「愛国者」厳格化で香港民主派排除━寛容なトウ小平路線を修正

 中国の習近平政権は「愛国者による香港統治」という原則を掲げ、香港政治から民主派を排除する選挙制度の変更を断行した。一国二制度方式による香港返還を決めた故鄧小平氏は、社会主義制度に賛成しなくても祖国と香港を愛していれば愛国者と認めるとして寛容な姿勢を示していたが、習政権はそれを修正して、中国共産党に反対する者は愛国者ではないと主張。愛国者の定義を厳格化することで、服従しない民主派を「非愛国者」として立法会(議会)などから一掃する方針とみられる。

■「資格審査委」で候補者選別

 中国の全国人民代表大会(全人代=国会)常務委員会は3月29、30の両日、同11日に採択された「香港特別行政区の選挙制度改善に関する全人代決定」に基づいて、香港行政長官と立法会議員の選出方法を定めた香港基本法付属文書の修正案を審議、可決した。これにより、長官を選ぶ選挙委員会や立法会の選挙方式が親中派により有利になるよう改変されたが、最大の変化は「候補者資格審査委員会」の新設だ。
 選挙委員、長官、立法会議員を目指すには候補者資格審査委の審査を通らねばならない。修正付属文書では「香港基本法を擁護するか」「中華人民共和国の香港特別行政区に忠誠心があるか」が基準とされた。だが、習近平国家主席ら中国指導者はこのところ、鄧氏が掲げた「香港人による香港統治」よりも「愛国者による香港統治」の重要性を強調しており、「中国共産党が愛国者と見なすかどうか」が実際の審査基準になるのは確実だ。
 習氏の側近として知られる国務院(内閣)香港マカオ事務弁公室の夏宝竜主任は2月22日、北京で開かれたシンポジウムで演説し、「愛国者による香港統治の客観的基準」について以下のように詳述している。
 一、愛国者は必ず国家の根本制度と特別行政区の憲政制度秩序を尊重し、擁護する。愛国とは中華人民共和国を愛することだ。そして、憲法は「社会主義制度は中華人民共和国の根本制度であり、中国共産党の指導が中国の特色ある社会主義の最も本質的特徴である」と規定している。憲法の権威と尊厳を擁護することが愛国者の行動準則である。
 一、中国共産党が人民を率いて中華人民共和国を樹立した。社会主義的民主を実行しているわれわれのこの国では、一部の人々が異なる政治的見解を持つことは許されるが、そこには、国家の根本制度を損なうこと、また、中国共産党が指導する社会主義を損なうことは絶対に許さないというレッドライン(譲れない一線)がある。
 一、一国二制度は中国の特色ある社会主義の重要な構成部分で、中国共産党は中国の特色ある社会主義の指導者、一国二制度という方針の創設者、一国二制度という事業の指導者である。もしある人が一国二制度を擁護すると言いながら、一国二制度の創設者・指導者に反対すれば、それは自己矛盾ではなかろうか。
 党機関紙の人民日報も3月13日の論評で「もし香港の統治者が一国二制度を擁護すると言いながら、一国二制度の創設者・指導者に反対すれば、疑いなく『愛国者による香港統治』の原則に反する」と指摘しており、夏氏の発言が習政権の香港政策の基礎を成す公式見解であることは間違いない。

■「高度な自治」事実上廃止

 つまり、香港を統治するのは愛国者でなくてはならないが、中国共産党に反対する香港人は愛国者ではないので、香港の政治に関与できないというわけだ。
 夏氏は先のシンポで、「愛国者による香港統治」は鄧氏の考えに基づくと説明。香港マカオ事務弁公室の張暁明副主任も3月12日の記者会見で「夏宝竜同志の見解は鄧小平同志の愛国者に関する定義と完全に一致する」と主張したが、はたしてそうであろうか。
 「鄧小平文選」によると、1980年代に鄧氏は次のように語っている。
 一、香港人による香港統治は愛国者を主体にすべきだ。将来の香港政府の主要な部分は愛国者になるが、当然ながら他の人を入れてもよいし、外国人を顧問として招請してもよい。
 一、愛国者の基準は、自分の民族を尊重し、祖国の香港に対する主権行使の回復を誠心誠意擁護して、香港の繁栄と安定を損ねないということである。これらの条件を備えていれば、資本主義を信じていても、封建主義を信じていても、さらには奴隷主義を信じていても皆、愛国者だ。われわれは彼ら全員が中国の社会主義制度に賛成することは求めない。ただ祖国を愛し、香港を愛するよう求めるだけだ。
 一、(香港の統治者として)左翼は当然必要だが、できるだけ少なくする。やや右寄りの人も必要だ。中間的な人を多めに選ぶのが最も良い。
 「完全に一致する」どころか、愛国者に関する鄧氏の定義は非常に寛容で、習政権と大きく異なることは明らかだ。鄧氏の構想では、香港の統治者は愛国者が主体となるが、それ以外の人を含んでもよかった。そして、これまでの香港の権力機関はおおむね、そういう状況だった。選挙委や立法会は親中派が主導してきたが、民主派も一定の勢力を持って政治的影響力を行使できた。
 しかし、習政権は香港政策で鄧路線を継承すると言いながら、実際にはその基本的な考えを否定した。昨年6月の国家安全維持法(国安法)制定に続く選挙制度の大改変で、香港基本法が保障したはずの「高度な自治」は事実上廃止され、一国二制度は抜け殻だけが残った。「香港特別行政区は社会主義制度と政策を実施しない」という基本法の規定も死文化したと言ってよいだろう。

■少数の「偽民主派」当選か

 香港の林鄭月娥行政長官は3月30日、全人代常務委閉会後の記者会見で「民主派にも愛国者はいるので、選挙に出るチャンスはある」と主張した。夏氏ら中国高官も「愛国者による香港統治は『清一色(チンイーソー)』ではない」とマージャン用語を使って、公職を親中派が独占する可能性を否定している。
 しかし、習政権の言う「愛国者」の定義は前記のように極めて厳しい。しかも、基本法の修正付属文書によれば、選挙の候補者資格審査は①警察の国安部門②中国政府の香港出先機関トップが顧問、長官が主席を務める国家安全維持委員会③候補者資格審査委━と3段階で綿密に行われる。林鄭氏によると、③は中国政府から香港の「主要当局者」に任命されている人々がメンバーとなる。
 香港警察の国安部門は、中国治安当局の香港出先機関である国安公署の指導下にあるので、香港で選挙に出るには事実上、まず中国治安当局のお墨付きが必要になる。また、国安委や候補者資格審査委が共産党政権の意向に沿って判断を下すのは確実だ。これでは、穏健民主派ですら候補者資格を得るのは難しいだろう。
 親中派の消息筋は、次の立法会選挙で当選する可能性がある「民主派」として、穏健民主派政党の元党首を含む数人の名前を挙げたが、「いずれも偽の民主派だ。当選しても、お飾りの議員にすぎない」と語った。(2021年4月1日)

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