米との対話重視、日本は言及なし─中国外交トップが党理論誌に論文

 中国の外交政策を統括する楊潔※(※竹カンムリに褫のつくり)共産党政治局員は党結成100周年(7月1日)を機に同国外交の歴史と現状について論じた論文を発表した。対米関係は中国の台湾威嚇、新疆ウイグル自治区の人権問題などで対立が続くが、論文は大国外交の記述で米国の扱いを格上げして対話重視の姿勢を強調。一方、今後の外交方針に関して、周辺国の一つとされている日本への言及はなかった。

■米を格上げ

 楊氏の論文を掲載したのは、5月後半に発行された党理論誌・求是(隔週刊)の今年第10号。楊氏は党の中枢を成す政治局のメンバーであるだけでなく、習近平国家主席(党総書記)が率いる党中央外事工作委員会の弁公室主任(事務局長)を務めており、その見解は習氏もしくは習指導部の考えを反映していると思われる。
 論文は習政権の外交的成果を紹介した部分と現状を説明した部分の両方で、ロシア、米国、欧州連合(EU)の順で大国との関係に触れた。
 1月後半発行の求是第2号に王毅国務委員兼外相が寄稿した論文は、大国外交の対象の序列をそれまでのロ米欧からロ欧米に変更し、米国を格下げ。王氏が2月3日発表した新年(旧暦)あいさつのビデオメッセージも同様だったが、楊氏の論文では順番が元に戻った。社会主義国では何事も序列が非常に重んじられるので、意味もなく順番をころころ変えているわけではないだろう。
 楊氏の論文は習政権の外交的成果に関する記述で、中国側は米国に相互尊重と協力の関係を共に築くべきだと強調する一方で「わが国の利益を損ねる米側の言動に対し、断固たる闘争を行い、反撃した」と振り返った。トランプ前政権のさまざまな対中制裁への報復・対抗措置を指すとみられる。

■「台湾」詳述せず

 しかし、現状説明の部分では「米側に対し、(米中)両国元首電話会談の精神に沿って歩み寄り、衝突せず対抗せず、相互尊重、協力とウィンウィンの原則を共に守って、気候変動などの分野での協力を深め、中米関係の健全で安定した発展を推進するよう促す」と説明した。2月の米中首脳電話会談や4月のケリー大統領特使訪中を高く評価していることがうかがえる。
 あたかもバイデン政権になってからは米中間に大きな対立点がないかのような記述であり、3月の米中外交トップ会談で米側の中国に対する「内政干渉」を強く非難した人物が書いたものだとはとても思えない。
 論文は外交全般の姿勢として、台湾、香港、新疆、チベット、新型コロナウイルス、人権といった問題をめぐる闘いで主導権を握らねばならないと指摘したものの、4月に菅義偉首相とバイデン米大統領が行った首脳会談の共同文書が「台湾海峡の平和と安定の重要性」を明記したことへの警戒を示すような文言はなく、台湾問題を特に詳述することもなかった。
 米中は5月27日、バイデン政権発足後初めての閣僚級貿易協議を電話で行った。詳細は不明だが、中国商務省は「率直で誠意があり、実務的かつ建設的交流だった」と評価した。
 米メディアで中国側代表の交代説が出ていたが、実際には、これまでと同様に習氏側近の劉鶴副首相が協議に参加した。トランプ時代の第1段階合意を踏まえて今の形の協議を継続し、対中制裁の緩和・撤廃を目指す方針に変わりはないとみられる。

■対欧関係後退、対ロ緊密誇示

 楊氏の論文は対米以外の大国外交について、中ロ善隣友好協力条約の調印20周年を機に中ロの新時代における全面的戦略パートナーシップを強化し、中欧の協調・協力を強化して気候変動やデジタル経済などの分野で協力を深めるとの方針を示した。
 中欧関係では昨年12月、交渉が難航していた投資協定の締結基本合意という大きな成果を上げていたが、論文はこれに触れなかった。EUは今年3月、新疆ウイグル問題で米国に同調し、欧州共同体(EC)時代の天安門事件(1989年)以後初めての対中制裁を発動。中国側も対抗措置を取ったため、EU側の投資協定批准手続きは停滞し、欧州議会は5月20日、批准に向けた審議を停止した。
 中国としては、年初と比べると、対米関係は相対的に改善したが、対EU関係は後退したと判断しているようだ。ただ、習氏は同21日、20カ国・地域(G20)の議長国イタリアと欧州委員会がオンライン形式で開催した世界保健サミットに自ら参加しており、対米けん制のため、多国間主義を掲げるEUを利用したいという考え自体に大きな変化はないとみられる。
 対ロ関係では19日、中ロ協力プロジェクトの中国原発着工を記念するオンライン式典に習氏とプーチン大統領が出席して、緊密な関係をアピール。プーチン氏は25日、戦略安保協議のためモスクワを訪れた楊氏との電話会談にも応じた。
 楊氏の論文は大国の次に周辺国にも言及し、東南アジア諸国連合(ASEAN)との関係をレベルアップすると表明したが、日本を含め個別の国名は挙げなかった。ASEAN重視は陸海のシルクロード経済圏構想「一帯一路」推進や日米豪印4カ国の連携枠組み(クアッド)への対抗という戦略の必要性に起因すると思われる。(2021年6月2日)

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