティマネジメント

 一方でFMサプライだけが既存から新規の状態へ遷移する破壊的ファシリティマネジメント(アーキテクチャルファシリティマネジメント)というものにはどういった事例があるだろうか。

 FMが提供できるサービスには物(場)の供給、情報の供給、能力・技術の共有などの広義のファシリティを介したサービスがある。

(経営基盤としては人事・ICT・財務・FMがあるので、人事=ヒト、ICT=情報、財務=コストと考えるとFMにおける狭義のファシリティは”モノ”に限定すべきかもしれない。)

FMサプライが既存から新規になるとは、既存のファシリティが与えられるサービスを変化させる(新たに価値づける)ことを通して、FM全体を変化していくことと理解してよいのではないだろうか。まずはこれらに該当すると考えている事例をいくつか議論してみたい。

 〇Airbnb
 破壊的イノベーションの代表例としてもたびたびあげられるが、Airbnbは実際に今あるファシリティがもっているサービス力を掘り起こし、新たな滞在の場や在り方を供給しているという点では、破壊的ファシリティマネジメントとも理解できるのではないだろうか。活用されていない資産がニーズとうまく繋がるシステムを構築することで、もともとただ存在していた資産に対して新たなサービスを生み出した事例である。大きな企業や公共は多種多様な施設を取り扱っているが、Airbnbのオープンプラットフォーム内にある建物の多様性はそれらをはるかに凌駕する。その圧倒的に多様なファシリティ全体を、分散型の運営者で管理しながら、自由に借りられるサービスを作り出すことで、新たな価値体系とキャッシュフローを生み出した功績は大きい。その後もスペースマーケット等類似する様々なサービスが話題を呼んでいる。

 〇モクチンレシピ
 Airbnbが物からのサービスを新しく引き出したFMとするならば、能力・技術の共有から新たなサービスを実現した新しいファシリティマネジメント例としてモクチンレシピが該当するのではないだろうか。スキームはAirbnbとも同様に、活用できる資産を生かすものであるが、その生かし方を具体的な図面や施工方法といった”技術”というひとつメタな次元での新たなサービスとして供給している。

 〇ARCHBUS×BIM
 ARCHIBUSはファシリティマネジメントアプリケーションで施設管理を支援する情報プラットフォームである。ARCHIBUS×BIMを破壊的ファシリティマネジメントの事例としていれたのはかなりの期待を込めてであるが、BIMの本来の意味Building Information Modelingを確実に捉え、その情報自体も長期的に変化していくものとしてマネジメントしていくシステムが今後成立していくのならば該当するのではないだろうか。これまでの談義でも議論してきたように、多くの場合建設プロセスと運用プロセスとは、発注者目線を除いては、つながりがおおよそ切れていた。しかし仮に設計段階からきちんと整備されたBIMと、そのBIMを長期的に活用できるシステムとしてのファシリティマネジメントシステムができるのならば、そのプラットフォーマーの存在は発注者以外で建物を流れをデザインできるものとして脅威的である。そこでもデータとしての情報が新たなサービス力を持って各ステークホルダーに共有され、事業とファシリティの循環が生まれるに違いない。

 これら事例に通じるのは、新たなサービスの成功が、結果的にこれまでとは違ったステークホルダーをファシリティマネジメントに巻き込んでいる点である。この新たなステークホルダーを探し出す方法が、『両利きの経営』における「知の探索」であり、またその不足が、談義②にて発注者が感じていた、関係者間だけでの合意形成プロセスに感じる物足りなさなのかもしれない。

3-4 新しいサプライと新しいデマンド (不連続型ファシリティマネジメント)

 最も破壊的かつ脅威であるのはおそらくこの象限に該当する事例である。むしろAirbnbはすでにこの象限であるという方が正しいかもしれない。また実際に各象限の動向を各事例にて考えていくと、これらは安易には分類できないことにも気づいた。他にも事例は考えられるが、この談義では一旦ここまでとする。

不連続型のファシリティマネジメント


3-5 これから。

 この談義では、破壊的イノベーションという大きな経営の流れに、経営基盤のひとつとしてのファシリティマネジメントの流れも便乗させる妄想をして、FMの理解の拡張を試みた。各章まとまりや具体性は薄いが、これまではあまり同一の視点では眺めることのできなかった様々な取り組みを、ファシリティマネジメント・ストリームの各象限のどこに位置するのかという視点でまとめられるような感覚を得ている。
 また今回得られたもう一つの所感としては、既存の大量のファシリティを持っていないFMのソトモノとしての私たちが貢献できるのはまさに破壊的ファシリティマネジメントの後押しであろうというところである。どうしても現在のFMや漸進的FMにおいて取り組もうとすると、私たちだけでリスクが回収しきれないために、分析的な視点にとどまったり助言に留まってしまう。一方で破壊的FMにおいては、建築デザインや新たな運営の在り方など多角的視点にもとづいて新たなステークホルダーを巻き込むようなビジョン(企画)や技術を作っていける。もう少しここで何ができるかについて具体化していきたい。

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