中国、独占禁止の立法強化へ─政策文書に明記、市場経済化には後ろ向き

 中国共産党政権は法治推進に関する2025年までの政策文書で、市場の独占禁止などの立法を強化する方針を示した。改革・開放の進展で影響力を増した民営企業に対する統制を拡大する狙いがあるとみられる。一方、民営企業に有利な市場経済化に関して、同文書は後ろ向きの内容となった。

■「法治政府建設」で新綱要

 中国共産党中央と国務院(内閣)は8月11日、「法治政府建設実施綱要(2021~25年)」の全文を公表した。習近平国家主席(党総書記)が主任を務める党中央全面依法治国(法による国家統治)委員会の弁公室(事務局)責任者によると、綱要は同弁公室と司法省が案を策定し、国務院の同意を経て、同委員会と党の最高指導部である政治局常務委員会が承認。2日から実施された。
 綱要は「重要分野の立法を強化する」とした上で、その対象として、国家安全、科学技術イノベーション、公共衛生、文化・教育、民族・宗教、バイオセーフティー、生態文明、リスク防止、独占禁止、対外関係の法治を挙げた。
 15~20年の綱要(旧綱要)は重要分野の立法を強化するとしながらも、その対象を挙げなかったが、新綱要は具体的な対象を明示した。社会主義体制の中国では国会に当たる全国人民代表大会(全人代)も党中央の指導下にあるので、全人代は新綱要に沿って立法を行う。
 独占禁止はビジネス環境改善の項目でも触れられた。新綱要は「独占禁止と不正競争禁止の法律執行を強化、改善する」と明記。さらに「公平競争審査制度の強力な制約を強め、統一的市場や公平な競争を妨げる各種の規定・手法を適時整理、廃止して、統一的かつ開放的で、競争に秩序があり、制度が完備し、管理が万全であるハイレベルな市場体系の形成を進める」と説明した。
 旧綱要は「全国的かつ統一的市場や公平な競争を妨げる各種の規定・手法を整理、廃止して、部門(ごとの)保護、地域封鎖、業界独占を打ち破る」と書いていただけだった。習政権が独占禁止をより重視するようになったということであろう。市場メカニズムを正しく機能させるためには必要なことだ。

■「市場経済」消える

 しかし、市場経済化に対する新綱要のスタンスは旧綱要と大きく異なっている。
 改革・開放を導入した鄧小平路線の中核概念である「社会主義市場経済」は旧綱要に2回登場したが、新綱要では1回も触れられていない。
 また、旧綱要にあった以下の文言も消えた。
 一、政府と企業の分離、政府と国有資本の分離、政府と公共事業部門の分離、政府と社会団体の分離を堅持する。
 一、(行政審査・認可制度改革で)生産経営活動に対する許可(権限)を最大限減らし、投資プロジェクトに対する審査・認可の範囲を最大限縮小し、各種の機構およびその活動に対する認定(権限)を最大限減らす。
 一、(行政権力の監督で)人民大衆の知る権利、参加する権利、(意見を)表明する権利、監督する権利は確実に保障される。
 いずれも市場経済化と密接に関わる施策だが、新綱要では全て削除された。党の完全支配下にある政府機関の企業・団体もしくは大衆に対する統制力が弱まるのを嫌う考えがあるのは明らかだ。
 旧綱要は市場経済化を進めるため、行政の効率性を重視し、企業・団体の自主性をなるべく尊重する立場だった。そのような制度改革は、17年の第19回党大会以後「党が全てを指導する」という方針を掲げている習近平路線には合わないのだろう。

■「党の指導」より強調

 「習近平法治思想」を指針として盛り込み、「党の指導」をより強調しているのも、新綱要の特徴の一つだ。第19回党大会で「習近平の新時代における中国の特色ある社会主義思想」が公式化され、その後の党・国家機構改革で政策決定に関する党の権限が拡大されたことを反映したと思われる。
 旧綱要の「法治政府建設は必ず中国共産党の指導を堅持しなければならない」は「党の全面的指導を堅持する」と改められた。政府機関や人民代表大会などに対する党の指導は、基本方針を示したり、重要な問題で指示を与えたりするだけでなく、「全面的」でなければならないのだ。
 習近平法治思想のほか、習氏の党中央の核心、全党の核心としての地位を断固擁護し、党中央の権威と集中的かつ統一的指導を断固擁護するという「二つの擁護」も明記されており、党の指導とは事実上、習氏による指導ということになる。
 新綱要最終章のタイトルも「党の指導を強化し、法治政府建設の推進メカニズムを整備しよう」と「党の指導」が掲げられた。新綱要は最終章で「法治政府建設に対する党の指導を強化する」とした上で、各レベルの党委員会と政府機関に対し、習近平法治思想の学習を指示。法治政府建設の全ての過程と全ての分野で同思想を貫徹するよう求めた。

■標的は民営企業

 新綱要には、10年を超える長期政権を目指して権力集中を図る習氏の意向が強く反映され、その結果、左派(保守派)色が濃い内容となった。習政権は党支配下の国有企業を「強く、大きくする」政策を進めているので、独占禁止などの規制強化は事実上、専ら民営企業が標的となる。
 経済成長をけん引してきた民営企業の重要性は「56789」と表現される。民営企業の貢献度が全国の税収で5割以上、国内総生産(GDP)で6割以上、技術革新の成果で7割以上、都市部の雇用で8割以上、企業数で9割以上という意味だ。民営企業は市場経済にうまく適応し、それがまた市場経済化の推進力となってきた。
 しかし、党の指導拡大を重視する習氏にとって、経済や企業の「野放し」は好ましくない。昨年12月に党政治局会議と中央経済工作会議は「独占禁止を強化し、資本の無秩序な拡大を防止する」との方針を示し、規制対象はまずアリババ集団などインターネットサービスのプラットフォーム企業、さらに暗号資産(仮想通貨)取引、配車サービス、学習塾と急速に拡大。法治政府建設の新綱要はこうした動きを加速させるとみられる。(2021年8月16日)

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